追想I-III、ルーチェ・フェビアテス(完)
とりあえず、ルーチェの過去編はこれにて完結です。
長らくお待たせして申し訳ありません。
ここで書くのは、基本「凶紋」と呼ばれる十人のキャラクターたちの過去ストーリーです。
メインの「転生魔女」ストーリーでキャラにスポットを当てる際に都度更新予定なので、ご理解の程よろしくお願いします。
「ハハッ、相変わらず、両極端、だな。………こ、んなはずじゃ………なかったのに、な。」
僕に力無く寄りかかるように大勢を崩して、バルトラは空笑いを上げてから言う。
凶刃を身体に埋め、生命を削りながら。
僕をその腕で優しく抱きしめながら。
「なんで、なの。僕なんて、いらないんでしょ。」
涙が止まらない。
苦しくて、おかしくなりそうで。
今までみたいに、家族の顔をするバルトラに僕は問う。
何でこんなことをしたのか、と。
「そんな訳………、あるかよ。言った、だろ。家族の、絆、は、そんな簡単に、切れない、んだ。俺は、………俺、たちは、ただ、お前、に、自由、を与え、たかった………だけだ。」
バルトラは脱力しながらも、可笑しそうに笑う。
「僕は、自由なんていらなかった。自由になるくらいなら、家族から離れるくらいなら、僕はバルトラの奴隷になっても良かったんだ!家族から離れるなんて、こんな風になることなんて、望んでなかった!!」
「うっ、悪かっ、たな。俺、たちは、こん、な狭い、場所にお前、を閉じこめた、くなかった。お、前には、世界を、知って、欲しかった、んだ。」
バルトラは苦悶の声を出し、告白を続ける。
僕はバルトラの生命が残り少なく、僅かな時間しか残されていないことを感じ取り、バルトラに反して腕に力が入る。
「もう、俺たち、は、ちかくに、いてやれ、ない。ごめん、な。」
「バルトラ、嫌だ、嫌だ!消えないで!死なないで!嫌いなんて嘘だから、だからずっと………一緒に。」
バルトラの生命の灯火が消えかけてきた、その時、僕は泣き喚くことしか出来ない。
「お、まえは、あ、いつ、ら、に………ついて………、」
バルトラはそう最期に言い残し、開けていた瞼を伏せ、そこから動かなくなった。
バルトラは最期に力尽き、抱きしめていた僕ごとその場にうつ伏せで倒れ込む。
「バルトラ!?バルトラってば!?ねぇ、起きて。起きてよ!」
僕は彼の最期に、彼の腕の中で涙を流す。
家族の死を悼み、涙が止まることはなかった。
「ねぇ、取引をしましょうか。」
大切な家族の死に悼み、悲しみに暮れた僕はバルトラの肩に密着させていた顔を上げる。
そこには、先ほどまで相対していた五体満足なメルリナの姿があった。
「………取引って、なに。僕に何をさせる気?」
涙声でメルリナに問いただす。
「さっきも言ったでしょうけど、もう一度言うわね。ルーチェさん、貴女には私たちに自らの意思でついてきて、仲間になって貰います。」
メルリナの淡々と告げる取引内容を黙って聴いていた僕は、次の瞬間に目を見開いた。
「代わりに、私たちは貴女の家族を救ってあげる。」
そう言って、メルリナは僕に手を差し伸べる。
手を伸ばそうか躊躇っていると、畳み掛けるようにメルリナは真実を叩きつける。
「彼、もう風前の灯でしょう。時間がないわ。この取引に問題がなく、成立した暁には、もう一度彼らと会えるようにしてあげる。どうかしら?」
メルリナはなんて事ないような口調で言っているけれど、これは僕にとっては考えるまでもなく破格の条件だ。
彼女たちの仲間になるだけで、バルトラとイーシャにまた会えるようになるというなら。
僕は、バルトラの下敷きになりながら、腕を伸ばしてメルリナの手を握手の形で掴み取る。
「よ、ろしくお願い………します。」
微かに震える小さな声で、僕は承諾する。
顔を涙でぐしゃぐしゃにしながら。
あれから、二年が経過した。
あの日から僕は住処を変え、忙しない生活を送っている。
朝は紋章を使いこなすための修練。
これは主に自主練が多く、用意された鍛錬場でカリキュラムに従い、コツコツと実践している。
あれから二年間継続して訓練した結果、今では怪物と揶揄されることもある凶紋たちの中でも紋章制御に至っては、一番出来るようになった。
もしも、何かの事故で暴走したとしてもこの鍛錬場は余程のことでもない限り、破壊などできないそうだが。
昼は依頼主すら不明な怪しい任務をこなし、空いた時間で勉学に明け暮れた。
依頼は諜報活動や人探しなどがメインであり、殺しなどの任務は現状割り当てられていない。
そして空いた時間に勤しんだ勉学の時に知った。
メルリナたち………凶紋と呼ばれる者たちのことを。
そして、ようやく理解する。
何故僕がここに連れて来られたのかを。
僕が連れて来られた理由、それは僕も凶紋持ちだから。
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凶紋は、本来血統により決定付けられ、その身に刻まれる紋章が何らかの因果によって変異し、全く別種の紋章となったもの。もしくは、その変異した紋章を持つ者のことを指す。
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これは僕が勉学に励む際に持ち出した書籍の中の一節。
僕はこの一節を読んだ際に、妙に納得したところがある。
凶紋は放置しておくと、大変危険なものだ。
それは使い方によっては一国どころか、世界を滅亡させることも出来るから。
僕の紋章についても、二年前のあの日のことがあったからより鮮明に危険物だということを理解できる。
僕の紋章は、メルリナにより命名された。
『明意虹彩』。
名前がないと不便でしょ、そう言いながら。
そして、それが僕の能力の名だと嬉しそうに笑いながら。
彼女があの日に見た光景はその名の通り、幻影のように非現実的に感じたのかもしれない。
彼女により大層な名をつけられたけれど、この能力はそんな名とは不釣り合いな程に醜く、生易しいものではない。
僕の能力は、自身あるいは他者の誤認………思い込みや空想、妄想という誤った認識を実現化させるだけの力だから。
二年前のあの日、あの場所で僕は目の前のジャックの認識を誘導した。
あの時、僕が死のうとしたことを感知したジャックが紋章を発動して僕の紋章力を奪い、余裕が無かったのもあっただろうが、ジャックは自死の道具として咄嗟に短剣を連想させた。
僕はその認識を借り、誤認を実現化させた。
その結果、バルトラが僕を庇い、僕の代わりに犠牲となった。
ジャックがあの時連想させたのが爆弾など広範囲に被害を出すものでなかったことは皮肉にも幸いした。
そうであったなら、あの時あの場所にいた僕らは跡形もなかっただろうから。
でもある意味、納得というか言い得て妙という感想だ。
彼女の名付けこそ、誤認の象徴のように感じてしまったのだから。
「明意虹彩」。
こう聞いて人は僕の力を誤認し、油断するのだろう。
隠し持つ鋭い刃の威力も知らずに。
それから夜は食事を早々に終え、聖療院へと通う。
聖療院は別名「白紋院」「救済院」と呼ばれる場所で、そこに所属する治療系の紋章持ちが営み、紋章の能力で怪我や病を治してくれる。
僕は聖療院の正面玄関から手土産片手に堂々と入ると、すぐに聖紋師(治療系の紋章持ちをここではそう呼ぶ)が迎えに来てくれて、とある一室へと案内を申し出てくれる。
僕はお礼を述べつつ、彼に案内してもらい、そこに辿り着くやいなや、すぐに扉の取っ手を掴み、真横にスライドして引き開いて、室内に入った。
「バルトラ、イーシャ。今日も来たよ。」
そこには、あの日から変わることなく静かに眠り続ける僕の家族がベッドの上に横たわっていた。
あの日から二年経ち、バルトラとイーシャの外傷は聖紋師の力を借りて完治しているが、それでも目を覚ますことはなかった。
あの日、人知れず僕の紋章の力で身体の下半身を失っていたイーシャは身体が消えていく衝撃と恐怖により気を失って倒れていたそうだ。
幸い今は命に別状ないそうだが、彼女もまた目を覚ますことがなかった。
僕はバルトラとイーシャの側……窓際にリラックス効果があるとされる花を花瓶に差し入れて置く。
なるべく早く回復することを、目覚めることを願って。
そしていつものようにバルトラが眠るベッド脇に膝をつき、彼の冷たい手を両手で包み込んだ。
宝物を扱うように優しく握り、僕の額にそれを当てる。
「ごめん、………ごめんなさい。」
僕はあの日からずっと懺悔を続けている。
僕が最初からメルリナたちについて行くことを、凶紋として生きて行くことを決断できていれば、こんな結末にはならなかっただろうから。
後悔から懺悔を繰り返し、眼からは雫が落ちる。
いつものように一頻り泣いた僕は彼の手を元の位置へと解放し、乱雑に目元を両手の平で擦り、涙の跡を拭う。
その後は徐ろに立ち上がり、入り口の方へ歩き出す。
「また会いに行くよ。」
僕は扉の前で振り返り、それだけ言い残すと扉を開けてこの場から立ち去った。
聖紋師いわく、彼らは僕の紋章による外傷の後遺症で目を覚まさないのではないかとの見解だ。
その言葉を聞いたあの日から二年間、僕はメルリナたちの下で勉学や調査、訓練に励んできた。
勉学の際には色々な知識を取り込み、バルトラたちを目覚めさせる方法について調査もした。
だが一向に彼らは目を覚ますことはなく、手掛かりすらも見つからない。
「バルトラ、イーシャ。二人を目覚めさせるために、僕はこれからどんなことでもやり遂げる。………………例えそれが、人の道に反していようとも。」
彼らが眠る部屋を背に改めて決意し、歩き出した。
彼ら、僕にとっての家族が幸せになる未来のためにこの身を投げ打ってでも、救い出すと。
この時は知る由もなかった。
一年後に僕らの最愛に出逢うことを。
そして僕は………、自分の運命と対峙することになるということを───。
ちなみにルーチェが凶紋に加入したのは八番目。
ルーチェは本編ではこの一年後、十歳かつ最年少です。