第一章:第二話
第二話。キャラクターと物語の方向性の説明会です。
本作は癖の強い主人公が書きたかったので、私の過去作を知ってると違和感を感じるかも?
◇ ◇ ◇ 五月二二日 午後三時 二八分
「成程。高内教授から話は受けてるよ」
僕は第四回ひんな神作成中だ。具体的には大鍋で千体の人形を煮込んでいる。
この儀式は蒸気で汗が溢れ服が肌にひっつくので、何度やっても不快だった。
だが更に不快なのは、背後で椅子に座っている女学生だ。
「心霊現象に悩む、女学生の相談に乗って欲しいと」
「うん……いや、ストーカー被害だけど?」
三回も質問したが同じ答え。あのジジイ、僕を騙しやがったなっ!
僕は民俗学教授のジャガイモ顔を思い出して、舌打ちを弾く。
実験も上手くいかず、僕の苛立ちは溜まる一方だ。
「ストーカー被害ぃ? おいおい僕は警察でもラグビー部でもないんだぜ?」
「それは見れば分かるけど……」
僕は鍋の火を止め、背の低い女に振り返る。
そこには背の小さい僕より、尚小さい女が椅子に座っていた。
女は黒地の制服と赤いスクールリボンの所為か、高校生にしか見えない。
代わりに顔立ちは整っており、表情には天真爛漫さが浮き出ている。
「それで干泥 淡菜だっけ? 先生から聞いているよ」
「あなたも相倉有馬先輩で合ってる?」
アワナも民俗学のジジイから僕を紹介されたそうだ。
彼女も被害者と思うと、怒鳴って追い出す事はするまい。
それにアワナの名前と顔を見た時、ひっかかりを覚えたのだ。
僕は顎をさすりながら名前を呟くが、どうにも思い出せない。
「見覚えがあるな。学科は何処だい?」
「ボクの専攻は精神科だよ」
精神科と僕に接点はない。僕が専攻する民族学科は校舎が違うのだ。
だがアワナと聞いて、何か引っかかる。僕は頭脳明晰だから珍しい。
道ですれ違った可能性はあるが、記憶にひっかかる……まぁ良いか。
僕は事件について言い出さない小娘に、顎で続きをせっつく。
「え? 手伝ってくれないんじゃ」
「ストーカーとは決まってないだろ? オカルト事件なら手伝ってやるよ」
アワナは眼を白黒させて言葉を飲み込むと、被害について話しだした。
曰く、一人暮らしのアパートで視線を感じる。
曰く、家の物が、勝手に動いている。
曰く、捨てたゴミを勝手に開けられている等々だ。
「おいおいおいおい、ストーカーだろ。警察に行ったらどうだ?」
僕はアワナから寄せられたお門違いな相談にアドバイスを送る。
だが彼女はぎょっとした顔で怒鳴ってきた。
「だから言ったじゃんっ!? それに警察も見回りを強化するって……」
何もしてくれないと。実害が無ければ、公僕はそんなものだ。
僕が反応を示さずにいると、アワナの声は尻すぼみになっていく。
「困ってたら隣の部屋に住んでた教授から声をかけられて……」
「僕を紹介されたと……おいおい高内教授と喋った事なんて、数回だけだぞ?」
あの中年は遂にボケたらしい。こんな雑事は頭の軽い奴らにやらせろよ。
アワナも高内教授とは隣人付き合いはないが、縋る思いで来たらしい。
社会的地位のある教授が言うならばと、期待した分落胆している。
僕は溜息を吐くと、海よりも広い寛大さで話を聞こう。
「違和感を覚える前後に、何かあったかい?」
「去年の十二月。違和感も、特には無いかな」
「知らない奴に声をかけたり、かけられたりは?」
「えーと学園祭のミスコンに出た後に「それかっ、既視感はっ!」」
ミスコンなんて興味もないが、研究会の後輩が騒いでいた。
干泥淡菜はその優勝者の名前である。
名前しか知らなかったから、顔を知らないのも当然だ。
僕は喉に引っかかっていた疑問が解消されて満足した。ってあれ?
「ミスコンが原因じゃないのか?」
「うーん、ボクはマスコット枠みたいなもんだし」
アワナは魅力的な顔立ちだ。美醜に興味のない僕でもそう思う。
だが学園祭が原因なら困った。範囲は広くなる一方だ。
何せ全国放送されている。僕は聞いた話を整理して、腕を組むと考える。
「それでも大学関係者の線が濃厚だろうな」
全国放送されたと、大学の美人をストーカーするか?
するとしたら実際に見て、身近に感じた奴だろうよ。
「仮に大学関係者だとして人数は千人は超えるぞ」
この部屋で話を聞いて、ストーカーはコイツですと教える事は無理だ。
アワナも話を聞いて気づいたのだろう。顔を俯かせると立ち上がった。
「だよね。警察にもう一回話してみるよ、手を借りれないし」
アワナが僕にお辞儀をすると、「ありがとう」と微笑んで踵を返す。
僕は驚いて、彼女がドアノブに手をかけた時に叫んだ。
「ちょっと待てよ、誰が手伝わないって言った!?」
「えっ!? さっき先輩がストーカーなら警察にって……」
僕はアワナにツカツカと詰め寄ると、手をはたき落とす。
彼女が驚いて振り返った。まるで化物でも見る目で見ている。
だが僕も更に驚いた。何を勘違いしているんだ。
「誰が犯人はストーカーだなんて言ったんだっ!?」
「それも先輩が……」
そんな事はどうでも良いんだ。
もしかしたらアパートに住み付いた家鳴が、家を揺らしているのかも。
もしかしたらぬらりひょんが物を盗んでは、返しているのかも。
もしかしたら塵塚怪王がゴミを開けては、盗んでいる可能性だってある。
「怪奇現象の相談に。この超神秘研究家、相倉家長男以外の誰に頼るんだ?」
僕はアワナの童顔が驚愕に染まったのを見て、大きく頬を吊り上げる。
ひんな神も作れなかったし、良~い頭の運動になりそうだ。
次回は21時を予定しています。