第八章 策を探して
翌朝、目が覚めた瞬間から考えていた。
どうすればルシアンと婚約を解消できるか。
ヴィヴィアンが支度を手伝う間も、朝食を取る間も、頭の片隅でずっと考え続けた。
でも答えが出ない。
出るわけがない。
私はこの世界の法律も慣習も、貴族社会の仕組みも、ほとんど何も知らないのだから。
知っているのは漫画の中の表面だけだ。
……どうする。
食後、自室に戻って窓辺に座った。
ルナールの街が見える。
馬車が行き交い、人が歩き、朝の光が石畳に落ちている。
綺麗な街だ。
でも今はそれを楽しむ余裕がない。
婚約破棄の方法を、考える。
まず自分から破棄を申し出る。
でもそれには相当な理由が必要なはずだ。
婚約者が浮気をしているとか、家名を傷つける行いをしているとか。
ルシアンにそういう隙があるとは思えない。
では、相手に破棄させる。
私がひどいことをして、ルシアンの方から愛想を尽かせる。
でも「ひどいこと」って何だろう。
アリスはすでに悪女として名が通っている。
今さら何をしても驚かれないかもしれない。
行き詰まった。
「お嬢様」
ヴィヴィアンが入ってきた。
手に手紙を持っている。
「ルシアン・シルヴェスト公爵閣下より、お手紙が届いております」
手が、止まった。
「……読むわ」
受け取った封筒は重かった。
シルヴェスト家の封蝋が押してある。
丁寧な、でも無駄のない筆跡で私の名前が書かれていた。
開けると、中身は短かった。
——来週、茶会を開く。婚約者として同席を求める。
それだけだった。
私はその一文を、何度か読み返した。
茶会。婚約者として。
断れるだろうか。
断ったとして、何か言い訳が必要だ。
でも思い浮かばない。
そもそもこういう招待を断るのは、この社会ではどういう意味を持つのか。
「ヴィヴィアン」
「はい」
「婚約者からの招待を断ることは……できるの」
ヴィヴィアンが、少しだけ間を置いた。
「公的な理由があれば可能です。ただ——」
「ただ?」
「シルヴェスト公爵家からのご招待を断るのは、相当の覚悟が必要かと」
そうだろう、と思った。
私は手紙を折り畳んで、膝の上に置いた。
今は、行くしかない。
でも行けば、またあの目と向き合うことになる。
一瞬だけ見て、すぐに切り捨てた目。
昨夜もずっと頭から離れなかった目。
……やっかいだ。
「返事を出して。伺いますと」
「かしこまりました」
ヴィヴィアンが一礼して、部屋を出ていった。
私は窓の外に目を向けた。
ルナールの空は、今日も青かった。
策はまだない。
でも、まず会ってみなければわからない。
直接話してみなければ、何もわからない。
怖い気持ちはあるが行くしかない。
私は小さく息を吐いた。
次の一手は、茶会の席で考える。




