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第一章:第七話

という訳で7話目投稿します。

本日の投稿はこれにて終了です。


 ◇ ◇ ◇ 五月二七日 午前三時 二八分


 僕は高内教授が起き上がると、ベットから這い出る。

 ベットの下は落ち着く狭さと暗さだが、甘い匂いが不快だった。

 そして起き上がった僕の視界には、スタンドランプで照らされた部屋が移る。

 ぐじゃぐじゃに皺のついたシーツ。倒れているミネラルウォーター。

 トイレの天井が落ちたせいで、トイレは酷いザマになっていた。

 何よりベットの上のアワナは涙で顔を歪め、パジャマを少し破けたまま尻餅をついている。

 僕は彼女を一瞥して、目を泳がせている高内教授と相対した。

「ストーカーどころじゃないな。昼間は上手く隠してたのか?」

「やぁぱりそうだっ。お前ぇみたいな集団ストーカーが、私を見てるんだぁ!」

 瞳の焦点も合わない狂人が、あの大人しい高内教授だとは到底信じられない。

 まるで出来の悪いサイコホラーじゃないか。

 というか頭にアルミホイルを巻いてどうするんだ。

 僕は被害妄想を喚く高内教授に、溜息を深々と吐いて現実を教えてやる。

「そんな事、ある筈無いだろ」

「いつもいつも見てやがるだろっ。さっきだって監視してたぁ!」

 僕が真実を教えてやると、狂人は目を大きく見開せた。

 奴の叫びは呂律が回っておらず、酷く聞き苦しい。

 狂人の体から溢れる異臭も相まって、吐き気が催してきた。

 僕は嫌気に眉を顰めているが、奴は全く気にせず狂言を繰り返す。

「街中を歩けば監視カメラで撮られて、思考盗聴の電波も流れている。気づいて……」

「お前の妄想だろぉ、も・う・そ・う。戯言は辞めろ。今から警察を呼ぶからな」

 僕は携帯電話をプッシュすると警察に繋げる。

 狂人の戯言に付き合ってられん。この馬鹿騒ぎをさっさと終わらせよう。

 意外にも狂人は俯き、全身を震わせるばかりで動かなかった。

 僕は奴から目を離さず睨む。電話口から呼び出し音が鳴った……その時だ!

「~~~ッ。こんのぉ、お前みたいな奴がぁっ!」

 狂人が声ならぬ絶叫と涎を流して、僕に掴みかかってくる!

 だが驚きはしない。襲いかかってくる想定で動いていたからだ。

「貴様みたいなボケナスが!! 僕の胸ぐらを掴むなぁっ!!」

 狂人が僕の胸ぐらを掴むと同時に、僕は奴の腕をつねって怒鳴り返す。

 まるで僕が悪い事をしたかの様に、狂人は眼を見開くと怯んだ。

「先輩!?」

「下がってろ、アワナッ!」

 暗室に紫電のスパークが閃き、ホチキスで紙を挟んだ様な音が弾ける!

 僕が持っていたスタンガンで、狂人の腹を突き刺して電流を放ったのだ。

 火花の放電は一瞬だったが、それで十分。

 狂人が陸に揚げられた魚の様に飛び跳ねて転ぶ。中々の威力だな。

「……大丈夫?」

「この僕が何かされるかよ。アワナは外で警察を待ってろ」

 背中のアワナが漸く恐怖から目を覚まし、僕を上目使いで気遣う。

 僕は的外れな心配を鼻で笑うと、一度は耳元から話した携帯電話を耳元に近づける。

 警官だろう声が何か喚いていた。そりゃ荒事の音が聞こえればそうなるだろう。

 そこで安心したのが良く無かった。

「何が、私の何が、分かるってぃぅんだぁ」

 僕の足下で転んだ高内教授が、突然飛び跳ねる!

 説明書ではスタンガンを受けると動けないと書いてあったが、それにしても跳び方が異常だ。

「野郎ッ!?」

「いっ、やっ!」

 狂人が僕の背中からベットへ。アワナさえ追い越して、窓ガラスに激突!

 ガラスが割れて外へ飛び出し、狂人も後を追って二階から落ちていく。

 聞こえたのは、幾つものガラスが細かく砕け散る破裂音と……。

「ぁ”ぁ”あ”ア”ッ!!」

 狂人の身も竦む、太い悲鳴と鈍く嫌な音がした。

 僕はベランダに駆け寄って、塀から身を乗り出すと奴が落ちた先を見る。

「落ちたっ!? 本当になんなんだアイツはっ!」

 見れば黒づくめの背中が、力無く立ち上がる所だった。

 僕はソレを見て迷った……つまり追うか追わないか。警察は納得してくれるのかだ。

「あの、先輩……警察の電話が」

「現行犯の証拠になるのか? ん、あ。あぁ……ちょっと待ってくれ」

 アイツが逃げ出したとして、写真は撮ったし帽子も手元にある。

 だが分からない。僕は品行方正な一般市民だから、警察の知識なんて持っていない。

 というか奴は戻ってくるのか? アルミホイルを頭に巻いてる様な奴だぞ。

 逃げ隠れて行方不明になられたら、それこそ危険だ。

「追うしか無い、か」

 僕は悲鳴に腰を抜かせたアワナに携帯を投げ渡し、玄関の靴を掴むとベランダに向かう。

 この部屋の二階から一階までは、人間三人分といった所だ。

 僕がベランダの塀に手をつくと……突然、腰に衝撃が走った。

「先輩っ、何処に行くのっ!?」

 アワナがベットから立ち上がり、僕の腰にしがみついていた。

 見れば彼女の顔はくしゃくしゃで、瞳は充血している。

「あのバカを捕まえる。君は警察を呼んでおけ」

「でも……」

 見ればアワナは暴れた時に髪を乱したらしく、頬には涙の跡が残っていた。

 僕を不安そうに見あげるアワナに頷くと、その手を振り払う。

 この部屋でアワナを慰める事より、やるべき事がある。

「もう安心だ。後はどうとでもなる」

「先輩っ!?」

 僕はベランダの塀を掴んで、たどたどしく飛び降りた。

 一瞬の浮遊感。僕は地面に両手両足で着地するが、着地点に痛みが走るっ!

 エレベーターの中で重力をモロに感じる時の数倍の衝撃だ。

 思わず叫びたい衝動に駆られるが、無様な姿を晒したくない。

「くぅうっ。あんな中年に出来て、僕が出来なくてたまるかぁっ!」

 僕は転がる様に立ち上がり、周囲を見渡す。

 マンションの裏手は集合住宅や一軒家、個人経営店舗が続く裏通りである。

 地面こそアスファルトで舗装されているが、夜の闇に染まって辺りは真っ暗だ。

 街灯が一定間隔になければ、何も見えなかったろう。

 その闇の中。高内教授の背中が道路の突き当りへ走っていく姿が見えた。

「待てぇ、スカタンがぁっ!」

 僕はスタンガン片手に走り出し、夜空に叫ぶ。

 狂人は叫びを聞き、肩をビクゥと跳ねさせて振り返った。

「助けてぇストーカーが、ストーカーが襲って来ます!」

「それは貴様の事だろっ!!」

 僕は裏通りを疾走して、奴の背中を追いかける。

 体格では負けていても若さが違う。距離は徐々に縮まりだす。

 だが僕の体力のなさは、予想を超えて深刻だった。

「はぁっ、はぁっ、はぁぁ」

 少し走っただけで心臓が動悸を始め、口から疲労が吹き出す。

 両足が動かす度に重くなり、息ができない。奴との距離が空いていく。

「助けてぇ、助けてぇっ!」

「逃がさんっ!」

 僕は走りながら酒屋の店先に並ぶ空瓶の箱から、一升瓶を手に取った。

 勿論。普段なら誰が口を付けたか分からない酒瓶等、決して触らない。

 だが今は緊急事態だ。この相倉家長男が中年に負ける等……。

「あって良い筈がっ、無いだろうがぁああ!!」

 僕は野球をしていた訳でも、ダーツが得意な訳でもない。

 だがガラス瓶は僕の手を離れて、狂人へ吸い込まれる様に飛んでいく。

「ん痛ぇっ!?」

 直撃っ! 風鈴にも似た凜々しい破裂音が響き、煌めく瓶がカチ割れた。

 狂人はその衝撃で体をよろめかせ、つんのめる!

「はぁはぁ、はぁ。倒れ、たか?」

 奴が突き当たりを曲がり……鈍い音がして足音が聞こえなくなる。

 僕は深く深呼吸をすると、立ち上がって歩き出し突き当たりを曲がる。

 ……だがそこにはくたびれた狂人も、倒れた犯罪者さえ居なかった。

「何だこの水膨れした蛙は……」

 そこには全身が水膨れして、限界まで膨れ上がった肉塊だけが落ちていた。

 肉塊は大凡長さ二メートル、厚さは一メートルに満たない程か。

 ブクブクと膨れる肉塊は、丸々とした楕円から突起が五つ生えている。

 次第に腐水と血の混じった悪臭が漂いだす。

 見れば楕円の肉塊から、異臭の原因だろう糞尿らしき汚水が滲み出ていた。

 僕はこの非現実的な光景を見て、呆然と立ち尽くすしか出来ない。

「何だこれは。こんな肉塊は……まさかっ!?」

 注意深く観察してみれば、肉塊は不規則に脈動している。

 僕は肉塊から伸びる突起と歪んだ顔から正体に気づく。否、気づいてしまう。

「高内、教授?」

 僕が追いかけ、瓶を頭に放り投げた高内教授が……水溜りに沈んで死んでいた。


次回は明日の21時、及び24時予定です。

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