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最後までお付き合いいただければ幸いです。
華恋は窓の外を眺めながら、小さなデザイン事務所で働き始めた自分の姿を思い描いていた。
高校を卒業したばかりの華恋は、美術大学に進学し、実務経験を積みながら夢への一歩を踏み出していた。キャンバスに向かうたびに、華恋が思い出すのは宙翔との日々だった。
あの頃、華恋は宙翔に恋をしていると思っていた。
でも、今になってわかった。好きだったのは、宙翔との時間ではなく、絵を描いている「自分自身」だったのだと。
宙翔とは、前より疎遠にはなってしまった。
たまに連絡を取るといっても、絵について話し合ったりするくらいだ。
「私、やっぱり絵が好きなんだよね。」
華恋は小さく笑いながら、ふと一人ごちる。
今の華恋は、恋に浮かれる少女ではなく、表現することに喜びを見出すクリエイターの卵だった。
表現することが、彼女にとっての自由であり、幸せだった。
一方、心桜は美容師の資格勉強に励んでいた。
母親からの厳しい教えを受けて育った心桜は、「ありのままでは愛されない」と思い込んでいた。
母親のように努力しても報われない現実を知り、それでも必死に努力し続けた。
けれど、華恋や胡桃との日々が彼女の心を少しずつ変えていった。
華恋のまっすぐな生き方、胡桃の飾らない姿。
それは、心桜にとって「ありのままの自分」でいることの大切さを教えてくれたのだ。
「努力しても愛されないことがある。それでも、自分は自分なんだよね。」
心桜は鏡の前で微笑む。
心桜はあの頃の貼りついたような笑顔ではない。
本当の笑顔であると、心桜自身も感じていた。
練習用のウィッグを整えるその手つきは、少しずつ自信に満ちてきていた。
ありのままの自分を少しずつ受け入れ始めた心桜は、自分自身を愛する方法を見つけつつあった。
胡桃は、新しい街で料理の修行をしていた。
小さなキッチンで、毎日新しいレシピに挑戦している。料理学校を卒業してからは、地元のレストランで見習いとして働いていたが、少しずつ店の常連客からの信頼を得ていた。
「この味、君が作ったのか?本当に美味しいよ。」
店の常連の客が感動したように言う。
「ありがとうございます。」
胡桃は照れくさそうに笑う。
異世界からこの世界に来たとき、強がりな自分が出たけれど、本当は自分の居場所を見つけられるのか、不安で、怖かった。
前の世界でも、自分の居場所と思える場所を作ることは最後までできなかったから。
でも、今は違う。この街で、新しい自分の物語を紡ぐことができると思えていた。
華恋や心桜のおかげで、自分を信じて進む勇気をもらったのだ。
ある日の夕暮れ、3人は久しぶりに集まった。公園のベンチに座りながら、夏の風を感じていた。
「華恋、専門学校はどう?絵、描いてるの?」
胡桃がいつもの明るい調子で聞く。
「うん、描いてるよ。毎日描くのが楽しくて仕方ないんだ。」
華恋が笑う。どこか暗かった華恋は、今はすっかり自信に満ち溢れた明るい女性になった。
「心桜は?美容師の勉強、大変じゃない?」
華恋が続ける。華恋と心桜にあった溝はもうなくなっているように見えた。
「うん、でもね、少しずつ自分に自信が持てるようになってきた。前は、みんなに愛されたいって思って必死だったけど、今は自分を信じて頑張れてる。」
心桜は穏やかに答えた。何かに追われ続けていた絶望に飲み込まれそうだった心桜はもういない。
「蓮くんのことはもういいの?好きだったんじゃないの?」
胡桃が核心をつくような質問をすると心桜は少し頬を赤らめる。
「蓮くんとは友達だし!心理学の勉強してて、先生とかも視野に入れて勉強してるって聞いてるけど。人として尊敬してるけど、昔みたいな好きとは違うっていうか……」
「それでいいんだよ。私たち、それぞれの道を歩いているんだもん。」
もごもごと喋る心桜に対して、胡桃が微笑む。
3人はしばらくの間、何も言わずに夕日を眺めた。
風が吹き抜け、遠くで蝉の鳴き声が聞こえる。
「結局、私たちにとって一番大事なのは、誰かに愛されることじゃなくて、自分の道を選ぶことだったんだね。」
「そうだね。私たち、他の誰でもなく、自分自身を選んだんだ。」
華恋の言葉に心桜が頷く。
「それが、私たちにとってのハッピーエンドなんだと思う。」
胡桃が確信めいた言葉をいう。
掴みどころのなかった胡桃は、今や、華恋と心桜にとって大切な友人の1人だ。
3人は笑い合い、立ち上がる。
夕日が沈みかけた空は、鮮やかなオレンジ色に染まっていた。
これからの私達の未来を表すかのような色合いだ。
そして、3人は新しい未来に向かって、それぞれの道を歩むべく、力強く一歩を踏み出した。
以上で完結になります!
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