表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1st Mission 美しき魂  作者: 時幸空
第一章 プロローグ
1/29

プロローグ

 妹が死んだ。

 たった一つの温もりだった。自分へと繋がれていた、あの小さな手は消えた。妹の大半は煙となって大気に混じり、ほんの少しの白い塊がその存在の証として地に遺った。

 哀しみと疲労が混じり合った圧力が息を止め、人々の好奇の視線が肌を焼く。葬式の終わったばかりの家を、逃げるように飛び出した。

 道など覚えていない。ただ走り続けた。なにかに躓き、身体が宙を飛んだ。柔らかな大地に軽い身体は幾度も弾かれ、どこまでも転がった。天も地も、右も左も、わからなくなったころ、下草に抱かれるように止まった。

 瞼を押し上げる。妹の還っていった空は、遠かった。

 決して手の届かぬ高いところで、幾重にも張り出した枝が光を遮る。薄暗い森に自分はいた。甲高い鳥の鳴き声が響き渡る。かさかさと、枯れ草の下を虫たちが蠢く。

 人ではないものたちの謳歌する世界。

 もう誰も自分をみていない。

 もう我慢しなくていい。

 初めて泣いた。声をあげて泣いた。

 涙と汗が混ざり合う。仰向けになったまなじりから、涙はどくどくとあふれ出し、こめかみを伝い、地へ落ちる。大地がその哀しみまで受け入れるかのように、音もなく吸い込んだ。

 打ち付けた膝や腕など、痛くはない。本当に痛むのはここだ。土と草の青臭い汁に汚れた余所行きのシャツを掴む。いくら押さえても、その内側の胸の奥が軋んで、悲鳴をあげ続ける。

 自分がどこか他の人と違うと気づいたのは、幼稚園に入るころだった。

 部屋の隅、庭の木の陰に、みつけた生き物を、母に見せた。

 母にはそれが、見えなかった。

 母は、顔を歪めた。そして、一歩、遠ざかった。

 他と同じでなければはじかれる。

 いくつかの間違いを犯したあげく、この世界はそういうところなのだと学んだ。でももう遅かった。好奇の眼差しは排除のための飛礫となった。ただそれが自分だけに向けられたものならば、いくらでもがまんできた。兄妹というだけで、自分と同じように厭われた妹は、その結果、死んだのだ。なんの証拠もなかった。ただの事故として片付けられた。

 父は「おまえのせいだ。おまえが殺した」と怒鳴った。母は「わたしの夜子を返せ」と泣き叫んだ。

 妹は、家の外でも内でも、ただ一人自分を受け入れてくれた。その存在は、あっけなく消えた。ただ妹だというだけで、夜子は死ななければなからなかった。

 妹が好きだといってくれたこの身を、初めて呪った。灼けてしまえばいい。腐ってしまえばいい。欠片一つ残さずに、この世から消えしまえ。

 こんな目さえなければ、夜子は笑っていたのだ。

 あんなものが視えなければ、夜子は生きていたのだ。

 自分さえいなければ、夜子はそっと寄り添うように隣に居てくれたのだっ!

「あああああーっ!」

 獣のように叫んでいた。

 地へ幹へ、構わず打ち付けた拳から、皮膚が裂けて血が流れ出す。柔らかな緑の下草に、いくつもの赤が飛び散った。

「ごめん、夜子。ごめん。ごめん。ごめんなさい。ごめんなさ・・・」

 噛みしめたくちびるが、熱い。自分の血と熱が混ざり、どろりとした塊となる。喉につかえる熱を吐き出したくて、土に伏す。目の前の、名も分からぬ雑草を握りしめ、引きちぎる。青黒い汁が指を伝う。

 たった一つ大切なものさえ守れない、なにもできない汚れた手をじっと見つめる。

「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」

「なぜ謝るのです? 小さな子よ」

 声だ。

 深く落ち着きがあるにもかかわらず、どこかねっとりと絡みついてくるような響きが耳に触れた。

 周りを見た。

 誰もいない。

 心臓がどくどくと異音を発する。

 直感でわかった。

「どうしました? わたしの声が届いているのでしょう?」

 その声は人外のもの。

 小さなころから自分を翻弄し続けた、自分が普通ではない証。夜子を奪った元凶。

 聞きたくもない。

 関わってはならない。

 逃げろ。

 頭は命令するが身体が動かない。足が震えて、立ち上がることさえできない。絡みついてくる声に、縛られていく。汗が流れる。

「怖がる必要はありません。わたしはきみの友人なのですから」

 深みのある声に柔らかさが加わる。

 友人? なにをいっている。ふざけてんのか。

「友だちです」

「やめろっ!」

 耳を塞ぎ、眼球が痛むほど強く瞼を閉じる。

「ふざけるな! おまえらは友人なんかじゃない。敵だ。おまえらがいなければ、夜子は死ななかったんだ。返せ! 返せよ! 夜子を返してくれよ!」

 哀しみが、突如、怒りへと変質する。身体中の細胞一つ一つから、炎のような熱が次々に生まれ、吹き出してくる。

「なんで、夜子だったんだ・・・あいつはなにもしてないのに・・・代えてくれよ。おれを殺して、夜子を返してくれよ」

「残念ですが、それはできません。わたしたちだってあなた方と同様、万能ではないのです。でも、少なくともわたしは、人間にはできないことができます」

 どれほど強く塞いでも、声は脳へ直接、響いてくる。

「なにができるんっていうんだ」

「わたしには妖術が使えます。きみを傷つける輩から、きみを守りましょう。わたしは人よりも長生きです。いつまでもきみのそばにいましょう。そして、きみの望みを叶えましょう」

「ぼくの望み」

「復讐を」

 明らかに人間ではないとわかっている。ぼくの生活を狂わせ、妹を奪ったその原因となったものたち。それなのにその声は、他の誰よりも優しく自分の肌を撫で、そして身体の中へと染みてくる。すべてを失った自分の隣に、ぴたりと寄り添ってくる。

 震えが走った。

 両手で自分の身体を抱きしめた。

 畏怖ではない。

 これは、なんだ?

 夜子の手よりも温かく、どんな菓子よりも甘い。

 ゆっくりと顔をあげた。

「あなたは、だれ?」

「わたしの名は、いづな」

 かさかさと枯れ草を踏む小さな音が近づいてくる。

 目の前の藪が揺れた。


(第二章「ファーストミッション」へ続く)

長々と続きます。よろしくお願いします

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ