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学園の屋上から見下ろすと、運動場でサッカーをしている男子たちの声が聞こえてくる。その中で、ひときわ目立つ存在がいた。久遠蓮――私たちの学校で「王子様」と呼ばれる男子生徒だ。
蓮は背が高く、スポーツ万能で、学業もトップクラス。おまけにルックスもいい。
そんな蓮を「王子様」と呼ぶのは、クラスメートだけでなく、学年全体の女子たちだ。
蓮にはファンクラブまであるという噂もある。
「また蓮くんだよ。やっぱりかっこいいね!」
取り巻きの女子たちがざわめく。
その光景を、私は少し離れた場所から眺めていた。
蓮は確かにかっこいいし、王子様のような存在かもしれない。でも、私にはそれがどうでもいいことのように思える。
授業が終わり、放課後になると、蓮はいつもグラウンドで練習をしている。今日も蓮は、サッカー部のメンバーたちと楽しそうにボールを蹴っていた。その姿は、まるで映画のワンシーンのようだった。
「華恋、どうしたの?ぼーっとして。」
隣に立っていた心桜が、私に声をかける。心桜もまた、蓮のことを見つめていた。
「別に。ちょっと見ていただけ。」
私はそう答えたが、心桜の表情はどこか険しい。
心桜もまた、蓮に特別な感情を抱いているのだろう。それが、憧れなのか、好意なのか、はたまた別の感情なのかはわからないけれど。
しばらくすると、蓮がこちらに気づいて手を振った。その笑顔は、いつも通りの爽やかさだった。
「華恋、心桜!こっちに来いよ!」
蓮の声に、私は少し躊躇した。心桜も一瞬ためらったように見えたが、すぐに笑顔を作って蓮の方へ駆け寄った。
「お疲れ様、蓮くん。今日も練習頑張ってるね。」
心桜は甘い声でそう言った。その姿はまるで、雑誌の表紙に載っているカップルのようだった。私は少し離れたところで、二人のやり取りを見守っていた。
「ありがとう、心桜。でも、華恋も来てくれよ。せっかく二人とも見に来てくれたんだからさ」
蓮が私に向かって微笑む。その笑顔は本当に自然で、何の裏もないように見える。私は苦笑いを浮かべながら、蓮の方に歩み寄った。
「別に、特に見るつもりはなかったけど。」
私はそう言って、蓮を見上げた。彼は私よりずっと背が高い。こんなに身長差があるのは、いつからだろう。
「華恋はいつもそうだな。俺に興味ないのか?」
蓮は冗談めかしてそう言った。心桜が小さく笑う。
「蓮くん、華恋はいつもそっけないんだから。」
その言葉に、蓮は肩をすくめた。
「まあ、そういうところが華恋のいいところでもあるんだけどな。」
蓮はそう言って、優しい目で私を見た。
その視線に、私は少しだけ戸惑った。
蓮は周囲から「王子様」と言われるが、実際の蓮はそんなに完璧な存在ではない。
蓮には蓮なりの悩みや葛藤があることを、私は知っている。
放課後、体育館の裏手に来ると、蓮がひとりで壁にもたれていた。
夕日の光が蓮の横顔を照らし、まるで映画のワンシーンのようだった。
「蓮、どうしたの?ここにいるなんて珍しいね。」
私は少し不思議に思いながら声をかけた。蓮はゆっくりとこちらを振り返り、少し疲れたような笑顔を見せた。
「少し、一人になりたかったんだ。」
蓮の言葉には、どこか悲しげな響きがあった。普段は明るく、周囲から王子様と称される蓮が見せるこの表情は、私にとっても新鮮だった。
「王子様にも、息抜きが必要ってこと?」
私は冗談めかして言ったが、蓮はその言葉には笑わず、真剣な眼差しを私に向けた。
「華恋、君はどう思ってる?俺がみんなから『王子様』って呼ばれること。」
蓮の問いに、私は少し戸惑った。蓮が自分の評判についてどう思っているのか、これまで考えたことがなかったからだ。
「そうね……正直、私にはどうでもいいことかな。」
私は正直に答えた。蓮は一瞬驚いたように目を見開き、そして小さく笑った。
「やっぱり、華恋はそう言うんだな。でも、それが羨ましいよ。」
蓮はそう言って、視線を遠くに向けた。サッカーグラウンドでは、まだ練習が続いているのが見える。
「羨ましい?私が?」
「そう。華恋は周りの期待に振り回されずにいられる。それって、俺にはできないことだから。」
蓮の声には、普段は見せない弱さが滲んでいた。蓮は周囲の期待に応え続けることに疲れているのだろう。
「でも、私は振り回されないわけじゃないよ。ただ、どうでもいいと思おうとしてるだけ」
私もまた、正直な気持ちを口にした。彼の前なら、それができる気がしたからだ。
「どうでもいい、か……」
蓮は小さく呟き、目を閉じた。その瞼の奥にある感情は、私にはわからない。
二人で黙って夕日を眺めていると、遠くから心桜の姿が見えた。心桜は私たちを見つけると、少し驚いたように足を止めた。
「華恋、こんなところにいたのね。探してたのよ。」
心桜の声には、どこか焦りが感じられた。心桜の視線は蓮に向けられている。
「心桜、どうかしたの?」
私は心桜に近づきながら尋ねたが、心桜は私ではなく蓮を見ていた。その目には、嫉妬と期待が入り混じっているように見えた。
「蓮くん、さっきのサッカーの練習、すごくかっこよかったわ。やっぱり蓮くんは特別ね。」
心桜は甘い声でそう言った。その言葉に、蓮は少しだけ微笑んだが、その笑顔にはいつもの輝きはなかった。
「ありがとう。でも、俺は特別じゃないよ。」
蓮のその言葉に、心桜は一瞬驚いたような顔をした。そして、心桜は私に視線を移した。
「ねえ、華恋。蓮くんは君に何か言ったの?」
心桜の声には、どこか詰問のような響きがあった。
私は一瞬、答えに困ったが、正直に言った。
「別に、大したことは話してないよ。ただ、少し立ち話をしただけ。」
その答えに、心桜は納得したように頷いたが、その表情にはどこか不安が滲んでいた。
その日の帰り道、私は蓮の言葉が頭から離れなかった。蓮が言った「羨ましい」という言葉。その裏には、どれだけの重圧が隠れているのだろうか。
私もまた、周囲から「特別」と見られることに疲れている。けれど、蓮も同じように感じていたとは、思ってもみなかった。
「蓮も私と同じなんだ……」
私は小さく呟いた。そして、ふと振り返ると、心桜が少し後ろを歩いているのが見えた。心桜の表情は暗く、何かを考え込んでいるようだった。
心桜が抱えている感情、それが何なのか、私にはまだわからない。でも、私たちの間にある溝は、蓮との関係を通じてますます深まっている気がした。
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