冒険者クランの書士の私に、エースになった幼馴染がほんのり甘い
鏡の前、母譲りの猫っ毛を櫛で梳かす。
今日も冒険者クラン『赤い獅子』の面々と、私──ミサ・エリシオの戦いがはじまる。
私が『赤い獅子』で働き始めてもう四年になる。
冒険者だった父が亡くなってから、生計を立てるために、父の友人だったレゴスさんがリーダーを務めるクランで、事務兼会計兼依頼窓口兼雑用──つまり何でも屋として働いてきた。
冒険者って生き物は、お金の勘定は適当だし、書類と見れば投げ出すし、ガサツだし……几帳面で筆マメだった父が特殊だったんだと、働き始めてすぐに悟った。
「いってきます!」
支度を終えて、家を出る。
「いってらっしゃい。気をつけてね」
体の弱い母は、内職の縫い物の入った籠を抱えて、私を優しく送り出してくれる。
クランの詰め所までは、歩いて十分ほど。近所の奥さん達に挨拶しながら道を急ぐ。
途中で、冒険者ギルドを覗くと、受付のターニャが掲示板に貼り付いている。
「おはよ。昨日の依頼、結構残ってるねぇ」
手帳を取り出しながら、ターニャに声をかける。
「あっ、ミサ! おはよう!」
ターニャは、依頼の紙の位置を変えながら返事をした。
新しい依頼と報酬額を簡単にメモしていく。
「南部でゴブリンの群れか……最近ちょっと増えた?」
「そうみたい。人手がいるからなかなか捌けないみたいなの。例の黒等級の人、旅にでちゃったらしくて、色んなパーティがそっちの穴埋めに取られてるのよね〜」
ターニャがため息をついた。
「たった一人なのに、抜けた穴が大きいね。ゴブリンなら、うちのクランの若い子達でやれないか、聞いてみるわね」
「ありがとー! レゴスさんにもよろしく言っておいてね」
その後も二、三会話を交わして、ギルドを出る。
通りから一本中に入った、朝日の入らない西向きの扉、粗末な木製の扉に不釣り合いな獅子の横顔のレリーフが打ち込まれている。
ここが、私の職場。
扉を開けて、詰め所に入る。
まだ朝日は部屋には届かない。荷物を置いてから、部屋の中央のランプに火を入れる。
壁に立てかけた板にメモを千切って、鋲でとめる。クラン員は、このメモでざっと当たりを付けてから、ギルドへ向かう。
次に、箒で昨日クラン員が落としていった土を掃き出す。
鍵のかかった薬品棚のポーションや毒消しの数を確認して、帳面に記す。ここのところポーションの減りが早いかな……。
一息ついたところで、クランリーダーのレゴスさんが豪快にドアを開けて入ってくる。
「おう! 今日も早いな!」
体格も声も大きい。
もみあげから顎まで繋がる豊富に蓄えられた髭。今は寂しくなってるけど、昔はフサフサだった髪とその髭から、赤毛の獅子と呼ばれていたそうだ。
挨拶をして、薬品の在庫や、ギルドの依頼の報告をしていると、徐々にクラン員が集まってくる。
クランの共用物の持ち出しを求める若手に、記帳させて、勝手にポーションを懐に入れようとするベテランに釘を刺す。
メモしてきた依頼の詳細を尋ねる魔法使いに返事をする間もなく、次々に私を呼ぶ声が飛んでくる。
ようやく、クラン員がそれぞれ仕事に散ったところで、静かにドアが開いた。
──ロベルだ。
「おはよう。ロベル」
「ああ、おはよう」
無駄口は叩かず、依頼の書かれたメモへ。
じっとメモを見つめる横顔はあまり昔と変わってない。栗色の癖っ毛もだ。
変わったのは、体格と肩書かな。
昔は私よりも小さかった近所の弟分が、今では冒険者クラン『赤い獅子』のエース。金等級のレゴスさんに次ぐ、銀等級の実力者だ。
すっかり逞しくなった首元と、使い込まれた鎧を見ながら、二人で街を駆け回っていた日を思い出す。
「おい、ロベル」
レゴスさんが、声をかける。
「お前、ギルドであぶれたやつを何人か連れて、南部のゴブリン討伐に行ってくれないか? 早めに片付けないと焦げつくかもしれん」
私がさっき報告した依頼だ。ロベルは指揮も上手いらしい。昔を知ってる私には想像もつかない。
「わかりました」
ロベルは短く返事をして支度を始める。ポーションを二本。いつもの癖字で帳面に記して腰のポーチに入れる、いつもの仕草。
「いってらっしゃい」
私がそう言うと、ロベルは、頷いて、いってきます──と、応える。
これもいつものやり取り。
ロベルを見送ると、レゴスさんが書類を机にそっと置いた。
「あ! クラン報告書! まだ出してなかったんですか?」
「すまん。なかなか書いてる暇がなくてな。今日はギルド長に呼ばれてるんだ! すまん! 頼まれてくれ!」
大きな体を小さくして、両手を合わせて頼み込む。
「これ、締切り、今日ですよね?」
「本当にすまん!」
「もう!」
──これが私の日常業務。
外で戦えない私は、ここで書類や雑務と日々戦ってるのだ。
──
ポーションを薬師の店に発注した帰り道、お昼ご飯から帰ってきたターニャと会った。
「あ、ミサ! ありがとね!」
「なにが?」
「ゴブリンの件、助かったよ」
「レゴスさんが、ロベルに振っただけよ」
私はたいした事はしてない。
「いやいや、ミサが話してくれたんでしょ? ありがと」
どういたしまして──と、言いながら顔を見合わせて笑う。
「だけど、ほんと、ロベルさん良い人だね〜」
ターニャが感心しながら言う。
「そう?」
「そうだよ〜。ギルドに来たらすぐに人を纏めて、ゴブリン討伐隊組んでくれたんだよ。あんな手際がミッチェルにもあったらな〜」
ミッチェルはターニャの恋人だ。少し頼りない感じだけど優しそうな人でお似合いだと思う。
「それにロベルさん、他の冒険者の女の人からも人気なんだよ! こないだもヒュドラ討伐に着いていきたいって魔法使いの子が何人も立候補してたんだから!」
「へぇ、そうなんだ……」
──なんだろう。胸の奥が、ちょっとざわついた気がした。
その日の夜。
普段なら、詰め所の扉に掲げられたランプに灯りを入れたら帰るんだけど、急な書類仕事が入ったせいで、倉庫の備品の整理が残っていた。
倉庫を片付けていると、詰め所から声が聞こえた。
「は〜あ、報告書なんて、柄じゃねぇよ」
声の主は最近クランに入った若い剣士。
ターニャから聞いた話だと、ロベルに連れられてゴブリン討伐に行っていたはずだ。
「だよな。こっちは疲れて帰ってきてるのに、何でその日のうちにこんなの書かされるんだろな」
同意したのは、同じ頃に入ったアーチャー。
うちのクランでは、依頼報酬の5割は働いた本人へ直払い、残りの5割を一旦クランが預かる。
報告書は怪我の有無や、功績、得た報酬などを把握して、それをギルドへの報告内容と照らし合わせて追加報酬を出したり、クランへの貢献を測ったりする大事な資料だ。
(入ったばっかりだとわかんないよね──)
今度時間を見つけて話そうと思っていると、剣士くんが大きなため息をついた。
「こんなのは、適当に書士のあの人がやっときゃいいんだよ。なぁ?」
「そうだよな。あの人は俺らと違って体張らずにのんびりここで休んでるんだからな」
アーチャーくんが同意する。
「そうそう! 俺らの働きでメシ食ってるくせに、やれ詳細を書けだの、備品使うときには記入しろとか、いちいち五月蝿いんだよな!」
はぁ……。
でもまぁ、言いたくなる気持ちはわかる。
冒険者の依頼は命がけ。それに比べて安全な街の中にいる私の仕事は、彼らに言わせれば楽な仕事なんだろう。
(わかってはいるけど──やっぱ聞いちゃうと、つらいなぁ)
そっと、床に座る。
胸に冷たいものがゆっくりと満ちていくような気がする。
しばらく出ていけないな──私がそう考えていると、詰め所から、ドン! と低い音が響いた。思わず体が跳ねる。
「お前ら──いい加減にしろ」
ロベルの声だ。
「ミサは、クランのために毎日身を粉にして働いてる。俺達が雑務にとらわれずに集中して戦いに出られるのは彼女のおかげだ。それが分からないなら──お前らはクランに居る資格はない」
声には静かな怒りが籠もっている。
「いや、あの、そういうわけじゃなくて……」
「そう、冗談というかなんというか」
二人が困惑しているのがわかる。
普段、落ち着いているロベルが怒っているだけで、若手の二人には相当な重圧だろう。
「冒険者がただ集まってるだけなら、ただの烏合の衆だ。それをクランという生きた集団にしているのが、ミサの仕事だ。その仕事を……これ以上愚弄するな」
ロベルの言葉に冷えかけた胸と、目頭が熱くなる。
「……わかったら、さっさと書き上げて帰れ」
「はい……」
しょげた二人の返事の後、しばらくして扉が閉まる音がした。詰め所からは何の音も聞こえない。
もう、帰ったかな──?
恐る恐る詰め所に戻ると、机の前の椅子にロベルが腰掛けていた。
「あ、ロ、ロベル? びっくりしちゃった! 遅かったんだね?」
取り繕うように言うと、ロベルは少し悲しそうな顔をした。
「ごめんね。嫌なこと聞かせてしまって」
「ううん。……命がけの皆に比べたら、ね? 仕方ないよ」
私は首を振る。
「それより、私が残ってるのわかってたの?」
「ああ。机を見ればわかるよ」
「ははは、よく見てるなぁ」
机を片しながら言う。
そう、この幼馴染は昔から変な事に気がつく。
私が叱られて泣いている時も。
父の愛用の杖だけが帰ってきた時も。
弱ったときには、そっと近くにいる。
「かばってくれて……ありがとね」
「いや、本心だよ」
ロベルの横顔がランプの灯りに照らされる。
昔と変わらない横顔。だけど今はまるで、あの頃と違って見える。
「俺は、ミサがいて、支えてくれて、見守っていてくれるから──頑張れる」
思いがけない言葉に、頬が熱くなる。
「あぁ! そ、そういえば、ロベルの家の庭木に登った時も私が見てたもんね!」
幼い頃の思い出、てっぺんまで登ってみせる! と木に取り付いたロベルとそれを見守っていた私。
登り切って、こっちを見たロベルの満面の笑顔が頭に浮かぶ。
「そうだね……。うん。その頃からだね」
こちらを向いて、微かに笑う表情がいつも以上に大人びて見えて、ちょっと胸が苦しくなった。
「よし、じゃあ帰ろうか。家まで送るよ」
ロベルの言葉に少し慌てながら帰り支度をする。
幼馴染の弟分は、いつの間にかクランのエース。
私はそこの書士兼何でも屋。
暗くなったゴディの街を二人で並んで、子どもの頃の話や近頃あった出来事をとりとめもなく話しながら歩く。
子どもの頃は同じだった歩調。今は、ロベルが私に合わせてゆっくりと歩く。
きれいな月が照らす街並を、いつも以上にゆっくりと歩いた。
最後までお読みいただきありがとうございます。
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