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追想I-II 、ルーチェ・フェビアテス

お久しぶりです。

早いもので、もう初夏になり、暑くなってきましたね。

私も最近では外と室内の寒暖差で、夏風邪を拗らせていました。

夏風邪と熱中症にはお気をつけを。

楽しんでお読みいただけると幸いです。


※流血場面があります。苦手な方はご注意下さい。

僕は今、ここセアーゼ伯爵領に本拠を構えるシレイル奴隷商館へ向かっていた。

僕───ルーチェ・フェビアテスが只のルーチェになってからもう一年が経過しようとしていた。


シレイル奴隷商館へバルトラと一緒に初めて訪れたあの日。

奴隷印を施すことは出来た、見た目だけは。

ただし、見た目だけなので本来の、主人に隷属させたり、逆らった罰を与えたりといった効果は発揮されない。

結局、僕は奴隷に堕とされなかったのだ。

いや、堕とせなかったと言うべきか。

奴隷化に絶対必要な奴隷印と呼ばれる痕が僕の身体に刻むことが出来なかったのだ、物理的に。

奴隷印を刻み込むための焼鏝は僕の身体に接触する瞬間、その熱を急激に冷まし、拒絶した。

それは傍目から見ているとかなり不自然な現象で、まるで意思があるかのように僕を拒絶した。

印を刻もうとしていたバルトラも頬を引き攣らせていたが、次の瞬間には諦めたようで、僕とバルトラふたりで協議し、僕の紋章で偽装を施した。

前代未聞のことだったが、バルトラは諦めも肝心と言わんばかりに開き直った。

そしてそれからは僕のことを従業員として雇うことにしたと笑顔を向けてきた。

これからは幸福な日々が過ぎていき。


「♪♪♪〜」


とある日のこと。

その日はいいことがあり、とても上機嫌で鼻歌交じりに僕はシレイル奴隷商館の門を潜り、商館の主であるバルトラに挨拶へ向かおうとした瞬間。

丁度背後から声がかけられる。


「今回も暴れてきたようですね。報告がこちらまで届いてましたよ。」


「ただいまー、イーシャ。」


背後に振り向き、僕は声の主へ抱きついて挨拶する。

イーシャ・マルリス。

自前の黄緑髪を腰まで真っ直ぐ伸ばし、呆れたように溜め息をつき、橙の目で視線を向けてくる彼女は、シレイル奴隷商館の主であるバルトラの右腕であり、優秀な補佐官だ。


「おかえりなさい、ルーチェ。バルトラ様がお呼びですので、このまま執務室へお越しください。」


イーシャは僕を案内するため数歩ぶん前を歩く。

僕はこの商館の間取りを覚えているが、イーシャがわざわざ案内を買って出たことに嬉しく思い、後を追う。


そうしてバルトラの執務室へ案内された。

この先に待つ悲劇のことなんて知らずに。



イーシャと共に執務室へ到着し、イーシャはその場で扉を軽く二回叩く。


「バルトラ様、ルーチェさんをお連れしました。」


「入ってくれ。」

部屋の中から扉越しにバルトラの声が聞こえ、僕は中に入ると………。

そこには、見知らぬ二人がバルトラの前に立っており、机を挟んで向かい合うように座るバルトラ。

見知らぬ二人はこちらに背を向けているため、顔や表情を伺い見ることが出来ない。

イーシャは僕の案内を終えて、早々に執務室を後にする。


「バルトラ、僕を呼んでるって聞いたんだけど。」

「今回も随分と暴れてきたみたいだな。」

「まぁね、それで話って………?」


僕はバルトラの口から出される言葉に警戒しつつも、本題を促す。


「………ああ、話し………な。用件があるのは俺じゃねえ。こいつらだ。」


バルトラはやや話し辛そうに視線を逸らし、右手の親指で相対している二人を指す。

僕とバルトラのやり取りをただ聞いていた二人は僕の方を振り向く。


「こんにちは。私はメルリナと言います。」

「………ジャックっす。よろしく。」

「単刀直入に申しますと、貴女のお爺様であり、私たちの仲間であるフェレスからの依頼により、貴女をお迎えに上がった次第です。」


片手を胸に当て、軽く前傾の姿勢でお辞儀をする黒髪黒眼の女性は淡々と告げる。


「………………嫌、嫌だ。」


メルリナと名乗った女性が告げた迎えという言葉で、僕は直感的に理解させられた。

彼女たちにここから連れ去られるのだということを。

バルトラたち………家族との別離が迫ってきているということを。


「バルトラ………、キミまで僕を捨てるの?ねぇ、答えてよ。」


僕は駄々を捏ねる子供のようにバルトラたちの前で騒ぎ喚く。

僕の言葉を聞いてもバルトラは何も答えない。

ここから離れたくない。捨てられたくない。

そんな想いが、願いが頭の中を掻き回す。


「ルーチェさん!?ちょっと落ちついて。」


メルリナは喚き散らす僕に慌てふためき、歩み寄ろうとするが、僕は捕まりたくない一心で紋章を発動する。


拒絶の意を汲んで、それは僕の敵を排除にかかる。

メルリナが差し出そうとした右手は手首から先が消えていた。

彼女はそれに気づくと、すぐに跳び退くように後退する。


「嫌、嫌、来ないで!消えて!!迎えなんて、いらない!僕から居場所を奪わないで!!!」


そして目の前の害敵(メルリナ)に留まることなく、僕の紋章はこの部屋全体に干渉をはじめ、周りの景色が歪み始める。

波のように景色が歪んだのち、歪みの場所は無へと帰す。

僕の拒絶の声を意思として反映するままに。


「ルーチェさん………、話を聞いて。」

「無駄じゃないっすか、これ。半暴走状態っすよ。」


メルリナがめげずに僕へ声を掛けてくるが、ジャックはそんな彼女へ呆れた視線を向けている。


「………ジャック、あなたね。何のために連れてきたと思っているの。仕事しなさいよ。」

反してメルリナはジャックを睨みつけ、叱る。


「うわ、全部丸投げっすか。まぁいいや。メルリナ姐さん、一つ貸しっすからね。」


メルリナは諦めたのか僕から離れ、ジャックが入れ替わるように近づいてくる。


「これは俺の得意分野っすから。」


ジャックが僕へ両掌を翳した瞬間、僕の視界は揺らぐ。

僕は異変に気づき、彼から遠ざかるように後退しようとしたがそれも遅く、その場で膝が地に着いた。


「ルーチェ………彼女、紋章力が化物級っすね。これは後遺症も覚悟する必要が………。」


ジャックは僕へ手の平を翳しながらも苦悶の表情を浮かべ、額から汗が落ちる。


「僕の居場所が、消えちゃう、嫌だ、嫌、何で、何でなの、何で、僕から奪うの、バルトラが、家族だって、仲間だって、家だって、言ったのに!!嘘つき、嘘つき、嫌い、大きら………………、」


僕は自身の紋章が力を失っていくのを感じ、涙が頬を伝いながら罵詈雑言を口から吐き出していく。


──────これからは此処がお前の家だ。

それは、僕が奴隷紋を拒絶した日。


──────分からないことはアイツに聞け。

それは、教育係であるイーシャを紹介された日。


──────俺たちは家族であり、仲間だ。その絆は永久に切れることはない。

それは、僕が最初に人を殺した日。


みんな、バルトラがくれた優しい思い出。

それが頭の中でアルバムを捲るように走馬灯のように駆け巡っていく。

そうして導き出した結末。


「そっかぁ。僕は、もうコレしかないってことか………。」


僕の言葉が至近距離で聞こえたジャックが急に顔を青ざめる。


「おい、何考えてるっすか。やめるっスよ、物騒なことを考え」


僕はジャックの静止の声を最後まで聞くことはなかった。

力を完全に失うまで残りわずか。

僕は敵や周囲に向けていた力を自身へと向ける。


実の家族からはボロ雑巾のように利用され、捨てられた。

そんな時、バルトラに拾われた僕の人生。

それからは楽しかった。

今までで一番幸せな時間だったんだ。

姉代わりのイーシャに、父代わりのバルトラ。

二人と過ごす生活は今までの人生を鮮やかに彩らせてくれた、何にも変え難い時間。

優しい二人に愛されて、囲まれて、何でもない日々をこの商館で過ごし、満ち足りていた。


そんな大切な人の片割れであるバルトラからも不要と切り捨てられるなら、僕には価値なんてない。

目の前、ジャックと僕の間に紋章の能力で小振りのナイフを出現させ、その刃先を自身の心臓部へと向かわせた。


「ばいばい」


その時、僕はどんな顔をしていたのだろう。

自分ではわからない。

でも、ナイフはすぐに僕の身体を貫く………はずだった。

ナイフが刺さる寸前に僕へ向かってくる人影がいなければ。


僕はいま、温かいものに身体全体が包まれていた。

だが、それは急激に温度を失いつつある。


「………ったく、無茶ばっか………しやがっ………て。」

「………なんで………………。」


超至近距離から聞こえてくる聞き慣れた家族の声。

それに僕は驚愕し、疑問の声を絞り出す。


僕を顰めっ面で苦しそうに僕を庇うような体勢で抱きしめ、その背には一本のナイフが深々と刺さっており、とめどなくその傷口からは血が流れ出している。

僕を貫くはずだった凶刃が。





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