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閲覧いただき、ありがとうございます。最後までお付き合いいただければ幸いです。心桜視点です。
学校の帰り道。夕日が空を赤く染め、私の影が長く伸びている。
隣には、いつものように華恋が歩いている。
その姿は、どこか遠くに感じる。
昔はもっと近かったのに、今は私たちの間に見えない壁がある。
私はずっと、言いたかったことがある。
でも、その言葉を口にする勇気がなかった。
言ってしまえば、もう戻れなくなるから。
でも、今日、私はそれを言ってしまった。
「あなたのママ、本当はうちのお母さんが結ばれるはずだったんじゃないの?」
その言葉を口にした瞬間、華恋の表情が固まった。華恋は何も言わず、ただ私を見つめていた。
その瞳には、困惑と悲しみが浮かんでいるように見えた。
だけど、私は止まらなかった。
止めることができなかった。
華恋とは、幼い頃からずっと一緒にいた。
母たちが親友同士だったから、私たちも自然と親友になった。だけど、あの頃と今では何もかもが違う。
華恋は変わっていないように見えるけれど、私は変わってしまった。
私は、母が語る「昔の話」が嫌いだ。
母はいつも笑顔で話す。
華恋の母、小百合が異世界からやってきて、異世界の英雄と結ばれたという話を。
華恋の母曰く、華恋の母がかつてやっていたゲームの世界で、華恋の母の現実世界と変わらない環境でバタフライエフェクトを実感するヒューマンドラマ系のゲームだったという。
母はその話を喜んで語るけれど、その裏で私は、どうしようもない怒りと悔しさを感じている。
お母さん、どうしてそんなに笑っていられるの?
あなたがヒロインだったはずなのに、結ばれなかったのは悔しくないの?
私は、そう聞きたくて仕方がない。
でも、そんなことを言えば、母は悲しい顔をするだろう。
だから、私は言えない。
でも、その代わりに、私は華恋にそれをぶつけてしまう。彼女に何の罪もないのに。
家に帰ると、母がキッチンで料理をしていた。
私はその光景を見て、胸の中がチクリと痛む。
母はいつも笑顔で、何も不満などないかのように振る舞っている。その姿が、私には偽りに見える。
「おかえり、心桜。今日は早かったのね。」
母が振り返り、優しい笑顔を向けてくる。
その笑顔が私は嫌いだ。偽りのない、純粋な笑顔だからこそ、私の胸に刺さるのだ。
「ただいま。今日は特に何もなかったから。」
私は無表情で答え、リビングに向かう。
母はそんな私の態度にも動じることなく、料理を続けている。私はそれを横目で見ながら、リビングのソファに腰を下ろす。
リビングには、父が新聞を広げている。彼もまた、いつもと変わらない穏やかな表情だ。私がここにいることが、まるで幸せそのものだと言わんばかりに。
「心桜、おかえり。今日もいい日だったか?」
父が笑顔で尋ねてくる。その言葉には、何の疑いもない。ただ、私が今日も幸せな一日を過ごしたと思い込んでいるだけだ。
「普通だったわ。別に何もなかった。」
私は短く答える。それ以上の言葉が出てこない。
夕食の時間、家族揃っての食卓は、いつも通りの光景だ。母の作った料理が並び、父が嬉しそうにそれを食べている。その姿を見るたび、私は胸が苦しくなる。
どうして、この家族はこんなに平和なの?どうして、みんな何も気にしていないの?
「心桜、今日は何かあったの?少し元気がないように見えるけれど。」
母が心配そうに尋ねてくる。その言葉に、私は一瞬だけ言葉を失う。母は本当に、私のことを心から心配している。だけど、それが余計に私を追い詰める。
「別に、何もないわ。」
私は短く答えた。母の優しさが、私には重くて仕方がない。
夜、部屋に戻った私は、机の上に置かれたノートを手に取る。
それは、母が昔書いたという「ゲームの世界」のノートだ。
私がまだ小さい頃、母はよくこのノートを見せてくれた。そこには、異世界からきた小百合の物語が書いてある。
でも、私にとっては、そのノートはただの「負けた記録」にしか見えない。
母が本当に結ばれるべきだったのは、華恋の父親だったはずだ。だけど、そうはならなかった。
だからこそ、私は華恋を羨ましく思うし、憎くも感じる。
どうして、あの人が選ばれたの?どうして、私のお母さんじゃなかったの?
その疑問は、私の中でずっと消えないまま、燻り続けている。
ベッドに横たわり、天井を見上げる。
涙が自然と溢れてきた。私がどれだけ努力しても、どれだけ自分を磨いても、母の「ヒロインだったはずの過去」は変わらない。
私の未来は、母の過去に縛られているような気がしてならないのだ。
「華恋……」
私は、華恋の名前を呟いた。
憎しみと、嫉妬と、愛おしさが入り混じった感情で胸がいっぱいになる。
もし、この世界が本当にゲームのようにやり直せるのなら、私はどうするだろうか?
母がヒロインだったはずの未来を選ぶのだろうか。それとも、今の自分のままでいたいのだろうか。
その答えは、まだ私にはわからない。
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