佐藤と鈴木
帰りのバスの中でも、行きと同じように並んで座ると、今度は優美の方から手を握ってきた。
良子が応えるように、それを握り返す。
「わあ、ラブラブだねー。」
「田辺がカレシ?」
通路を隔てた隣の席から、クラスメイトの佐藤凛と鈴木めいが、クスクス笑って2人をからかった。
「そう、私がカレシだよ。」
良子がふざけて返す。
「あ、認めちゃうんだ?」
通路側の席に座る佐藤が、拍子抜けしたような顔を見せた。
「あんたらも付き合ってんじゃないのお?」
仕返しと言わんばかりに、今度は良子がからかう。
「そうですう。婚約もしてるし、結婚式はラスベガスでやって、新婚旅行はハワイ行って結婚後は北海道で2人で牧場やるの。」
窓側に座る鈴木が、実行できるはずもないめちゃくちゃな計画を話し出す。
「何それ、金かかりそう。」
良子が笑った。
「それで私は専業主婦。凛に養って貰うの。」
「誰が養うか!」
佐藤が鈴木の肩を小突く。
こんなふざけたやりとりをしている最中、優美はずっと黙ったまま良子に体を預けていた。
佐藤と鈴木も、落ち込んでるときの優美はそっとしておいた方がいい、と察しているのだろう。
優美に一言も話しかけはしなかった。
結局、優美はバス停で別れるときに「じゃあね」と軽く挨拶するまで何も話さなかった。
バス停で別れた後も、良子は優美が心配だった。
あと2週間ほど経てば保護者会が行われ、成績が学年でどのくらいの位置にあるか、親に分かるようになる。
今日の優美の様子を見れば、保護者会の後に優美が父からどんな仕打ちを受けるか、大体は知っていた。
前回のテストも点数が全て平均以下だった。
そのことで優美から話を聞くと「髪の毛を掴まれて頭を前後に揺らされた」「スリッパを履いた足で顔や体を踏むようにして蹴られた」と説明された。
優美の成績は、平均より下ではあるけど特別悪いというわけでも無い。
優美と良子が通う学校は、あまりに成績が悪いと担任から指導を受けることになっているが、優美はその対象に入ったことも無い。
もう少し容赦してもいいのではないか、なとど考えても、自分にできることは何も無い、とも感じていた。
良子は優美の家族と、もう1年近く会っていない。
最後に優美の家族に会ったのは優美の家の庭でバーベキューをしたときだった。
試験が終わった後の息抜きに、と優美の母が準備してくれて、優美の弟、良子、佐藤、鈴木と一緒で、優美の父は「たくさん食べるんだよ。」とにこやかに接してくれていたから、良子も佐藤も鈴木も、その言葉に甘えてたくさん食べた。
しかし後で優美に話を聞くと、バーベキューなんかしている場合ではないだろう、勉強する気はあるのか、と怒鳴られ殴られたという。
自分たちの前では愛想が良かったし、怒られるような心当たりも無いだけに信じられないと思ったが、内と外とで態度がまるで違う親など珍しくも無いか、と少し納得もした。
良子の父だって同じようなものなのだから。