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【証拠はいらない】止まる許可をもらいに来た

作者: Wataru
掲載日:2026/01/31

 相談者は、十代後半の男だった。


 腕を組み、椅子に浅く座っている。

 視線は合わさない。

 最初から、壁を作るつもりで来た顔だった。


「どうせ」

「あんたも俺が悪いって言うんだろ」


「言わない」


即答すると、少しだけ眉が動いた。


「じゃあ何だよ」

「何しに来た」


「話を聞く」


「話すことなんて、ねぇよ」


「それでもいい」


男は舌打ちする。


「無駄な時間じゃねぇか」

「こんなんで金取るなんて、いい商売してるよな」


「金はもらってない」


「……は?」


「今日はな」


間が落ちる。


「どうせ」

「俺が悪いって思ってんだろ」


「悪いかどうかは」

「俺が決めることじゃない」


男は、苛立ったように笑った。


「人のせい」

「世の中のせい」

「環境のせい」

「全部、俺の逃げだって言うんだろ」


「言わない」


「嘘つけ」


「本当だ」


椅子にもたれ、天井を見る。


「人を裁く権利は」

「俺にはない」


しばらく、沈黙。


「……じゃあ」

「何するつもりだよ」


「構えるな」

「あんたの話を聞くだけだ」


「話すことなんて、ない」


「ある」


即答だった。


男がこちらを見る。


「今の言葉だ」


「……何だよ」


「“何もしたくない”」


男は、少しだけ黙った。


「……だから?」


「それで十分だ」


「は?」


「正直だ」


男は眉をひそめる。


「バカにしてんのか」


「してない」


「“何もしたくない”って言える奴はな」

「大体、もう使い切ってる」


「意味わかんねぇ」


「分かんなくていい」


少し間を置く。


「聞くぞ」


「……何だよ」


「最後に」

「やりたいって思ったのは、いつだ」


男は、答えなかった。


「覚えてねぇ、は嘘だ」


睨まれる。


「覚えてないんじゃない」

「思い出すのが、めんどくさいだけだ」


沈黙。


「やりたいって言った時」

「どうなった?」


低い声。


「……否定された」


「誰に」


「親」

「先生」

「世の中」


「“現実見ろ”とか」

「“それじゃ食えない”とか」


俺は、うなずいた。


「そりゃ」

「何もしたくなくなる」


男の肩が、ほんの少し下がる。


「なあ」


「……何だよ」


「“何もしたくない”ってのはな」

「怠けじゃない」


間を置く。


「これ以上」

「無駄に削られたくないって状態だ」


男は、何も言わなかった。


「だから今日は」

「何も決めなくていい」


「……決めなくて、いいのかよ」


「いい」


「ずっと?」


「ずっとは無理だ」


正直に言う。


「でも」

「今じゃない」


男は、ゆっくり息を吐いた。


「……じゃあ」

「俺、何しに来たんだよ」


少しだけ笑う。


「何だろうな?」


「もういい、帰る」


男は、椅子から立ち上がった。


俺は、何も言わなかった。


「……変な大人だな」


「よく言われる」


ドアが閉まる。


事務所に静けさが戻る。


相棒が、ひと言だけ言った。


「……何もしたくない、か」


「一番、正直なSOSだ」


それ以上、何も言わなかった。


何もしない時間は、

逃げじゃない。


立て直すための、

停止だ。


だから――

もう、証拠はいらない。

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