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第一章:第八話

これにて第一章の佳境は過ぎました。

次回は第一章エピローグです。


 ◇ ◇ ◇ 五月二七日 午前三時 五六分


「だぁかぁらっ!! 曲がり角を曲がったら、こうなってたんだって!!」

「うんうん分かったよ。その前について教えてくれるかい?」

 僕は今。先程の裏通りで、警察の現場検証に付き合わされている。

 アワナが通報した事で、肉塊を見て固まった僕に警察が追いついたのだ。

 そんな肉塊が落ちていたのは、裏通りでも狭い路地だった。

 左右を民家や個人経営店が並び、路地の出入り口はパトカーが封鎖している。

 他に裏通りにあると言えば、ネオンに照らされた路駐の自転車や盆栽位か。

 普段は静かなのだろうが、今は警官達の現場検証で賑わって騒がしい。

 だが現場検証も半ば終わり、警官の大半は肉塊を囲んでいた。

 僕はそんな騒ぎとは離れて、酒屋の軒先で若い警官に事情聴取を受けている所だ。

「アワナの家に奴が押し入って来たんだ。警察を呼ぶって言ったら逃げ出して……」

「そういう時に、追いかけちゃダメなの分かってる?」

 警官は紙に何かメモをしながら、僕の話にケチをつけてくる。

 しかも事情聴取の場所は、蒸し暑く腐臭が漂う野外だ。

 そんな場所で警官からふざけた事を言われれば、温厚な僕だってキレてしまう。

「警察に相談しても動いてくれないから、信用出来なかったんだろっ!?」

 まぁまぁと宥められるが、そのスカした態度が気にくわない。

 だが何より気にくわないのは、担当の男性警官が僕の話を聞き流す事だ。

「もう一度言うぞっ! 後輩のストーカーを捕まえる為に、ベットの下に潜り込んで」

 警官のメモを書く速度に合わせて、僕は一から説明を始めた。

 既にアワナの自室にも、警察は行ってる筈だから護符の説明も忘れない。

「ストーカーが大学教授で、スタンガンを当てたら奴が窓から逃げ出したんだ」

「うん……それ出して貰える?」

 僕は警官の指示に従って、ポケットに突っ込んでいたスタンガンを差し出した。

 警官は眉毛を痙攣させたと思うと、即座にスタンガンが押収する。

 そして奴が非難げに見てきたので、胸を張って睨み返す。

 僕は悪い事は何もしていない。それともこの僕に野蛮人の如く、拳で戦えとでも!?

「逃げた所を酒瓶ぶん投げて当てたら、肉塊になったって……」

「うん?」

 何より腹が立つのは、この部分を話すと首を傾げやがる事だ。

「だから酒瓶を投げたら、肉塊になったんだって……何度も言ってんだろぅがァッ!!」

「まぁまぁ、落ち着いて」

 警官の態度に全身の血が頭に上る。まるで僕が正気を失っている様な言い草だ。

 市民の義務として、素直に話してやってるんだぞ。

 僕がイライラしていると警官もメモを終えたのか、質問を投げかけてきた。

「ではマンションから出た後に、海に寄ったりは……」

「はぁんっ!? 何で海が関係するんだいっ、んなぁっ!?」

 意味不明な質問に僕は怒鳴ろうとして……頬に冷たいナニかが当たり悲鳴をあげてしまう。

 僕が振り返ると初老の警官が、頬に缶ジュースを押し当てていた。

 彼は身長は低いが体格は立派で、顔立ちは男らしい。シルエットで言えばドワーフだ。

 初老の警官は無邪気に笑みを吊り上げると、若い警官を手首のスナップで追い払う。

「彼はワシが当たる。お前はガイシャの移送をしてこい」

 若い警官は初老の警官の命令に、慌てて敬礼をすると去って行った。

 残った初老の警官は僕の証言が書かれた紙に目を通しながら話かけてくる。

「すまなかったな、嫌な思いをさせたろう」

「ふんっ。本当の話をしてやったのに、聞かないのだから当然だろう」

「あぁ、そうみたいだな」

 初老の警官は朗らかに頭を下げた。先程の警官とは違い、適当な誤魔化しじゃない。

 素直に悪い事をしたと思っている謝罪だ。

 僕は先程の警官との差に面くらい、分かれば良いんだと口元をごにょごにょ漏らす。

 警官は頭をあげると、あっけらかんと手帳を読みあげる。

「お前さんの知りたがってる事から話すぞ。お前達の身柄は警察で預かる」

「おいおい、僕達は犯罪者扱いかいっ!? 表彰されても良い位だぜ?」

 僕が本当に殺したなら、抵抗もしないで捕まってやろう。だがそうじゃないんだ。

 警官は僕の言葉を聞いて、胡散臭げに肉塊のあった場所を睨む。

 肉塊は既に警察達が確保している。今はアスファルトを濡らす赤茶の跡が残るだけだ。

 警官は肉塊の跡を見て、深々と溜息を吐いて頷く。

「まぁ、お前達の犯行じゃないだろうな」

「そりゃそうさ。あんな殺し方を簡単にできるもんかっ!」

 肉塊は元は狂人とはいえ、ただの人間である。

 それが曲がり角を過ぎた途端、水風船の如く膨れて死んでいた。

 しかも肉体からは汚水が流れており、多少だが息はあったのだ。

 警官もそれは分かってるのだろう。だが身の潔白は予想外の結果から証明された。

「それもあるが、ガイシャの死亡推定時刻は二ヶ月より前にはならんそうだ」

「二ッっ!?」

 僕は思わぬ事実に、口を開けて呆けてしまった。

 警官はその間も僕の証言を読んでは、顎をさすって考えこんでいる。

 その間にも僕の脳内は、聞いた言葉を反芻しては理解しようと努めている。

 だが結局理解できなかった。何故ならば……

「待て待て待て。僕達は今日どころか昨日も奴と会ってるんだぜっ!?」

「検死官が見た所、巨人様化が確認されとる。これには二ヶ月程かかるらしい」

 巨人様化。溺死体に水が染みこんで膨らむ症状だ。

 海を彷徨った死体がかかる症状で、陸で起きる筈がない。

 死体が膨らんだ理由と死因は分かったが、分からない事が増えてしまった。

 つまり僕達が、さっきまで会っていたのは何なんだ?

「分からん。だが四十年も警官をしとると怪奇事件にも遭うもんだ」

「こういう事が他にもあるって?」

「若いのは初めてだろうなぁ。お前さんも起きた事を、素直に受け入れた方が良いぞ」

 警官は事もなげに言うが、僕は全身の力が抜けて眩暈を起こしてしまう。

 常識が崩れ落ち、自分が現実に存在するのか違和感さえ感じる。

 握りしめた缶ジュースの冷気の感覚が無ければ、頭がおかしくなりそうだった。

「……ん? あぁっ! お嬢ちゃんは無事だぞ。良く守ったな、坊主」

 警官が僕の肩を叩く。アワナの心配をしてると勘違いしたのだろう。

 だが実際にはこの恐ろしい事実に、頭の整理が追いついてないだけだった。

「あ、あぁっ。それは良かったね」

「身柄を預かるのは、保護の為だから……何だ? 向こうが五月蠅ぇな」

 警官が僕の肩を叩いた後に、封鎖中のパトカーへ振り返った。

 呆然としていた僕の耳にも、騒ぎの声が聞こえてくる。

「おいっ、どうかしたのかっ! 深夜だから静かに……」

「部長ぉっ! ガイシャがっ!?」

 警官達は何かを囲んでいた。さっきまで路地の前後を封鎖していた者達もだ。

 そんな彼らが絶叫をあげて尻餅を着いた時、僕にも何が起きたのか気づいた。

 正確には違う。見えただけで理解なんて出来ない。

 赤黒いナニかが死体袋から四つん這いで出てくると、彼らを押し退けたのだ。

「ナニが起きてるっ! 坊主、逃げっ……」

 それは肉塊だった。蜘蛛のように胴体が膨らんだ遺体だ。

 悍ましいソレは、突起をバタつかせて僕めがけて駆けてくる!

 初老の警官が僕を押し退け逃がそうとしたが、それは叶わなかった。

 赤黒い肉塊が、僕に飛びかかる方が早かったのだ!!

「ぁあアア”ア”ア”ッ!?」

 僕は絶叫をあげて顔を逸らし、両手で頭を守る。

 だが肉塊の勢いは相当で、僕は肉塊によって引きずり倒されてしまう。

 水膨れした肉塊に触れた腕が沈む感触が、僕の上半身に広がり思わず目を見開く。

「―――ッ!」 「―――っ、――」

「あぁぁ、うべェ……」

 周りで警官達が叫んでいるが、電子音にも似た耳鳴りしか聞こえない。

 視界を覆う肉塊に半分埋まった、高内教授のあどけない表情から目が離せない所為だ。

 その口が引き裂ける程に開き、静かで勢いのあるガスが一瞬だけ発される。

 次に起きる事は、半分記憶が無い。

「うぼっ!!、おォええぇェェッッ!!」

 高内教授だった肉塊の口が引き裂け、膨大な腐水と細長いナニかが吐き出された。

 ソレは濁流がぶつかり合い弾ける様な水の音と共に、腐臭を僕に降り注がせる。

 全身に感じる糞尿にも似た水っぽい粘り気に、僕の意識は飛びかけた。

「ぅぉェっ」

 肉塊が全てを吐き終えた時、目の前に居たのは高内教授だった。

 彼は体積が二倍近く膨らんだ影響か、皮膚が伸びきった姿でズルズルと僕によりかかる。

「てん……きょうて、んは。教えてくれ、おしえて……」

 高内教授は最後に口から泡を吹き出すと、夢に落ちるかの如く動きを止める。

 僕は最後の瞬間を、見届ける事しか出来なかった。

「……」

 一度に色々起きすぎて、僕の頭脳はオーバーヒートを起こしている。

 警察が死体だと認めた肉塊が動き出して、僕を押し倒し……

 人間の体に入らない量の汚物を吐き出した?

「坊主、今引っ張るぞっ。意識はあるかっ!?」

 その時。数名の警官達が、僕の肩や腰を掴んで肉塊から引き剥がす。

 僕は引きずられながら、漸く何が起きたのか理解できた。

 白濁した泡立つ体液に、無数の魚の死骸が転がっていたからだ。

「しっかりしろ。飲み込んじまったかっ!? お前達、救急車を呼べっ!」

 警官が騒いでいる。特に初老の警官が僕の肩を揺すっていた。

 だけど僕は白く泡立つ粘液の匂いを嗅ぎ、魚の死骸を掴む事に忙しい。

「臭いな。だけど嗅いだ事がある匂いだぞ」

 塩臭く生臭い液体に、過去の思い出が呼び起こされる。

 あれは亡くなった母上と父上。二人と海に遊びに行った記憶だ。そうだこの液体は。

「海水だ。それにこの魚はブラックシーバスか?」

 今まで生きてきた記憶が、脳裏で過ぎ去っては消えていく。

 体液で冷やされた全身と、大気の暑さのギャップで頭がイカれそうだ。

「ふふっ、アハハ……アハハハハッハッハッハッハッ!!!!」

 滑る体液と内臓が腐った匂いに、僕の現実と常識が塗り潰される。

 心臓の奥から溢れ出す感情の濁流に、笑いが止まらない。

「ぶへっへっへ、ひゃっはっはっはっはッ!! ハッハッハッハッ!!」

 理性なんてあったものじゃない。

 楽しくて楽しくて仕方ない。僕は夜空に吠える様に笑って膝を叩く。

「おい……」

「今のを見たかっ!! なぁ、見たよなっ!?」

 僕は全身を魚の体液と死骸塗れにしながら、初老の警官に問いかけた。

 指さすのは当然、着ぐるみの如き高内教授の遺体だ。

 周囲に散らばる、人間の体内には入りきらない量の汚水と魚の死骸達だっ!

 僕は両手を広げてこの惨状が夢じゃない事をアピールした。

「心霊現象なんて生ぬるくない超神秘だ。この世ならざるモノを、この僕が暴いた!」

「坊主……」

 僕は両腕を握りしめて、歓喜に震える。

 だが警官達は世紀の大発見を教えてやったのに反応は薄い。

 普段の僕ならばカッカする所だが、今は気分が良かった。

 やはり運命はあった!! 僕には世界の隠された真実を暴く、使命があるんだっ!!

「ァ――ハッハッッハッッッッハ!!」

 僕は腹を抱え、口を裂ける程に笑う。

 口内に滑る体液が入り込んでも、気にもならなかった。

 暗がりから聞こえる幾十人の悲鳴とも笑い声ともつかない反響音が、祝福してくれる。

「僕は選ばれたんだっ!」


次回は24時に投稿します。

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