学園生活の幕開け
◇◆◇◆◇◆
俺の目の前にいる少年の名は『神原優弥』と言い、この学園を色々と案内してくれるらしい。
「先日、学長からあなたのお名前を聞いた時はびっくりしました。実は私の姉はあなたが助けた小隊の一員で『神原柚子』といいます。姉を助けていただきありがとうございます。僕の事は気安く『優弥』と呼んでください!」
「よ、よろしく…優弥。いや、俺は…。結局間に合わなくて、榊さんが重症で。みんなが生き残れたのは榊さんのお陰です「」
「榊さん以外は軽傷だったのも聞きました。あの人は色々な意味ですばらしい人です。でも、あなたが来ててくれなければ救援本隊は間に合わなかったと…。ランクオーバーが起きて、魍魎に囲まれ瘴気が充満している状況にも関わらず、照明弾を使って時間稼ぎしたと聞きました」
「僕なら体が震えて何もできません。救援本隊の副局長もすごいですが、一般の方なのにすごい勇気です。とても感動しました!しかも!それがきっかけっで覚醒したなんて!とてもすばらしいです!」
「ははは…。」
(ん?あれ?なんかおかしいな。俺は時間稼ぎでその時に覚醒したってことになってるのか・・・)
「では!ご案内させていただきます!どうぞ付いてきてください」
「すみません。ちょっと着替えてきますね」
「あっ!気が早やってしまって。すみません!外でお待ちしています」
俺は扉を閉めると着替えながら色々考えた。そういう事は先に言ってほしいよなぁ。こりゃ、下手なこと話せない…かな。気を付けて話さないとな。話あわせるのか、面倒だな、はぁ…
着替えて部屋を出ると、彼は直立不動で待っていた。しかも、目がらんらんと輝いている。
「では、まずはこの寮の各部屋のご案内から!無効の端に階段があります!その手前に見えるのはトイレです!奥にはランドリールームがあります!向かいには談笑ルームがあります・・・」
「はぁ…」
(いや…。そのくらい解るから・・・)
こんな調子で、この学生寮を案内してもらいながら、俺は彼がどのくらいの情報を得ているのかを聞き出した。どうやら、俺は小さい時に両親を亡くし、祖父と共に海外へ渡りこの年になって日本に帰国。武術は祖父から学び、アメリカに居た時には従軍経験があり、その時に闇に対しての戦闘経験が多少ある。力は元々なかったが、先の事件のおり俺は覚醒に至る。そして救援本隊に俺も助けられ保護されたことになっている。
どんな筋書きだよ。マジで予めきかせておいてくれよな。小日向さん『何か聞かれても適当に返事して濁せば大丈夫です』って、かなり雑な扱いだよな。おれ、これから学園生活するんすけど。
そうこうと考えながら歩いていると、こちらを見つめる様々な視線が熱い。なかなか恥ずかしい。優弥はそんなことお構いなしと言わんばりに、次は学園へと案内される。
「ここから先が、黒羽学園の施設です。中央棟の手前が理事や学長、教職員の方々が居る棟です。奥にはここで使用する武器や機器などの管理棟。生徒はここで様々な物の貸し出しを受けます。中央の右手に中等部が右手に高等部と校舎が別れてて、それぞれの棟の隣に訓練棟が並びます。これらの建物の奥に各グラウンドが有ります。では、続いて、中等部へ。ちなみに、草薙さんは僕と同じ教室です。今日はもう授業を終えてますので今はクラブ活動をしている人たちだけです。ここでは普通に民間学校と同じようにクラブ活動があるのですが、黒羽独特のクラブも存在します。授業以外の時間も技術の習得や訓練を名目としたクラブが殆どですが。それをするしないは本人の裁量に任されています。この中等部で学ぶのは主に基礎的知識や基礎戦技で、様々な分野を平均的に学びます。高等部に入ると、民間レベルでの教育課程の他に専門のメインクラスとサブクラスを選んでそれを重点的に学びます。中等部では自分の適正をしっかりと理解するために学ぶ感じですね。草薙さんとはこの中等部の残り四か月を共に過ごすことになります。ここが、私たちのクラスです。明日からとても楽しみです。各階から隣の訓練棟へ行けるようになっています」
寮への帰り道には、彼の家族や姉の話しを色々と聞かされた。明日は部屋まで迎えに来てくれるとのことで別れたが、すぐに食堂まで一緒に行きましょうと案内されて、今度は彼の将来の展望などの話を食事をしながら延々と聞かされた。その間も、常に視線が突き刺さっていたのだが、その話のお陰で少しは肩身の狭い思いをしなくても済んだのかもしれない。時折彼が視線を周りに向けていたのを見ると、そのつもりで気を遣ってくれていたのかもしれない。彼はきっと優秀な人材になると思う。
部屋に戻ると早速タブレットを開き、この国の歴史やヤタガラスの成り立ち、組織構成や編成、学園の教育課程など、気が付くと夜中の1時を回っていた。
俺は子供の頃の記憶、特にこの日本でのことを殆ど覚えていない。自分の記憶は朧気で、祖父と既に海外で生活をしていた時からだ、だからなのか郷愁のようなものはなく、咲宮耶のこともなんとなく思い出しただけである。でも、爺さんは言っていた、俺のルーツはここにあると。これからどんな人生がまってるのか、今までは爺さんからしか学ぶ事がなかった俺にとっては少し楽しみではある。こんな感情は初めてかもしれない。そんな俺でも、闇の脅威はよくわかっている、それは海外に居るときに嫌というほど味わったからだ。新生活の始まりだな。
電源の落ちたタブレット片手に、いつの間にか寝てしまっていた。
翌朝
トントン!「おはようございます」
神原優弥が早速迎えに来てくれた。
共に寮を出て、中等部棟へ向かう。道中、やはり様々な視線が突き刺さるが、優弥の友人らしき数人が現れて挨拶を交わす。それに囲まれて歩くとあっという間に教室に他たどり着く。
複数人に囲まれて挨拶をしていると数人から殺気の少し籠った視線を感じる。怖いからやめてほしい。そうこしてると、扉から学長がパンパンと手を叩き入ってきた。皆が慌てて自分の席に着席する。
「さて、今日はまず編入生を一人紹介します。草薙君」
「はい」
俺は席を立ち学長のとなりに並ぶ。
「彼は先ごろ、ある事件現場にて覚醒をしました。それ自体は多少珍しいだけですが、彼は30歳というヤタガラスとしては能力が衰えていく時期に覚醒を果たすというとても珍しいことですが、今年にはいるまで幼少の頃から海外で生活していたこともあり、実のところは分かっていません。ですが、この機にヤタガラスの一員となってもらうべくこの学園へ急な編入となりました。彼自身はアメリカで従軍経験もあり、とても優秀ではあるとおもいますが。かの国と日本では様々な技術において相違がありしっかりと学び身に着けてもらいたいと思います。そういう特殊な事例ではありますが、皆さんも協力してあげてください。さぁ自己紹介を」
「草薙一真と言います。みなさんよろしく」
拍手喝采を少し期待したんだが、起きることはなかった。
「では、席に。続いて、この教室の担当をされていた先生ですが、急遽長期休暇を取られることになりました。つきまして、高等部へ進学の残り4か月の間だけですが臨時の講師を紹介します。三条先生どうぞ」
なんと、扉から『三条清音』が満面の笑みで、白衣ではなくスーツを着て現れる。
「ご存じの人も居ると思いますが。彼女は現研究局の室長の一人であり、とても忙しい身でありながら強弁を取っていただける事となりました。とても貴重な体験になるとおもいますので。皆さん、よく学ぶように。では、三条先生よろしくい願いします」
そう言うと学長は教室を出ていった。
(三条さん…?何やってんすか??)
「はじめまして。三条です。短い期間ですがみなさんよろしく」
オオー!!
三条さんが挨拶をしたとたん、教室にどよめきがおこり皆の視線は三条さんへ向く。中には感極まって涙を流している女子も居る。なんかとても人気者みたいだ。そして、俺の存在は一瞬で吹き飛んだ。
「それでは、本来必要ないが自己紹介をかねて出席をとる」
またどよめきが起き、皆必死でどんな挨拶をしようか考えはじめる。自分もさっきとは違った内容の挨拶を考えていると早々に俺の晩にとなる。
「草薙一真」
「はい!えっと…さきほど…」
「次!栗山裕子」
次の女子が快活に自分の自己紹介を始める。
え?あれ?あれ?あれ?そういう扱い??
俺は目が点になりながらその後の生徒達の自己紹介を聞いた。けど、頭には全く残らなかった。
咲ちゃんといい、小日向さんといい、三条さんといい、日本って怖い国だなあ。
◇◆◇◆◇◆
黒羽学園食堂。今は優弥と昼食を食べていた。ここの食堂の昼食は常にAランチかBランチの二種類しかないが全て無料で、飲み物もドリンクバーが併設されていてこちらも無料だ。寮の方も同じく飲食は全て無料になっていた。二種類のランチは主にヘルシー系かミート系があり、もちろん自分はミート系をたんまり頂いたなかなかボリュミーでなかなか美味しい。お腹も満腹になった後、優弥と共に訓練場へ向かった。教育課程に関して毎日午前中は通常中学と同じ内容の授業があり、午後からヤタガラスとしての本格的な訓練課程が始まる。土曜は授業がなく、完全な自主訓練やクラブ活動が主で、日曜は完全な休養日として趣味や遊びの時間が推奨されている。中等部では全てのクラスの基本をまんべんなく学ぶのだが、高等部では、前衛職、中衛職、後衛職とそれぞれに数種類のクラスがあり、中等部の終わりの時期に自分の適正にあったクラスを決めなくてはいけない。
一般科目はそれぞれの科目で講師が入れ替わるが、午後からの技術訓練は担任の講師が付きっ切りで生徒を見ることになっているらしい。そういうのもあって、憧れの三条先生に自分の技術を見てもらえるのはとても光栄な事らしい。
で、本日は戦技訓練なのだが、初日と言うこともあり、先生自ら皆の実力を見たいらしい。
「それでは模擬訓練を始める!」
そう、各々得意な武器を使って「かかってこい」と言うことだ。さすがに研究職の先生舐めすぎじゃないですか?と、思っていたら、なんのことはない男子も女子も次から次へと叩きのめされていく。数人は頑張っていたが結果は同じ、その中でも優弥はかなり頑張った方で褒められていた。優弥くんなかなか優秀じゃないか。
と、観察していると
「次、ラスト。草薙!」
呼ばれてしまった…。何人かの鋭い視線をかんじるので適当にやって終わりにしよう。優弥は目を輝かせて見ているが、見なかったことにしよう。
「なんだ素手でやるのか?ちゃんと得物をもってこい。まさか、素手であっさり負けるつりじゃあないな?」
しまった。みすかされている。しかたなしに、しぶしぶ立てかけられている中から180㎝程の長さの棍棒を選ぶ。
「ほう?棒術か。では始める」
俺は棍棒を中段に構え。先生は木刀を上段に構える。
「やぁっ!」
少しの間の後先生が打ち込んでくる。
早い!上段の構えから流れるよう右肩に担ぎ直し横なぎに打ち掛かってくる。それを必死に受け止めると、連続して下から上から横からと、息も付かせぬ矢継ぎ早の連続攻撃がくる。後ろに下がりながらなんとかそれらを全て捌いていく。
この人、本当に研究職なのか?たしか、クラスは後衛職って聞いたと思うけど、現役の前衛でも通用するんじゃないか?
ひたすら、防戦一方でいると。三条先生は攻めを一旦止める。
「攻撃はしてこないのか?」
「先生の攻撃が激しすぎてそれどころじゃありませんよ。それに自分は受けの方が好きなんで。それに先生って後衛ですよね?なんすか、その強さは?」
「そうか?普通だろう??」
「えっ?」
「受けが好きなら、これはどうだ!」
三条先生はさらに剣速をあげて打ちかかってくる。この後、十数合の打ちを受け流して訓練は終わった。
「なかなか見どころのある者が数名は居たが話にならん。前衛希望の者は、現段階で私と対等に打ち合えなければ実戦で役にたたん。中衛や後衛を目指している者は後方だからと手を抜いてはいかん。安全であるはずの後方が突然戦闘領域になる事もあり、特に後衛は最低限度自分の身を守れる程度の技術は身に着けておかなければならん。Sクラスの後衛はAクラスの前衛ともそれ相応に打ち合うことができる者が殆どだ。Sを目指す者には必須の技術だ!全員、戦技を今以上に努力するように。これにて本日は終了する」
(やっと終わった)と、ほっと一息ついたのもつかの間
「草薙はこの後すぐに職員室へ来るように。いいな!」
「は、はい…」
しょんぼりだわ・・・
「草薙さん!凄い!凄いよ!」
優弥がすかさず、声をかけてくる。
「あの三条先生とまともに打ち合えるなんて!三条先生は元Sクラスの後衛だったんどよ。後衛だけど殆ど中衛で前衛のサポートを近距離でこなすって凄い人だったんだよ!さすがと言うか。ほんと、すごいよ!やっぱり前衛を目指すのかな」
「いやー、中衛か後衛でドライバーがいいかな?」
(実はあんまり働きたくないんだよなー。できれば後衛でのんびりしたい)
これが俺の本音だった。しかし、三条先生があんな手練れだったなんて…、つーかなんで担任なんだか。なんか、意図を感じるなー。
もっと話したい病の優弥を置き去りに一人職員室へ向かう。
職員室に入ると真新しいデスクの前で足を組みながら鷹揚に座っていた。その手はタオルで首筋をぬぐっていた。
「失礼します」
「久しぶりに汗をかいたよ。たまには運動するのもいいもんだな。さっきはかなり手を抜いていただろう?本当に得意な武器はなんなんだ?」
「そんなのありませんよ…はは。さっきもう必死で必死で…」
右手で後頭部をポリポリする
「しらばっくれるか、まぁいい。呼んだのは他にある」
「はぁ・・・?」
三条がタオルを置きついてこいと、個室に向かい後をついて部屋に入る。小さな応接室で二人の他はだれもいない。座るように促されて向かい側に座る。
「単刀直入に聞く。どうだ?使えそうなのは居たか?」
おっと、そうきましたか?
これは、こき使われそうな予感がしてきましたよ。
一真は一抹の不安をうかべながら、先ほどの三条と生徒の模擬戦を振り返る
・・・次回『学園は怖いとこ』