賢き魔王
第十二代目の魔王は賢かった。
また理知的な人物でもあり、人間との争いも可能な限り避けていた。
専守防衛。
それこそが魔王の方針だった。
配下からの不満は当然ながら出ていたが、力と魔力で劣る人間は基本的にわざわざ魔族へ攻撃はしてこない。
故に広義における平和は第十二代魔王の存命中は常に維持されていた。
彼に連なる十一代までの時代とはまったくの反対に――。
*
ある日。
魔王の側近が青い顔をしてやってきて言った。
「魔王様を撃ち滅ぼすと予言された勇者が生まれました」
「ついにか」
魔王は驚きもせずに頷くとそれを見ていた側近の顔が僅かに安らぐ。
この期に及んで動かないのでは? そう思っていたのだが流石に違うらしい。
とはいえ、もっと早く動いてほしかったというのが魔族の総意ではあったが……。
「失礼なことを考えているようだな」
「うっ……申し訳ありません」
「構わないさ。お前達の不満は重々承知だ。さて、動くか」
そう言うと魔王は堂々とした様子で側近に命じた。
「話好きの魔族を三人ほど人間の城下町へ向かわせろ。しかし、騒ぎは起こさせるな。ただ休暇を過ごさるだけでいい」
「……は?」
「聞こえなかったのか?」
「いっ、いえ……。しかし、それだけで構わないのですか?」
「あぁ。それだけで十分だ。向かう者達には人間界の視察とでも言っておけ」
「勇者を殺せる機会があってもですか?」
側近は再び青い顔に戻る。
魔王様は一体何を考えているのだ?
「疑っているようだな」
「……すみません」
「構わないさ。もし、もっと良い案があれば教えてくれ」
そう言われてしまえば側近はもう何も言えない。
素直に引き下がるだけだった。
**
生まれた勇者の人生は一年を迎える前に終わった。
しかし、手を下したのは魔王でも魔族でもない。
『なんでこんな子供を産んだんだ』
『そうだそうだ。今はせっかく平和なのに』
『魔族とも戦争をせずに済んでいるっていうのに』
勇者の両親は周りにそう言われ続け、遂には勇者の世話をやめてしまったのだ。
――直接手を下したわけでこそなかったけれど。
でも、確かにそうなのだ。
平和が維持されている以上、諍いや争いの種でしかない『勇者』なんてただの忌み子に過ぎない。
そして忌み子なんていない方が良い。
***
「うまくいったか」
「はい。人間達は自ら勇者を殺しました」
「これでしばらくは民達も平和を生きることが出来るな」
魔王は満足気に笑う。
側近は腑に落ちない顔で問う。
「魔王様。一切の手を汚さずの勇者討伐は見事です。しかし、勇者のいない今こそ人間を滅ぼすタイミングではありませんか? 何故、今動かないのですか?」
「平和の維持こそが最も強い武器だからだ。仮に今、人間を滅ぼそうとしてみろ。奴らは全力で抵抗をしてくるぞ。それこそ次の勇者が生まれた時、今回のような事は決して起こりはしないだろう」
側近はやはり納得していない。
第十二代魔王はその様子を見ても微笑んだ。
「いずれにせよ。私は民達の平和をいつでも望んでいるよ」
「……はい。存じております」
***
伝え聞く所によれば第十二代魔王は内乱によって命を落とした。
その遺体は晒され、多くの民達から『臆病者』、『怠惰者』、『暗君』などと罵られたらしい。
代替わりをした第十三代魔王は直ちに人間を滅ぼすための侵略を始め、一時は絶滅寸前にまで追い詰めたが最終的に新たに生まれた勇者によって討伐された。
第十三代魔王のあまりにも苛烈な侵略により、勇者を始めとした人間達は魔族へ一切の容赦をすることはなく――今では魔王はおろか魔族さえもおとぎ話の存在へと追いやってしまった。




