愉快な○○達
「あ、そこの人待つでござる!!」
中央区の表通りを歩いていると、どこかで聞いたことがあるような声が聞こえ足を止め、周囲を見渡す。
「どうした?」
「いや、気のせ――いじゃないわ。ちょっと待っててくれ」
視界の先に両手をブンブンと振りながら、黒髪の女の子がこちらに向かって走ってくる。
植物の模様が描かれた上着や腰に携えている刀から、明らかに日陽大陸出身だと分かる。そんな奴に俺は心当たりがある。
「見つけたでござる!!直ぐに居なくなるんだから」
「保護者か何かですか?」
団福屋の店主から詐欺られていた奴だ。あの時はそこまで気にしてなかったが、よく見ると派手な服を着ていた。白ズボンに上着の中には、白っぽい緑色のシャツを着ている。
「それで、私に何か用ですか?」
「もちろん。お礼を言いうためでござる!」
「お礼?……あぁ、別にいいのに」
「良くないでござる!あ、拙者は藤丸 心っていうでござる」
「あぁ。私は――」
「こころー!!」
名前を言おうとした時、心を呼ぶ声が聞こえる。声のした方を見ると、心が走ってきた道から見覚えのある2人と、見たことない男女が走ってくる。
「拙者の仲間達でござる!」
「あ、ちょ…」
心に手を引かれながら、仲間達の元へ連れて行かれる。
「やっと見つけた。いきなり走りだすんだから」
「ごめんでござる。この方を見つけたからつい……」
「あっ、団福屋の時に助けていただいた方ですね。あの時はありがとうございます」
高身長で赤い髪の女性が頭を下げると、ワンテンポ遅れで他の4人が頭を下げる。
「私はカルイ・ホークと言います。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
互いに握手する。人の手の感触なんて気にならなかったが、この人はの手の皮膚が硬かった。
―村の人間か。それともめちゃくちゃ狩りをしてきた人間か。全く違うことやってた人だろうか―
「私は初めましてかな。私は倉識 胡春、でこの大きいのが私の弟で春之。無口だけどいい子だから仲良くしてね」
「……よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします」
―でけぇな―
俺の身長と比べて、春之という人は30~40cm程度大きく、2mは間違いなく超えている。
それにカダイもよく、俺が今まで見てきた中でトップレベルだ。
「で、吾輩がこいつらのリーダー。ラナだ。よろしくな」
「あぁ、よろしくお願いします」
―マジか。一番子どもっぽいと思ってた奴がリーダーだってか―
差し出された手を握る。その瞬間、とてつもない吐き気と共に、嫌悪感、怒りなどの負の感情が胸の内から込み上げてくる。
『ヹ×!△♭●♯!⒥✔★※』
知らない誰かが何かを言っている。目の前には…………
「ライン!!」
誰かに肩を強く引かれ、ラナから手を離す。
手が離れてから徐々に気持ち悪さや負の感情が消えていく。変な声や幻覚はもう見えない。見えるのはホリー達の心配そうな顔だ。
「おい、大丈夫か!」
「嘘、異常がどこもない……」
エンシルが自然魔法で体の治癒を試みようとするが、原因が特定できないらしい。
顔を動かしてラナの方を見ると、俺と同じ状態なのか、仲間達が心配そうに周りに集まっている。
「俺は、大丈夫だ。それよりもあっちの銀髪の女性の方を――」
「貴女達は何者なの!」
ホリーが剣を構えると、心と春之がホリーの前に立つ。2人から戦意は感じられない。それにライナも誤解だと必死に訴えている様子だ。
気づけば、多くの人が集まっていた。
「落ち着けホリー。お前らしくない」
よろける足でホリーに近づき、肩にそっと手を置こうとするが、思ったより体が回復しておらず倒れる。
かと思ったが、ホリーが上手くキャッチしてくれて、地面との衝突は回避出来たし、ホリーの気を引くことができた。
「聞けホリー。よろけているが、俺は数歩なら歩けた。だけど、ラナ――そこの倒れている女性は立ち上がることさえ困難なほどダメージを受けている。それにあっち側から敵意を感じない。原因は分からないが、双方とも何もしてないのは確かだ」
ラインは体勢を変え、地面に座る。
ホリーはかがみ、ラインの言葉に耳を傾ける。しかし、いつでも反撃出来るよう剣を片手に握っている。
「それに、人が多く集まっている。証拠がない状態で、国外の人間に武器を向けるのはあまり良くない。取り敢えず警戒を解いて構わない。俺が保証する」
「……分かった」
ホリーは剣を鞘に納める。
ラインはゆっくりと立ち上がり、ラナの方へ近づく。側では常にホリーがおり、いつでもラインを支えられるよう準備をしている。
「ラナさんの方は大丈夫ですか」
「えぇ。意識はあるみたいで、徐々に回復してるそうです」
「分かりました。あ、時間が……」
ふと腕時計を見ると、後20分程度でホームルームが始まってしまう。
「すいません。そろそろ移動しないといけないので、ここで失礼します」
「あ、待つでござる!」
心は焦ったように近づいてきて、俺の手を握る。
ポケットから紙切れを取り出し、俺の手のひらに紙を置き、握らせると共に耳元で囁く。
「拙者たちが泊ってる場所でござる。今週の日曜日までそこで泊ってるから、時間があれば来てほしいでござる」
紙切れを財布に入れながら、心達へ軽く頭を下げ、アカデミーへ向かう。
その背中をラナはゆっくりと眺め、ボソッと呟く。
「……ダメだったか」
春之がラナを担ぎ、全員が泊っているホテルへ移動する。
集まっていた人達も次々と自分たちの生活に戻っていく中。物陰で白いスーツを身に纏い、帽子を深々と被った女性がその様子をスマートフォンを通して誰かに伝えていた。
「ラインとラナが予定通り接触し、ファクトリーの社長が言ったようにフラッシュバックが起きた様です。はい……。はい。分かりました。卒業試合まで待機しています」
通話アプリを閉じ、女性は行き来する人の波の中へ合流する。
次回投稿予定
6月1日(日)20時00頃