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私こと、羽月華恋はよく考える。
この世界がもしゲームのようにセーブとロードができたら、どんなに楽だろうかと。
でも、ここはゲームの世界じゃない。
そんな便利な機能なんて何一つない。
確かに、私の母は「ゲームの世界から来た」と言い続けているけれど、私は信じられない。
ただの幻想に過ぎないとしか思えない。
ここにいる誰もがその話を信じているけれど。
母は、異世界から迷い込んだという話を持ち出し、その話で周囲の人々を魅了し、ついにはこの街の英雄と結婚した。それが私の父。裕福でカリスマ性があり、すべてにおいて完璧な存在とされる。
周りの人はみんな、私がその二人の娘だということで特別扱いするけれど、私にはその「特別」が重くてたまらない。
そして、もう一人。私の幼なじみ、水瀬心桜。
心桜の母は、この世界で一度はヒロインだったと言われている。
でも、結ばれたのは私の母だった。誰もが祝福したはずだったけれど、心桜はその裏で何を思っていたのか、今になっても私にはわからない。
時が経つにつれ、私たちは少しずつ疎遠になっていった。
そして今、心桜はまるで私を睨むように見つめてくる。
その瞳には、私の知らない暗い感情が宿っている。
「華恋、聞いているの?」
突然の声に私はハッとする。目の前には、私の母、小百合が微笑んで立っている。その笑顔はいつものように穏やかで、まるで何も心配事などないかのようだ。
「今日はクリームシチューにしたわ。あなたの好きなメニューよ。」
母はそう言って、私の手を取り、食卓へと誘導する。クリームシチュー。確かに私はこれが好きだ。
でも、最近はその味も少し変わってきたように感じる。母の手作りではなく、レシピを汎用した他の料理人たちが作るようになったからだろうか。
食卓には、父の姿もある。スーツ姿の父は、仕事の疲れを見せないようにしているのか、笑顔で私たちを迎える。
「華恋、おかえり。今日も学校はどうだった?」
「……普通。」
私は短く答える。それが、私にとっての精一杯だった。
目の前のクリームシチューを一口食べる。温かくて、優しい味。それでも、何かが足りない気がする。母が異世界から持ち込んだレシピだというこの料理も、今ではただの「普通の料理」になってしまったように思える。
「華恋、最近どうしたの?元気がないように見えるわ。」
母が心配そうに声をかけてくる。でも、私はその言葉に答えられない。どう答えればいいのかわからないのだ。私は母のように異世界から来たわけでもなければ、父のようにカリスマ性を持っているわけでもない。ただの「普通の娘」だ。
「別に、何でもないよ。」
私は視線をそらしながら、そう言った。
夕食が終わり、部屋に戻ると、私は窓の外をぼんやりと見つめた。星が瞬いている。この世界には、母の語るような「魔法」なんてない。それでも、私は時々思うのだ。
もしも本当に異世界が存在するなら、私もそっちの世界に行けたらいいのに、と。
でも、そんなことを考えても無駄だということはわかっている。私がどこへ行こうと、結局「羽月華恋」という名前は私から離れない。私は私の人生を生きるしかないのだ。
でも、心桜のあの瞳に映る感情が何なのかを知るためには、もう少しだけ、この人生を続けてみる価値があるかもしれない。そんなことを思いながら、私は静かに目を閉じた。
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