七聖勇者の子孫と七聖騎士の子孫
ユベル都心騎士団育成アカデミー。ユーベリア大陸の中心に佇む都心ユベルを守る騎士団のメンバーを育成することを目的とした高等学校だ。
そこには、ユベルを守るために選ばれし若者たちが集う場だが、俺はそんな場所に入学しても周囲から落ちこぼれと称される日々を送っていた。
大魔王を倒した七聖。その勇者の子孫として幼少の頃から重圧の中で育ってきた。先祖が築いてきた偉大な足跡を追い、先祖と同じような何かになることが俺の宿命なのだと自分を奮い立たせ生きてきた。だが、どれだけ努力しても、成果は思うように現れなかった。
学年末の筆記試験及び実技試験の総合結果が掲示板に張り出される。結果は見なくても分かる。
「1位:ホリー・エンフィールド
筆記: 2位 912点、実技: 1位 992点
2位:ライン・ユベル
筆記: 1位 998点、実技: 3位 907点」
前から2番目。それが俺のいつもの場所だ。ホリー・エンフィールドは七聖剣士の子孫であり、彼女もまた周囲の期待を一身に背負っている。しかし、彼女は俺とは違い、七聖の子孫として充分すぎるほどの成績を収めている。剣術大会優勝、模擬大会優勝、魔法剣術大会優勝を飾るホリーの影に俺は隠れ、周囲から浴びせられる罵詈雑言に苛まれている。
筆記試験では抜きん出た成績を収めているが、実技ではいつもホリーが先を行く。彼女の動きはまるで風のように美しく無駄がない。その姿を見ると誰もが感嘆の声をあげる。だが、そのたびに俺は思い知る。俺には剣の才能がないのだと。
「はあぁっ!」
「甘いぞ、ライン!」
戦闘の訓練が始まり、俺は木剣を振るっている。パワーメインな俺の攻撃を容易く流し、隙を狙っては攻撃をしてくる。
「豪打!」
「パワーは強いが、熟練されていないな」
戦いながらも相手に指摘できる程の余裕がある。もはや、勝とうとする気さえわかない。いかに接戦っぽい雰囲気を出して負けるかが目的となっていた。
初めて負けたのは初等学校の卒業試合がだったか。自信を持って挑んだ試合は惨敗だった。その時対峙した相手もホリーだった。
―そうだ。あの時もこんな感じで圧倒されたんだっけな―
悔しさから必死に技術を学んだ。身に付けようと励んだ。だが、俺の体は剣術を嫌い、イメージ通りに動いてくれなかった。
中等学校2年生になる頃、俺にはユベル家として本来持ってないといけない剣術の才能がないことに気付いた。剣術だけではない、槍術、弓術といった武器全般の才能がないのだ。
周囲が俺の実績に不満を言うようになった頃、俺も自身に不満を言うようになり、ライン・ユベルを捨てた。
諦めた。自害したとして何かが変わるわけでない。ならば、せめて平穏に生きようと決めた。そのために最も必要なことは、ライン・ユベルという1人の人間ではなく、七聖勇者の子孫として生きることだた。
「ほら、足元がおろそかになっているぞ」
俺の攻撃を躱しつつホリーは姿勢を低くする。大抵こういう場合は足首を攻撃し、相手を転ばせようとしてくる。
―完璧だな。これで負けるか―
「これで一本だ!」
その声が響くと同時に足首を攻撃された俺は、ほぼ転ぶような形で地面に倒れる。
「模擬戦はそれまでだ! 勝者、ホリー!」
歓声が沸き上がる中、俺は黙って地面に仰向けになり、青空を見上げていた。心の底には無力感と微かな自分への失望が渦巻いている。理想は何も感じないことなんだがな。
「すげえ! またホリーが全勝だ!」
「このままだとホリーは無敗で卒業しちまうかもな」
「流石は七聖剣士の子孫だ!それに比べてラインは……」
「だな。ラインは勇者の子孫くせして、ホリー様には一度も勝てないからな。勇者の肩書きが汚れちまう」
周囲の同級生たちがざわめく中、俺は静かに溜息を吐いた。
─聞き飽きたな─
「まだ甘いな、ライン」
地面に倒れている俺に対してホリーは手を差し出す。その手を握り、ゆっくりと立ち上がる。
「剣筋は見えるし、避けようと思えば避けられる」
「それなら、なぜ避けない?」
「避けたところで、お前を倒せる術を持っていないからな」
初めてに出てきたのが負け惜しみ。勇者の子孫として今の発言は無いなと少し反省しつつ、ホリーの顔を見る。
「な、なんだ。何故そんなに私の顔を凝視する?」
ホリーは頬を少し赤らめつつ、恥ずかしそうな声で聞いてきた。
美しく輝く金色の長髪。凛とした表情と深い瞳。穢れを知らない真っ白い手足。運動着を着ているはずなのに、ホリーの体操服には1つも汚れが付いていない。何処を見ても汚れ1つ付いていない。それが彼女の完璧さを一層際立たせていた。
「やっぱりお前は凄いな」
言葉が自然と漏れた。心からの称賛だ。
「い、いきなり何を言うんだ。ラインだって剣術以外の身体能力は私と同じぐらいだし、筆記試験は私より高かったじゃないか」
「勇者の子孫が剣を扱えなかったらダメだろ。卒業試合だって、もう1週間を切ったし」
卒業試合とは、ユーベリア大陸独自の文化で、世界全土にいる高等学校卒業予定の戦士を集めて戦うトーナメントだ。上位に残ると進学や就職にかなり有利になるのだが、七聖子孫の場合はいかに圧倒的な力を他人に見せ、序列をつけるかの話になってくる。
俺は勝とうと思えば勝てるが、勝った所で状況が最悪になるだけで得なんて何もない。だから、今回もどうやって負けるかだけを考えている。
「そんなこと言うな。才能はラインの方が飛び抜けているはずだ。きっとその内に他を凌駕する剣術を身につけれるさ」
「だといいんだけどな」
ふと周囲を見渡す。同級生たちの視線が集中していることに気づく。憧れの眼差しと、蔑むような視線。どちらにどの感情が向けられているのかは考えなくともわかる。
ホリーに向けられた憧れの目。少しずつ自分の存在意義が薄れていくのを感じ、その不快感がさらに視線の重さを増やしていく。
「俺は帰ってるから、お前はファンサ頑張ってな」
「お、おいライン!待っ──」
そう言い残し、後ろを振り向く間に同級生たちが俺を弾き出すかのようにホリーの周りに集まる。
「おっと……ったく、あいつら俺のこと見えてんのかよ」
「ホリー様かっこいいです!!」
「やっぱり今回の卒業試合優勝はホリーだな!!」
「ホリーと百龍の勝負が楽しみだ!」
騒ぎ立つ声が耳に入る。心の奥底で、むなしい苛立ちが募っていった。
「……見えてる訳ないか。帰ろ」
気を取り直し、制服に着替えていつもの道を歩き始める。アカデミーの周辺は商店街が近く、賑やかな都心の雰囲気が漂っているが、自宅の方へ歩くにつれて人混みは次第に薄らいでいく。
「……相変わらずメイドしかいねえな」
北区の貴族エリアに足を踏み入れると、メイドや執事、家を守るガードマンばかりで住居人の姿は見当たらない。
この静かな環境が、俺にとっては心地いい。
「いいね。ここの奴らはほとんど家にいないから、いつも静かだ」
人混みや賑わいのある場所よりも人が少ない閑散としたような場所の方が好きだ。理由は単純に人と会わくて済むからだ。誰とも会わなければ俺の心が痛むことがないし、勇者の子孫を演じる必要がないからだ。
―こんな生活を5年以上続けられるのも、こういう合間に休憩できるからか―
赤い屋根の大きな屋敷の中に入ると、仕事をしていたメイド達が手を止め、頭を下げた。
「おかえりなさいませ。ライン様」
「ただいま。またいつも通り頼みます」
「承知しました」
近くにいるメイドに伝え、俺はいつものルーティンに入る。ジャージに着替え、タオルを手に食堂の冷蔵庫から水の入ったペットボトルを取り、地下室にある訓練場へ向かう。
「施錠よしと」
誰も入ってこないように、施錠をしっかりとかける。これからやる修行は誰にも見られてはいけないからだ。
「さてと、今日もやりますか」
俺の毎日の修行。それは剣や槍ではなく、禁忌とされている体術の練習だ。
初めての敗北を経験したあの日、立ち直れなかった俺を見て、親父は異世界に連れて行ってくれた。
その異世界には、見たこともないような建築物や機械、文化が広がっていて、俺の子ども心をくすぐり、敗北の痛みを忘れさせてくれた。
次回投稿予定
2025年4月13日(日)20時00 頃