計画と準備
6月7日、2人は話し合った。
殺害時期は保護者会当日の6月20日と決め、父親をどうやって殺すかについては各自で考えて殺すことにした。
お互いの父を無事に殺すことが出来たら、その日の朝5時に最寄りのE駅で落ち合うことにした。
そこから始発に乗り、目的地のS駅に向かうためだ。
その話し合いの帰り道、優美は父を殺す方法を考えた。
まずはナイフや包丁で殺そうと考えたが、体格の良い父を刃物で切りつけるのは難しい。逆に父に捕まってしまうのでは、と考えて諦めた。
金属バットやゴルフクラブなんかで父が寝ているところを撲殺することも考えたが、これも一撃で死ぬ保証がない、と考えて断念した。
考えてるうちに家の前に着いた。
門の前に立ち止まり、何とは無しに目の前に聳え立つ木造2階建ての一軒家を見上げた。
そこで、優美は家に放火して焼き殺す方法を思いついた。
建物自体が古く、木造だからよく燃えるだろう。
刺殺や撲殺では、抵抗されて失敗する危険性があるし、父の血や死体を見るのは流石に恐ろしい。
放火なら、家にあるガスコンロを使って簡単にでき、血や死体を見ることなく殺せる、と考えた。
家族が寝静まったとき、父が部屋で寝ている周辺に火をつければ、完全に焼け死ぬはずだ。
「優美、そんなとこでボーっと突っ立って何してるんだ?」
背後から父の声がして、心臓が縮み上がった。
「何でもない。」
優美は平静を取り繕い、門を開けて中に入った。
「さっき、ママからメール来てな、今日はお前の好きなチキンカツらしいぞ。楽しみだな。」
優美の後に続いて門内に入った父が、にっこり笑った。
父は時折、こんな風に穏やかに笑うときがある。
この穏やかさが常にあれば、家族みんな幸せなのに、と優美は内心複雑な心持ちだった。
放火するにあたって、母と弟の安全も考えた。
母と弟がいつも寝ている2階の部屋に入ってみる。
この部屋には、成人女性がやっとくぐれる程度の大きさの窓があり、その窓を開けて真下を見れば、隣の家の倉庫が見える。
窓から倉庫の屋根までの高さは1メートルほどあり、2人はあそこに飛び移って逃げられるだろうと考えた。
次はどうやって火をつけるかだ。
一方、良子は父を殺害する凶器を買いに、近所のホームセンターに向かっていた。
あそこなら大きな工具も扱っているから、大柄で力も強い父を一撃で死なせるぐらいの道具もあるはずだ、と考えた。
店内を歩き回って、商品を物色する。
以前読んだ「拷問・刑罰大全」という本に、ギロチンについて書かれていたのを思い出した。
あれは受刑者の痛みを和らげる上に、執行人の負担もさほど無いのだという。
確か「死刑執行にギロチンが使用されるまでは、執行人の腕が未熟なばかりに首を何度も切りつけられて受刑者は苦しみ、執行人も血を浴びたり、飛び出た内臓を見てヒイヒイ泣き叫ぶ、なとどいうことが多々あった」と書いていた。
どうせ殺すなら、あまり手間取らない殺し方がいい。
そのため、ギロチンに替わる武器は無いものか、なとど考えて店内をうろつくと、それは思った以上に簡単に見つかった。
刃渡り11センチの斧だ。
目に飛び込んできたそれを見て、これだ、と斧が置かれている棚まで駆け寄り、木製の柄を握り締めた。
これで父をギロチンにしてやろう。
そう決心した良子の目が、ギラリと光る刃に映った。
2人の少女が自分の父を殺そうと企んでいることなど誰も知らないまま、決行の時が来た。
6月20日の早朝4時、優美は玄関の上がり框に最低限の荷物を入れた黒いリュックサックを置いて、靴置き場に逃走用のスニーカーを出して置いた。
火をつけたらすぐ逃げられるようにするためだ。
次に優美が忍び足で向かったのは、1階の台所だった。
台所にあるサラダ油を家中にばら撒いて火をつけることにしたのだ。
台所の物入れには、1.5リットルほどのまだ封のされた新しいサラダ油が2本入っていた。
このサラダ油を1階全体に撒き、それから火をつければ炎が一気に燃え広がるだろう、と考えた。
流し台の上に2本のサラダ油を置くと、優美は注ぎ口に巻かれたシールを剥がし、ぱこっと音を鳴らして、人指し指でキャップを押し上げて開けた。
容器を持った右手を左右に小刻みに動かして、まずは台所とリビングにサラダ油を撒いた。
撒かれたサラダ油が、巨大なナメクジが通った後みたいに床の上でキラキラ輝く。
次は父が寝る部屋の前にある、1階の廊下だ。
父を起こさないように慎重に廊下を歩きながらサラダ油を撒き続けているうち、1本目のサラダ油の中身が尽きた。
空になった容器をその場に置き、2本目の容器を手に取ると、1本目のサラダ油が尽きた場所から、再び右手を小刻みに動かしながら撒き続ける。
次はトイレの前を通り、玄関にたどり着いた時には、サラダ油が全て尽きた。
こうやって撒いておけば、サラダ油が導火線の役割を果たし、炎が一気に広がって1階はすぐ火の海になるはずだ。
導火線に火をつけなくては。
台所に戻ると、ガスコンロのスイッチを押し、火をつけた。
ふと、台所の物入れに付いているタオル掛けに吊るされた白いタオルが目についた。
これだ、と思った優美はタオルの端を持って上から垂らし、コンロで火をつけた。
タオルの下端をコンロに近づけると、すぐにタオルに火が燃え移る。
急いで玄関近くまで移動して、火の灯ったタオルをサラダ油の上に置いた。
しかし、火が思ったように燃えあがらず、これで家が燃えるのだろうか、1階の部屋で寝る父を確実に殺せるだろうか、と不安になった。
待つこと約10秒、火が15センチくらいの高さになったのを確認すると、優美は急いでスニーカーを履き、リュックを背負った。
玄関の門をきちんと閉めたかどうかも確認せず、優美は明け方の街へと足を踏み出した。
良子が待っている。急がなくては!
優美が逃げ去った後、静かな家の中で赤い炎だけが意思を持つ動物のように蠢き、広がっていく。
ドーン!という爆発音が鳴り響き、近隣住民が目を覚ますのは、それから数分後のことだ。