三連敗か三度目の正直か〜辺境伯令嬢の婿探し〜
頬にひらりと冷たい感触。
アイリーンは、空を仰いだ。
「雪……もうそんな季節なのね」
吐く息が白い。
しかし、しっかりと着込んだ防寒着がいい仕事をしており、アイリーンはほぼ寒さを感じていなかった。
山の中、木しかない獣道を抜けたあとは、田畑しかなく舗装されていない道が続いている。
時刻は正午過ぎ。
雪が落ちてくる空は低く、沈んた灰色。
広大な大地の所々に、農業を営む者たちが住んでいるのであろう民家は見えるが、時間帯の問題なのか人気がない。
アイリーンは一人、黒い馬を連れて歩いていた。
(急がないと。もし雪が本降りになってきたら、今日中に目的の町に着かないわ)
手綱とたてがみを掴み、鐙に足をかけ、小柄な体でひらりと愛馬に跨る。
空色の大きな瞳を少し伏せ、アイリーンは頭に叩き込んできた地図とルート、所要時間を思い浮かべる。
(このペースでは、港町まで軽く半日くらいかかってしまうわね。――久々に、思い切り馬を駆りますか)
整った、しかし可愛らしい顔立ちにニヤリとした笑みを浮かべ、アイリーンは確りと手綱を握り直した。
「はっ!!」
程よく馬の側面を足で刺激すると、艶々とした漆黒の毛並みを持つ立派な馬が、力強く大地を蹴って走り出した。
向かい風でアイリーンが被っていた外套のフードが外れると、高い位置で1つに結んだふわふわの金色の髪が姿を表れる。
アイリーンは、見事な乗馬スキルでぐんぐんスピードを上げる。
(気持ちいい!やっぱり馬は最高ね。
でも、お母様にまた溜息をつかれそうだわ。
本当は、乗馬どころか、ズボンを履いてもはしたないんだものね……)
ハァ、とアイリーンは諦めたように大きく息を吐いた。
白に近い金髪のポニーテールと、黒々とした愛馬の尻尾が、共に宙を舞った。
アイリーンの住む辺境伯領は、領地の半分が海に面している。
王国の北に位置する大地の冬は厳しく、冬の間は雪と氷に覆われる。
アイリーンの父親はこの辺り一帯を治める辺境伯であり、アイリーンはその一人娘だ。
辺境伯は大らかで賢く、世間的には珍しい男女平等主義だ。
強く正しく生きるためなら性別の垣根を超えてよし、というポリシーを持っている。
そして現在、その父親の名代として、アイリーンは港湾都市の中にあるとある港町の視察へ向かっていた。
*****
「ここがノースポート……すごい熱気だわ」
アイリーンが目的の港町に到着したのは、午後5時を過ぎた頃だった。
人混みの中を馬を連れて闊歩するわけにもいかず、アイリーンは市場の近くにあった馬宿に愛馬を預けることにした。
「お嬢さん、一人でおつかいかい?えらいねぇ。
今日は珍しく砂漠の国からも商人が来ているから、とても運がいいよ」
店主と思われる男性は、にこにこと愛想が良かった。
アイリーンは、大きな目や童顔、そして小柄で華奢な体つきをしており、実年齢の15歳よりも若く見られがちだ。
愛馬がきちんと繋がれたのを見て、アイリーンは町へ繰り出した。
夕方の町は、食材の買い出しや、仕事帰りの人で賑わっていた。
現地の人達が営んでいるのであろう野菜や海産物を販売するお店やレストランと共に、珍しい異国の商品が並ぶ露店がかなり沢山存在していた。
露店には、瓶に入ったスパイス、エスニックな織物、不思議な形の茶器等、珍しいものが並んでおり、見ているだけで楽しくなった。
その時、ほんの数メートル離れた場所の露店の前で、店主と思われる外国人男性――短く黒い髪にターバンを巻き、袈裟のような衣装を纏った異国の民――と、聞いたことのない言語で話す青年の姿をアイリーンは見つける。
赤茶色の髪と、深い赤ワインで染めたような目をした青年は、まるでそれが母国語であるかのようにぽんぽんと会話をしていた。
アイリーンは、第2言語――もしかしたらもっと複数の言語かもしれないが――を驚くほど自然に使いこなすその人に興味を持った。
純粋にすごいと思ったのと、何をそんなに熱心に話していたのかが気になり、アイリーンは彼がいる露店の前まで歩みを進め、品物を眺めた。
「○△○○△□?」
その露店の関係者かどうかは怪しいが、店主と同じような格好をした、褐色色の肌をした男にアイリーンは話しかけられる。
しかし、何を言われているか全くわからない。
(いらっしゃいませ、なにかお探しですか?とでも言っているのかしら)
うーん、と想像力を働かせる。
アイリーンは、これでも辺境伯のご令嬢である。
母国語は勿論、第3言語までは完璧に使いこなせた。
しかし、残念ながらどの言葉とも似ていない。
その男は、口元だけにどこかこちらを伺うような、値踏みするような笑みを乗せて、更に何かを言っている。
しかし、相変わらずアイリーンは全くその言葉を理解できない。
よって、ニコリと愛想笑いを浮かべてこの場を凌ごうとした。
「むやみやたらと愛想良くするな。危ないだろう」
声の主は先程の青年だった。
改めて見ると、整った顔立ちをしている。
ルビーのような深い赤色をした目が、赤みがかった茶色い前髪の隙間から覗いていた。
(何様?急に話しかけてきたと思ったら、なかなか失礼な奴ね)
もしかしたら彼なりの優しさなのかもしれない。
しかしそれ以上に、突慳貪な言葉が癪に障り、アイリーンはツンとして言い返した。
「それはどうも」
「あんた、自分が何言われてるか分かってんのか?」
「分からないわよ。このあたりの言葉じゃないもの」
「ま、そりゃそうだろうな」
「なによ。馬鹿にしてる?」
アイリーンはムッとして噛み付いた。
青年は、ヤレヤレとため息をついた。
そして、少々芝居がかった風にこう言った。
「可愛い嬢ちゃんだな。どっから来たんだ。
白い肌に金髪碧眼なんて最高じゃねぇか。
あと数年もすれば女盛だろう?高く売れそうだ」
「――は?」
「年はいくつだ。男はいるのか。お前の両親は」
「何よそれ。失礼ね」
「言っておくがこれはただの通訳だ。俺の台詞じゃない」
どうだわかったか、と言外に言われてた気がして、アイリーンは押し黙った。
青年が嘘をついていないのであれば、大分酷いことをきかれてヘラヘラしていたことになる。
無知を恥じる気持ちと悔しさが半分。
でも、心の残りの半分が疑問や好奇心で覆われ、アイリーンは青年に問う。
「売るって何を」
「あんたの身柄だろ。――人身売買だよ」
「!?」
「砂漠の国じゃ普通のことだ。国の中心から離れた郊外や、貿易で訪れた異国で、美しいものを手に入れて王や領主に献上する。人でも物でも。これは別に悪いことじゃない」
「でも……」
「まだ奴隷制度がある国は多いからな。
若くて見目が良ければ、奴隷として価値が高い。男女を問わず、権力者や金持ちに売り渡されるか、そのままそいつの慰み者になる。
あんたは若い女だから、メイドか性奴隷か……もし教養があって気に入られれば、権力者の妾になることはあるかもしれないが」
「性奴隷も愛人も嫌よ」
「ま、何にしても奴隷だからな。愛人はかなりいい方かと」
「というか、この身を売るつもりはないし、売られるつもりもないわ」
「――わかった」
くっと笑いを噛み殺し、青年は頷いた。
そして、アイリーンに話しかけてきたターバンの男に外国語で何かを言った。
するとターバンの男は、一瞬目を剝いて、フイっと顔ごと視線を逸し、こちらへの興味を消失させたようだった。
「なんて言ったの?」
「彼女はこの町の権力者の愛人だ。手を出すとヤバいぞ」
「真っ赤な嘘ね」
「でも有効だっただろ?目をつけられて商売できなくなったら困るのは彼らだ」
「その通りね。ありがとう」
テンポよく会話は弾む。
アイリーンは、ツンツンしつつもきちんと礼を述べた。
青年は少し面食らった様子で、しげしげとアイリーンを見つめてきた。
「あんた、意外と素直なんだな」
「うるさいわね。これでも礼節は弁えているのよ」
「そんな格好で馬にまたがるのに?」
「!見てたの?」
「そりゃ目立つでしょ。お人形さんみたいな小柄な女の子が、慣れた様子で黒々としたでっかい馬に乗ってれば」
愉快そうな表情を浮かべ、青年は言った。
アイリーンは苦く微笑んで、「そう。それはどうも」と流した。
私は一体何歳だと思われているんだろう、と、一人内心で肩を落としつつ、ではあるが。
「ところで、貴方は語学に長けているようだけど、異国の方?」
「いや、この国の人間だ。先月まで長らく留学していたが」
「なるほど、そういうこと。さっきの言語、珍しいものね」
「まぁ、今はまだそうかもな」
夕日が沈みかけている。
お互い特に名乗ることもなく、二人は別れの時を迎える。
アイリーンは青年に改めて礼を述べてその場を辞し、愛馬を迎えに行った。
そして、辺境伯家として手配してあった宿屋に向かった。
*****
港町から戻って二週間後、アイリーンは、シンプルだが質の良い水色のドレスワンピースを着て、応接室にいた。
髪はハーフアップにされ、侍女たちに濃い目の水色のリボンをつけられた。
隣には両親――つまり、辺境伯夫婦が。
ローテーブルを挟んで向かい側には、茶髪赤目の青年とその両親――伯爵家夫婦が。
それぞれ座っている。
今朝は、起きてすぐ、はりきった侍女たちに全身を磨き上げられた。
なにかあるのかと問えば、新たな婚約者候補が来ると言われ、暫く平和だったのにまたか、とアイリーンは気分が落ち込んだ。
いつもと同じく、抜群の淑やかさを醸し出すご令嬢に仕上げられ、いい笑顔の侍女たちに見送られつつ、しぶしぶ応接室へと向かう。
そこでアイリーンは、見覚えのある青年を目にして白目を剥きそうになった。
「この度はご足労いただき、ありがとうございます」
「いいえ、こちらこそ。このように素晴らしい機会をいただき、光栄にございます」
「こちらが私の娘、アイリーン。15歳です」
言葉をかわす男親二人。
伯爵は、控えめに辺境伯とアイリーンを見比べ、ほぅと感心したように息をついた。
そして、辺境伯―――アイリーンと同じプラチナブロンドの髪と空色の瞳をもつガッシリとした背の高い紳士―――に向かって、感心したようにアイリーンを褒めた。
「美しいご令嬢ですな。閣下の色彩を受け継ぎつつ、お顔立ちや容姿は奥方様似ですか。
こちらが私の息子のジョシュア、21歳です。
他には長男と末の娘がおりまして、この子は次男です。先月まで留学していました」
「ご子息の留学先は、隣国などではなく遠い異国の地と聞いていますが、もしかして東の国ですか?」
「さようでございます。我が領は貿易に力を入れておりまして」
「認識しています。その貿易についてですが――……」
ふむふむとお互いの話に相槌を打ちつつ、父親同士の会話は進む。
最早縁談というか、ビジネスや領地経営に近い内容だ。
辺境伯領と伯爵領は隣り合っていて陸繋がり、共に海に面しているため、港が多い。
共に国の輸出入の要の一つでもあり、外国人も多い。
アイリーンは、アルカイックスマイルをキープしたまま、聞くともなしに男親二人の会話を聞き流しつつ、内心は絶望的な気持ちで頭を抱えていた。
(なんて偶然なの……)
女親二人は、ニコニコニコと大変愛想よく微笑み合って座っている。
ジョシュアはというと、スン、とした顔をしてこちらを見ていた。
(あら?もしかして覚えていないのかしら?)
ならば僥倖である。
なにせアイリーンは、侍女から言わせれば、見た目の儚さや可愛らしさを全てブチ壊すほど中身は骨太で活発なご令嬢、だからだ。
実はそれが原因で、過去に二度、アイリーンは婚約者候補から婚約を辞退されていた。
「アイリーン。天気もいいし、ジョシュア君に庭でも案内してきてあげなさい。温室もいいだろう」
「かしこまりました、お父様」
「ジョシュア。くれぐれも失礼のないようにな」
「承知しました。――ではアイリーン嬢、よろしくお願い致します」
「ええ。こちらこそですわ」
侯爵と伯爵にそう言われ、アイリーンとジョシュアは完璧に貴族の仮面を被って快諾し、上品に微笑む。
ジョシュアの差し出してくれた手に、自分の手をそっと乗せて、アイリーンは淑女の微笑みで声をかけた。
「参りましょう、ジョシュア様」
*****
「あんた、領主の娘だったんだな」
屋敷を出て、ゆっくりと庭を歩いていると、ジョシュアが不意に話しかけてきた。
沈黙が痛いと感じていたアイリーンは胸を撫で下ろす。
しかし、つまりそれはきっちりあの日のことを覚えられているということ。
これはもしかして、縁談三連敗への道を歩み始めたということかもしれない。
内心は落ち込みつつも淑女モードを崩さず、アイリーンはゆったりと上品に答えた。
「そうです。伯爵家の方とは知らず、先日は失礼致しました」
ジョシュアは一瞬きょとんとしたが、「あー…」と考えるような声を上げた。
その後、ルビーのような瞳でアイリーンを見て言った。
「あのさ、敬語はなしがいい。あと、様もなしで」
「……わかったわ」
高く、晴れ渡る空。
冬の初めということもあり、ひんやりとした空気は澄んでおり、乾燥していた。
しっかりと手入れされた庭も、季節柄どうしても寂しくなりがちだが、花壇に植えられたビオラやパンジーが美しかった。
二人きりの庭園で、ジョシュアは、しげしげとつま先から天辺までアイリーンを眺め、感心したように唸った。
「こうしてみると、ちゃんとしたご令嬢に見えるな」
「は?」
「いや、なんていうか、振れ幅がさ……」
「悪かったわね。こんなはしたない女が婚約者候補で」
ちょっと怒った風に言いつつ、しかし肩を落とすアイリーンの容姿は、天使のような可愛らしさだ。
ジョシュアは、初めてアイリーンを見たときから、彼女は整った容姿をしているなとは思っていた。
しかし、ここまでとは思っていなかった。
明るいスカイブルーの大きな目と長いまつ毛。
緩やかにうねるプラチナブロンドの長い髪は、白い肌や華奢で小柄な身体と相まって、見る者の庇護欲を掻き立てさせる。
特に今日の格好は、なかなかくるものがあった。
淡い水色のワンピースに合わせ、少し濃い水色のリボンを髪につけ、白いふわふわの上着を着たアイリーンは最強に可愛く見えた。
思わず駆け寄って、優しく声をかけて抱きしめてしまいたくなるような、そういう、幼く危うい魅力があった。
しかし実際は、見た目のか弱さとは真逆のご令嬢だ。
話すとハキハキしていて頭の回転が早い上に、男顔負けの手綱捌きで大きな漆黒の馬を乗りこなし、たった一人で半日かかる道のりを行く強さを持つ。
「――ま、ある意味見た目で損してるんだろうな」
「?」
「いいんじゃないの、別に。見た目に騙される奴が悪いだろ。単に勝手な想像して、それと違ってただけだろ?」
「まぁ、そうね」
「それに、あんたが次期辺境伯なんだろ?
だったら、馬に乗れたほうが何かと便利だろう」
「あー、うん。でも、馬だけってことでもないのよ」
「なるほど。想像するに剣か?あとは体術とか」
「その通りよ。暴漢くらい一発でやれるわ」
「そのくらいの方が安心でいいじゃないか。
一発でやるという言葉はどうかと思うが、護身術はできた方がいい」
「護身術……まぁそうね。あと、弓も得意よ」
「それは何に使うんだ」
「お父様と狩りに行くの。新鮮なお肉って美味しいのよ」
「なるほど、閣下と。趣味と実益を兼ねてか。
――あんた、やっぱり面白いな。貴族のご令嬢にしては、ちょっと突き抜けてる」
なんだかんだ得意げなアイリーンに対して、はは、とジョシュアは楽しそうに笑った。
アイリーンは、ジョシュアの笑顔にほっとした。
「ありがとう。否定されなかったのは初めてよ。
そんな風に笑ってくれたのも貴方が初めて。
――嬉しいものね。こんな風に自然体でいられるのって、すごく素敵だわ」
アイリーンが、空色の目を細めて擽ったそうに笑う。
それと連動して、幼さの残る美しい顔のパーツが柔らかな曲線を描き、金色の髪がさらりと揺れる。
それはまるで、天使の微笑みのようだとジョシュアは思った。
(なるほど。これは騙されるのも頷けるな)
女神とか大人の女性とかいうの雰囲気からは少々遠いが、肩の力が抜けたアイリーンは、とても無防備で素直な少女に見えた。
辺境伯の一人娘、次期辺境伯という重責を負うにもかかわらず、それをさも当たり前のように受け入れてなお、鳥のように自由だ。
ジョシュアの心は決まった。
「俺、この縁談、受けるわ」
「え……いいの?」
「気乗りしなかったけど、とりあえず会うだけ会えと父上に言われてここに来たんだ。
二回も縁談がダメになったって女っていうから、一体どんな奴なんだろうと思って。半分は興味本位だった。不誠実でごめん。けど、大分想像と違ってた」
「想像って?」
「やたら上品ぶってて高飛車とか、お金や男にだらしがないとか。あとは、大して美人でもないし賢くもないのに自信家で、相手を見下すとか。兎に角、嫌な奴」
「……なかなかすごいわね」
「そう、なかなかすごい」
ヤバいだろ?断るしかなくない?と、神妙な顔で言うジョシュアが可笑しくて、アイリーンは思わず吹き出した。
ケラケラと笑いながら、アイリーンは問う。
「私は、恐らくどれにも当てはまらないとは思うけれど、本当にいいの?」
「まーいいも悪いも、政略結婚だし」
「それはそうなんだけどね。人には好みというものがあるから、それが気になってるの」
「それこそ好みだろ。俺、結婚に興味なかったけど、どうせするならあんたとしてみたい。
――あんたとなら、楽しく暮らせそうだ」
「そう」
「あんたは好きな奴とかいるの?あと好みだっけ?」
「好きな人はいないわ。
好みは、そうね。ありのままの私をちゃんと愛してくれる人……って、大分恥ずかしいわねこれ」
自分の願望を口にして、ブワッと赤くなるアイリーンに、ジョシュアは少し驚く。
案外、ツンツンしながらも乙女なんだなと思いつつ、ちゃんと想われたがっている点も、初々しい様子も、ジョシュアには好ましく思えた。
しかし、アイリーンの好みにはちゃんと当てはまっていないことに気付く。
「あー……ごめん。自分から聞いておいて何だけど、俺、流石にまだ愛は芽生えてない、かも」
アイリーンはきょとんとして、その後すぐ、弾けるように笑顔を溢れさせた。
そして、馬鹿正直に事実を述べたジョシュアを好ましく思った。
誠実さは大切だ。アイリーンは、笑顔のままでジョシュアに合格を言い渡す。
「知ってるわ。でも、この短時間では当然よね。
だから、ありのままの私を受け入れてくれた時点で十分に及第点。合格よ」
偉そうぶって上から目線で言うアイリーンに、ジョシュアもつられて笑顔になった。
そして、わざと畏まって言う。
「ありがたき幸せにございます。これからよろしく、アイリーン」
「こちらこそよろしく、ジョシュア」
こうして二人は出会い、婚約者になった。
ちゃんと恋愛感情が芽生えるのは、数カ月後の未来の話。
終
「旦那様、〇〇してください」シリーズの夜会編に出てきたアイリーンとジョシュアのお話。
世界観は同じですが、内容は完全に独立しているので、このお話単体でお楽しみいただけます。