優先すること
人間誰だってミスをする。
俺だってそうだ。
俺なんか1日に4回も車をぶつけたことあるんだぞ。
考えてみろ。
お前は今日どころかここに来てから初めてミスっただけだ。
俺とは比べ物にならんだろ?
できるだけ軽い感じでおどけて、自分を卑下する新入社員をそう鼓舞する。
それを聞いた新入社員は引きつった感じの苦笑いを浮かべてこう言った。
「マ・・・マジですか・・・?」
それを聞いた俺は思った。
あれ・・・?もしかして、しくったか・・・?
・・・・・・落ち着け冷静になるんだ大丈夫だそうこれはこいつをフォローするためにあえて自分のやらかしを話しただけでフォローしているのには変わりないはずだだから自信もってこうファイ!!!!
・・・いけない。心が乱れてしまった。
一度深呼吸をすると、先程の会話を脳内で再生させる。
・・・・・・・なんしとんじゃぼけぇぇぇ
もっと他にあっただろ!何黒歴史語っとんねん!!一旦くたばれ自分!!!
「せ、先輩!!大丈夫です!フォローだったってわかってますから!!」
と言ってくれるが、フォローされてしまったことにさらに胸をえぐられる。
また、やらかしエピソードが増えたようだ・・・。
いやこんな自分のことはどうでもいい。
そんなことより後輩のフォローだ。
そう思いながら時計を確認すれば、時刻は4時過ぎ。
入社してからそれなりには経ったが、まだまだ新入社員ということでそれほど大きな案件を任せていたわけではなかったことが功を奏し、今日中に取り返しはつくだろうと判断。
・・・まあ残業は確定だが。
そう結論を出した俺は後輩に何をすればいいかを指示した後、自分も上司に一応その旨を伝える。
上司は結構驚いていた。仕事もきちんとこなすし、手が空いていたら何かすることはないか探すぐらい真面目なあいつがミスすることは初めてだったからだ。
ちなみに俺は割と早くにやらかした。やはり自分は要領が悪い・・・。
そう思いながらも後輩のデスクへ向かった。
途中、足を止めスマホのメッセージアプリを開き
『すまん
今日残業確定
帰るの遅くなる』
と送る。
思った通り今日中に何とか対応できた。
後輩からのお礼を適当に聞き、消灯などの確認で少しだけ残るそいつに「お前も早く帰れよ~」と伝え自分は先に帰路につく。
会社を出ると、外はすでに暗闇に包まれていた。
スマホを出して時刻を確認すれば『22:34』と表示している。
その下には2件ほどメッセージが来ていたためアプリを開き
『今から帰る』
と返信する。
少しだけ疲れが癒えたように感じるのは毎度のことだ。
「ただいま~・・・」
そう言いながら自宅の玄関を開けるが返事はなく、リビングにつながる扉から光が漏れているだけだった。
玄関に入れば料理の匂いが今まで忘れていた俺の空腹感を刺激する。
灯りがついているのに返事がないことに首をかしげながらリビングに入ると、まず目に入ったのは扉近くにある机の上の、ラップがされた料理だった。
また、少し視線を左に向ければソファーがあり、すぅすぅと寝息が僅かに聞こえてくる。
俺は少しだけ笑みを浮かべると、ソファーにゆっくり向かい、毛布をとり規則正しく上下する体に優しく掛ける。
料理のある机に足を忍ばせながら戻ると、料理をいくつか手に取りキッチンにあるレンジで温める。
リビングに戻れば、彼女は起きてしまったらしく目を擦っていた。
「悪い。起こしちゃったな。」
と言うと
「あっごめんなさい。ちょっと寝ちゃったわ。」
と微笑を浮かべながら返ってきた。
「いやいい。お疲れ様。」
「そっちも残業お疲れ様。」
こんな何気ない会話でまた俺の疲れが癒える感じがする。
作ってくれていた料理を温めなおしたので食べようと椅子に座れば、彼女は対面の椅子に座った。
俺はいただきますと言い、早速料理を食べ始める。
やっぱり、温めなおしたやつでも全然うまいなと心の中で称賛を送る。
「ふふっ」
笑い声がした方向に顔を上げれば、彼女は俺の顔を見ながら微笑んでいた。
少し照れ臭くなった俺は「・・・なに?」とムッとしたように問うと
「今、変わらずうまいな、とか思ったでしょ。
あなたって考えてること面白いぐらい顔に出るから」
・・・心当たりがありすぎてぐうの音も出なかった。
彼女に再度読まれたのか今日はどうだったのかと話題をそらしてくれた。
・・・助け舟を出す人が追い込んだ張本人ではあるのだが。
話は残業になった経緯についてと変わり、そうなると今日生み出してしまった黒歴史が再びよみがえる。
「また、何かやらかしたの?」
と微笑を浮かべたまま三度心を読まれる。
・・・だがやられてばかりではいられない。
俺はそれには答えずに
「・・・で、結局発注したものが」
と続けようとすれば、彼女はさえぎるように話し始める。
「プロポーズの時、あな「分かった話すだからやめてくださいお願いします…」・・・ふふっ」
俺の人生で一番のやらかしを思い出させようとする彼女に即座に白旗を揚げた。俺の抵抗など無いに等しい。
・・・一生このままな気がする。
気を取り直して後輩がミスをしたこととそれのフォローで言ったことを話す。(黒歴史フォローは隠そうとしたが洗いざらい吐かされた)
話し終える頃には、俺の精神は限界だった。
そんな俺とは反対に
彼女は嬉しそうに、愛おしそうに俺を見る。
どうせからかっているんだろうと彼女を睨めば
「違うの。あなたが昔と変わらないままでうれしいの。」
と言った。
心を読まれていることにはもう何も言うまい。
ただ、俺は彼女の言ったことが分からなかった。
何が変わっていないのだろうか。
少なくとも腹はちょっと出てきた。料理がおいしいのがいけない。
この思考も読んでいるのだろう彼女は笑いながら続けてこう言った。
「あなたって自分よりも他人を優先するよね。」
「ん?いやただ単に自爆しているだけな気がするけど…」
答えただけなのに悲しくなってきた。
「でも、落ち込んでるその子を励まそうと、自分よりすごいって伝えたかったんでしょ?
たぶん無意識にだと思うんだけど、あなたが『言ったら後悔する』って考えるより先に、その子のフォローを優先した。違う?」
・・・そういう捉え方もできるのだろうか?
彼女は続けてこう訊いた。
「じゃあ、フォローしたこと後悔してる?」
「いや、全く」
自然と即答してしまった。
彼女はより一層嬉しそうに、愛おしそうに、そして何か大切な記憶を思い出すかのように俺に言う。
「私、あなたのそういうとこ好きよ?」
・・・・・・。
彼女は俺をどうさせる気だろうか。
まったく、からかいやがって・・・。
俺は心の底から溢れてくる感情の激流を辛うじて耐えた。
そして少し冷めてしまった料理をその思いをぶつけるように掻き込んでいった。
その間、彼女は俺を先程と変わらない感情をのせた瞳で見つめている。
やがて料理ののった皿は空になった。
「・・・ごちそうさま」
「ふふっ。お粗末様です。」
そう言うと彼女は皿を片付け始める。
その光景を見ているとついやり返したいという欲が生まれ、つい
「最優先はお前だけどな。」
と、ぼそっと言った。
それでも…。
これは本心でもある。
彼女と過ごす日常が何よりも大切で、この日常を守ることが俺にとっての最優先事項だ。
・・・我ながら、ぼそっとなのが情けなく感じるが。
しかし、彼女には聞こえていたのかピクッとその動きを止めた。
うつむく彼女の髪から見える耳が赤くなっていることから、どうやらやり返せたようだ。
ギリギリ引き分けに持って行けただろうかと同じぐらい赤くなっているだろう俺は思った。
そんな彼女を見て満足していると、そういえば帰った時聞かなかったなと思い出し、改めて言った。
「ただいま。」
「・・・・おかえり。」
前の作品が自分で納得いかず消したため実質処女作()
酷評するならコメントなしで頼みます。うp主の精神は脆弱です。




