3-3
こうして——俺たち、橘蒼太と桜庭陽菜の旅は、三人……いや、四人になった。
影のヒーロー・アストラルと、見えない少女ククルと共に——
第十九層への道を進んでいく。
でも——
俺はすぐに気づいた。
このヒーロー、ちょっと変だ。
「はあああっ! 【神々の光眼】!」
アストラルが突然叫びながら、何もいない空間に向かって光魔法を放つ。
眩い光が爆発し、花畑を照らす。
「……アストラルさん、何を?」
俺が恐る恐る尋ねると、彼が慌てて振り返った。
「あ、ああ! これは日常的な魔法の制御訓練というか……」
「常に戦闘態勢を維持するための鍛錬というか……」
明らかに取り繕っている。
陽菜さんがクスクス笑う。
「ククルちゃんと遊んでるんですね」
アストラルがギクリと固まった。
「な、何で分かるんですか!?」
「風の動き。ククルちゃんが楽しそうに飛び回ってます」
陽菜さんが微笑む。
アストラルが観念したように肩を落とす。
「……ククルが『魔法見せて!』ってうるさくて」
彼が何もない空間に向かって小声で言う。
「ほら、バレたぞ。もう少し静かにしてろ」
風が優しく吹き、花びらが舞い上がる。
まるで——
見えない誰かが「ごめんなさい」と謝っているかのように。
俺は思った。
(この人……本当に変わってるな)
でも——
(悪い人じゃない。むしろ、すごく優しい人なんだろう)
◇◇◇
第十九層への登り道で、一組の若いカップルが困っていた。
女性の方が足を捻挫したらしく、痛そうに顔をしかめている。
「大丈夫ですか?」
アストラルが真っ先に駆け寄った。
「あ、はい……でも、歩くのが辛くて」
女性が申し訳なさそうに言う。
アストラルが何も言わずに、自分のザックから包帯とテーピングを取り出した。
「失礼します」
彼が丁寧に女性の足首を固定していく。
その手つきは慣れていて——まるで医療関係者のように的確だった。
「これで少しは楽になるはずです。でも無理は禁物」
「ありがとうございます……」
女性が涙ぐむ。
彼氏らしき男性も深く頭を下げた。
「本当に助かりました。どうお礼を……」
「いらない」
アストラルがきっぱりと言った。
「困っている人を助けるのは当然だ。それがヒーローの役目だからな」
そう言って、彼はマントを翻して——
でも、次の瞬間。
「あ、でも一つだけ」
アストラルが振り返る。
「次に誰かが困っていたら、今度は君たちが助けてあげてくれ」
「それが、俺へのお礼だ」
その言葉に、カップルが感動したように頷いた。
「はい! 必ず!」
俺も——胸が熱くなった。
(この人、本当にヒーローなんだ……)
◇◇◇
しばらく歩いていると、道に迷った初心者グループに出会った。
四人組の大学生らしき若者たち。
地図を逆さまに見ながら、頭を抱えている。
「あの……どっちに行けば第二十層ですか?」
一人が不安そうに尋ねてくる。
アストラルが地図を見て——
「この道をまっすぐ行けば着くでござんすよ」
突然、口調が変わった。
「でござんす……?」
俺は思わず聞き返した。
アストラルが慌てて咳払いをする。
「い、いや! これは別のキャラクターの口癖が移ってしまって……」
「別のキャラクター……?」
「気にしないでくれ!」
彼が慌てて話題を変える。
陽菜さんがまたクスクス笑っている。
俺も——思わず笑ってしまった。
(この人、本当に面白いな)
◇◇◇
第二十層に入ると、景色が一変した。
「七色の絨毯」——
数万株の高山植物が咲き誇る、まさに楽園だった。
ハクサンフウロの紅紫、ミヤマキンバイの黄金色、タカネナデシコの鮮やかなピンク、イワカガミの淡いピンク、ミヤマリンドウの深い青——
そして——
虹色に輝く無数の蝶が、優雅に舞っている。
「レインボーバタフライだ……」
アストラルが感動したように呟く。
「非攻撃的な白いモンスター。美しいな……」
陽菜さんが目を閉じて、風に顔を向ける。
「この香り……」
彼女がゆっくりと深呼吸をする。
「ハクサンフウロの紅紫、ミヤマキンバイの黄金色、タカネナデシコのピンク……」
「全部、心で見えます」
アストラルが驚いたように彼女を見た。
「すごい……本当に『見えて』るんですね」
「はい」
陽菜さんが微笑む。
「色は、香りでも分かるんです」
「それぞれの花が、違う色を教えてくれます」
アストラルが何もない空間に向かって小声で言う。
「ククル、聞いたか? すごいよな……」
風が優しく吹く。
まるで——
見えない誰かが、感動して頷いているかのように。
◇◇◇
陽菜さんが立ち止まって、地面に手を伸ばした。
そっと花に触れる。
「この感触……ハクサンフウロですね」
花びらを優しく撫でる。
「五枚の花びら。少し湿った質感。紅紫色の美しい花」
彼女が微笑む。
「祖母が『白山で一番好きな花』って言ってました」
アストラルが静かに見守っている。
俺もカメラを構えて——
でも、シャッターは切らなかった。
この瞬間は——
写真にするよりも、心に焼き付けたかった。
陽菜さんの優しい横顔。
花を愛でる繊細な指先。
そして——
彼女の心が「見ている」世界の美しさ。
「陽菜さん」
アストラルが真剣な表情で言う。
「あなたの『見方』は——誰よりも美しい」
「目が見えても見えなくても、あなたはあなただ」
その言葉に、陽菜さんの目が潤んだ。
「……ありがとうございます」
俺も——胸が熱くなった。
このヒーローは——
戦うだけじゃない。
人の心を、優しく照らすことができる。
本物の、正義の味方なんだ。
◇◇◇
花畑の中を歩いていると、レインボーバタフライたちが俺たちの周りを舞い始めた。
虹色の翅が陽光を反射して、まるで宝石のように輝いている。
「わあ……」
陽菜さんが嬉しそうに声を上げる。
「風の流れが変わりました。たくさんの蝶が飛んでるんですね」
「ええ。レインボーバタフライが、数百匹」
俺が説明する。
陽菜さんがゆっくりと手のひらを上に向けた。
そして——目を閉じて、微動だにせずに待っている。
数秒後。
一匹の蝶が、彼女の手のひらに降り立った。
「……わあ」
陽菜さんが小さく息を呑む。
「この振動……翅が動くたびに、空気が震えてる」
彼女が感動したように呟く。
「虹色の翅って、こんなに細かく震えるんですね」
「まるで心臓の鼓動みたいに、規則正しく」
俺は思わず息を呑んだ。
(彼女は——翅の振動まで感じ取ってるのか……)
陽菜さんの指先が、そっと蝶の背中に触れる。
「この質感……粉のような、でもしっとりしてる」
「鱗粉っていうんですよね」
蝶が飛び立つ瞬間、陽菜さんの手のひらに小さな風が吹いた。
「ありがとう」
彼女が虚空に向かって微笑む。
その姿を見て——
俺は思わずカメラを構えていた。
陽菜さんが蝶と触れ合う姿。
目を閉じて、心で感じ取っている姿。
そして——その穏やかな微笑み。
カシャン——
俺は、この瞬間を撮った。
視覚を超えた美しさを。
触覚で世界と繋がる、彼女の姿を。
アストラルが横で呟く。
「良い写真だ。きっと」
「……はい」
俺も頷いた。
そして——心の中で思った。
(この旅が終わったら——)
(もう一度、カメラマンに挑戦してみよう)
(今度は『見せる』ためじゃなくて、『感じてもらう』ための写真を)
(陽菜さんが教えてくれた——心で見る美しさを、形にするんだ)




