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完璧な悪女が、ひとりだけ騙せない  作者: 宵待 桜


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第七章 夜会の残滓


部屋に戻ったのは夜もずいぶん更けてからだった。


ドレスを脱いで、髪を解いて、ヴィヴィアンが「お疲れ様でした」と言って部屋を出ていった。


扉が閉まる音がして静寂が戻った。


私はベッドに腰を下ろして暗い天井を見上げた。


とても疲れた。


体が、ではない。


気を張り続けた、心が疲れた。


何時間も完璧な笑みを貼り付けて、視線を受け続けて、一度も本音を出さずにいた。


それがこんなに消耗することだとは思っていなかった。


アリスは毎回こうやって生きていたんだ、と思った。


夜会のたびに。社交の場のたびに。


ずっと、仮面を被り続けて。


……それは、しんどい。


瞼を閉じた。


脳裏に、今日の場面が流れた。


値踏みする大人たちの目。


母の「大丈夫よ」という小さな声。


そして——


ルシアンの、銀灰色の瞳。


目が合った瞬間を、思い出した。


怖かった。確かに怖かった。


あの目は、普通じゃない。


冷たいという言葉では足りない気がした。


あの目は何も映していないような、そういう目だった。


人間を見ているのに人間として見ていないような…そんな目だったけど…


あの目は、一瞬だけ私を見て、すぐに流れていった。


切り捨てるように。


夜会の間中、二度と近づかなかった。


それが冷遇だ。


わかっていた。


わかっていたのに。


……なぜ頭から離れないんだろう。


そうだ、気にしすぎだ。


ルシアンはアリスを殺す人間だ。


それは変わらない。


怖い相手だ。


近づいてはいけない相手だ。


でも、どうすればいい。


できることなら婚約を解消したい。


でも方法がわからない。


相手はセレニア王国で王家に次ぐ力を持つ公爵家だ。


こちらから一方的に破棄できるような相手じゃない。


かといって、このまま婚約者として傍にいれば最後は殺される。


私は手のひらを見た。


白くて細いアリスの手。


殺されたくない。


前の人生でも殺されて、またここでも殺されるなんて、そんなのは嫌だ。


では、どうする。


……まだわからない。


今日わかったのはルシアンが思っていたより「遠い」人間だということだ。


話しかけてもこなかった。


近づいてもこなかった。


そういう相手にどう働きかければいいのか。


答えは出なかった。


ただ、もう一度だけ夜会の最後、遠くから来た視線を思い出した。


一瞬だけ、彼の目が私を見た。


あれは何だったんだろう。


答えのない問いを抱えたまま、私はベッドに横になった。


窓の外に、月が出ていた。


首都ルナールの夜空に静かに浮かんでいた。


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