始業
三題噺もどき―ろっぴゃくごじゅうご。
朝食を終え、少しの休憩の後に自室に戻ってきた。
手に持っていたマグカップを机の上にあるコースターの上に置き、眠っていたパソコンの電源を入れ、起動する。
暗い部屋の中で煌々と光る画面は、目に悪そうな光だ。そりゃ、ブルーライトカットなんて眼鏡ができるわけだ。
「……」
まだ椅子には座らず、マウスだけを操作する。
仕事用のメールを開き、連絡を確認する。
今日の仕事と、昨日の仕事の返事が来ていた。
「……」
昨日のものは特に修正もなく、無事に終わったとのこと。
今日の仕事はいつもと変りなく、いつも通りにするものがいくつか。
締め切りは特に指定はないが、文面的には急ぎ目でという感じだろう。
「……」
こういうモノに限ってはっきりと締め切りを作らないのは、この人の癖なのだろうか……こちらとしては勘弁してほしいものだが。はっきりと期限があった方がやりやすいに決まっているだろう。
しかしまぁ、それ以外の点でこの人との仕事はやりやすいのだ。運命的と言ってもいいほどに相性がいい……と勝手に思っている。私はやりやすい、あちらがそう思っているかは分からない。仕事の点では相思相愛だからこそ続いていると思っていたい。
「……」
とりあえず、いくつかあるうちの急ぎだろうというものから片付けることにしよう。
キーボードを引き出し、マウスを手元に持ってくる。マウスパッドがブレーキをかけて、そこにとどまろうとしたがお構いなしにマウスごと引っ張る。
「……」
机の端に置かれている小さめの籠の中から、キャンディを取り出す。
フルーツ系のものが多いが、最近はミルク系のものが入っている。
案外美味しいと言うか、仕事始めに食べるのにちょうどいい。噛まずにゆっくりと時間をかけて口の中で転がすのがいい。仕事の最中はどうしても噛んでしまうからな。
「……」
小さな袋の端を手で切り裂き、中身を口に放り込む。
口内でころころと転がしながら、広がるミルクの優しい甘みにほんの少しだけ浸る。
毒薬もこれくらい甘ければ苦でも何でもないのに……。味がついていては意味がないのか。いやでも別に調味料として隠し味に使うくらいなら味がついていた方がいいよな。私が食べさせられていた毒薬がたまたまああいう味だっただけだろうか。劇薬もいいところだったからな……。
「……」
まぁ、そんなことはさておいて。
仕事をしなくては。
「……」
椅子の背を引き、その上に座る。
そして、昨日あまりにも無造作に置いていて怒られた、ブルーライトカットの眼鏡をかける。
―置いた記憶がないので多分落ちたんだろうけど、昨夜寝るときに床に落ちていて怒られた。踏んで壊したらどうするんですかだと。怪我の心配はされない。
「……」
メガネケースというのもあるにはあるのだが、いちいちソレに入れて取り出すのも面倒で。
机の上に置くだけにしていたんだが、だから落ちたんだろう。何も考えずに机の上に置いたからな多分……まぁメガネスタンド的なものでもどこかで探してこようかな。今更だが。
「……」
別段壊れたところで、度が入っているようなものではないから、その辺で適当に買ってしまえるのだけど。アイツからしたらそういう話ではないんだろうな。分からんが。
それなりに物持ちはいい方なので、心配される謂れはないんだが。
「……」
口の中でキャンディを転がしながら、画面をスクロールしていく。
軽く中身を確認して、作業に取り掛かる。
これくらいなら休憩の時間までには終わるだろう。その後に、別の仕事もしつつ、確認の連絡をして……。
「……」
今日送られてきた分は今日中に終わらせたい気持ちもあるが……はて他の仕事の量が分からないからな。何とも言えない所ではあるが。
まぁ、締め切りもあってないようなものだから、ほどほどにしていこう。あまり詰めると怖い鬼がいるからな。蝙蝠のくせに。
「……、」
まずは集中して、この仕事を終わらせるとしよう。
「……ご主人」
「なんだ?」
「休憩の時間です」
「うん……んん、これだけ」
「聞き飽きましたそれ」
お題:キャンディ・毒薬・運命