第一章:第四話
今回は短め。
次話は21時に投稿予定です。
◇ ◇ ◇ 五月二六日 午後四時 五二分
アワナは大学の講義を終えると、大学の食堂に来ていた。
この学生食堂は壁がガラス張りで日当たりが良く、内装はチープかつシンプルだ。
家具は白を基調として統一されており、食事の値段も相応に安い。
人気メニューは名物カレーで、食堂には肉の脂とカレーの匂いが漂っている。
アワナが食堂に来たのは、友人である白井愛菜と夕食を取る為だ。
実際、アワナが食べているのは名物のカレーで、エナは揚げ物中心の日替わり定食である。
アワナは普段の学生服を着ており、エナは爽やかな空色のワンピースを着ていた。
特にエナはプロポーションの良い、艶やかな黒い長髪の大和撫子である。
二人を取り巻く男子生徒達の視線は多いが、当人達は全く気にしていない。
「護符とか……ダメダメじゃん」
「ボクもそう思う」
エナはアワナからストーカー騒ぎの経緯を聞いて眉を顰める。
アワナの説明は一般女性ならば、余りに隙が多く危険な行為が多い。
だがアワナは危険性なんて感じず、暢気な顔をしている。
エナは学食のメンチカツをフォークで崩しながら、最近のアワナを非難した。
「ってかさぁ。相倉先輩って、目がヤバい変人でしょ。大丈夫なの?」
「変人だし目がヤバいのは……そうかも。でも先輩って小さい頃から不眠症なんだって」
「そうなんだ。でも他にも悪い噂があるのは知ってる?」
偏食が多すぎて、学食にケチつけるから出禁になった。
チョコレート以外に、口にしてる所を見た事が無い。
朝になると山から出て来る……相倉の噂は、学校の七不思議じみている物ばかりだ。
アワナはそれを聞いて、フォローも出来ず目をそらす。
「本人が言ってたよ。魚嫌いで甘い物しか食べないって。山は……ありえるかも」
「ちょっとっ。アワナは可愛いんだから、今からでも先輩と離れた方が良いって!」
エナは驚き、声を荒立てた。エナは彼女の目は相倉への嫌悪より、アワナを心配する色が強い。
何せアワナは気づいていないが、大学内外で人気がある。
顔があどけなく可愛い上に、性格が無邪気で男女違いなく距離が近いからだ。
そんなアワナは大して気にしておらず、スプーンでカレーを掬って食べていた。
「大丈夫。昨日も家で作戦会議していたけど、いやらしい顔してなかったもん」
エナはアワナが男を家にあげたと聞いて、勢いよく立ち上がった。
衝撃で机の上のガラスコップが倒れ、チープなテーブルを転がる。
冷水がテーブルに広がり、周囲の生徒が一斉にエナを見た。
「ご、ごめんなさい」
エナは恥ずかしそうに水を拭いた後、柔らかな手でアワナの小さな手を包む。
アワナも友達の様子に、カレーを食べる手を止めて顔をあげた。
「アンタは気を許してるけど、相倉先輩がストーカーかもしれないんだからね?」
「あはは。ただの人間には、興味無い人だから平気だってっ!」
エナが心配気に手を離すと、アワナは湯気の上るカレーを口に運ぶ。
エナはアワナの頬を膨らませて食べる姿を見て口元を緩める。
「相倉先輩を家にあげてすぐ、家を荒らされたのよ? 何でそう言えるのよ」
「ボクの事を見る目がさ、虫か何かを見る目だからかな? 俗っぽい事は喋らないし」
二人の間には、相倉有馬のイメージに剥離があった。
アワナからすればオカルト以外は興味のない人。エナからすれば不審人物。
何よりエナがアワナを子供の様に考えてる節も、相倉有馬の人物像に影響していた。
エナは大凡食べ終わった学食を机の端に退かして頬杖を付くと、大きく溜息を吐く。
「変人先輩しかり、父親しかり……こんなに可愛い娘を放っておくなんて信じられない」
「お父さんが生きてるとも、限らないけどね」
イライラした様子のエナに、アワナが笑いかける。
エナが僅かに眉を下げた時、食堂の隅で食事を取っている人物に気づいた。
トレードマークの帽子を食事中にも被っている中年教授。高内教授だ。
どうやら彼はカレーを食べては、呆然と宙を見て……を繰り返してた。
「はぁ。高内教授も何で、変人先輩に声をかけたのやら」
エナの疑問にアワナがカレーを食べる手を止める。
アワナは首を傾げて唸った後で、「あぁっ!」と声をあげた。
「そういえば先輩も、高内教授とは接点少ないって言ってたねぇ」
「あれ、そうなの? 確か二人とも民俗学だか神道学とかじゃなかった?」
「専門が違うらしいよ? アメリカだか超神秘だかで」
エナはふぅんと、興味なさげに唸る。
だが彼女はオカルトと聞いた時、高内教授を見る目が詐欺師のレッテルを張っていた。
アワナはエナの様子に苦笑すると、時計を見る。
そしてぎょっとした顔をすると、勢いよくカレーをかっ込んだ。
「ボク。そろそろ帰らなきゃ!」
アワナがガツガツ食べる姿は、まるで中学男子だ。
エナはあらあらと笑いながら、優しい目で見守る。
「何か用事あるなら付き合おうか?」
アワナはカレーを口に流し込むと、数瞬した後に首を横に振った。
エナは付き合いの良いアワナの挙動に珍しいと呟くが、続く言葉に顔を顰める。
「いいよ。先輩から消臭剤を頼まれてるんだっ!」
アワナは食べ終えた食器トレーを手に、食器返却口に駆けていく。
エナはアワナの背中を目で追いながら、友人というよりは保護者の声音で見送る。
「相倉先輩が帰ったら、鍵を閉めて寝るのよぉ」
次話は21時に投稿予定です。