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ヤタノカラス  作者: えるらんでぃす
10/11

黒羽学園



◇◇◆◇◆◇◆



 茨城・鈴木家本邸


一真に学園への入学を告げた夜、咲宮耶は水戸市にある鈴木本家に来ていた。

本家の敷地内にはヘリポートが有り、副局長専用ヘリを使い急ぎの用で実家に帰省した。


「兄さま、突然申し訳ありません」

「咲宮耶にしては珍しい。愛おしい兄さまに会いにきたのではないのだろう?どうしたんだい?」


ヘリポートから少し離れた所に母屋があり、その門前には咲宮耶とは九つ離れた兄の鈴木重俊が出迎えに出ていた。現在の鈴木家は、当時の頭領である鈴木重朝が水戸藩の家老として初代藩主頼房と共に移り住んだのが始まりである。そして、江戸時代以降、代々ヤタガラスの頭領として存続している。当主は雑賀孫市の名を受け継ぎ、重俊は当代の雑賀孫市である。明治維新以降、ヤタガラスも近代化に伴い組織改編し雑賀孫市は名誉称号てきな位置づけになっていた。しかし、鈴木家や今は鈴木家の分家になった穂積の血を引く者は総じてヤタガラスとしての能力が高く、重俊もそれにもれず優秀で、茨城にある鹿島神宮の宮司を務めてい、神宮の奥にある要石の管理を任されており、ヤタガラスでも有数の結界使いである。性格は若き日からとても温厚で妹想いの良き兄であり、彼が人目もはばからず怒りをあらわにしたのは、もう一人の妹である神楽耶が亡くなったと知らされた時だった。


「兄さまったら。実は…その時が来たものと思われます」

「それは!…とうとう【箱】の封印が?」


【箱】それは代々の鈴木家が受け継いできた箱で、それには強力な封印が施されており、現代の技術をもってしても開けることができない。開けるためには、ある言葉が必要らしい。らしい、と言うのは、封印された経緯とその箱の開け方や注意書きが添えられていたことにある。

誰から受け継いだのか…。添え書きには、この箱を渡したのは雲光院、徳川家康の側室・阿茶の局でヤタガラス中興の祖である。そもそも、当時の頭領重朝は関ケ原の合戦において西軍として参戦、徳川家重臣の鳥居元忠を討った張本人で、それなのに家康に許され孫の頼房の重臣となれたのには、この阿茶の局の口添えがあった。と、言うことらしい。ちなみに、徳川頼房の三男はかの有名な水戸黄門である。


「封印に必要な言葉をこれから試したいのですが…、兄さま、封印の間へ入る許可をお願いします」

「わかった。今すぐにかい?」

「はい!」

「急いでいるみたいだね。わかった、では一緒にいきましょう」

門から入った後、母屋には入らずそのまま庭の小道を奥の方へ向かう。すると大きな土蔵の隣に古い祠があり、使用人が祠をずらすと足元に石造りの階段が現れた。篝火の明かりを頼りに階段を下り少し行くと小さな広間に出た。

広間の中心には小さな社が静寂な空間の中にあり、その社を囲うように白い靄が包み込んでいる。重俊だけが先に進み靄の前に立つ。


パン!


重俊は手を大きく一つ鳴らす。そして、祝詞を唱え胸から榊を出して左右に振る。


「・・・かしこみ、かしこみももうす。鈴木が頭領・雑賀孫市が願い奉る。かの扉を開かん」


すると、社を囲っていた靄が晴れる。


「さぁ、咲宮耶」

重俊が咲宮耶の背中をそっと押す

「はい」


咲宮耶が社の前まで進み、神棚の扉をそーっと開ける。その中には玉手箱と折文が置いてある。

咲宮耶は折文を手に取りそれを兄に手渡す。折文は触ることができるのに、玉手箱は何故か触ることができない、そこにあるのは分かっているのに幻影のように触れることができない。やっぱりと言う顔で重俊と咲宮耶は顔を見合わせる。二人はその折文の内容は既に知っており、箱には術が懸けてある。その術を解除しなければ触れることはできないと書かれていて、最後にはこう書かれている『来るべき日の後、秘した言の葉を捧げよ』今まで歴代の鈴木家当主が試してきたが解くことはできなかった。


「ここからです」


皆、固唾を飲み、咲宮耶の言葉を待つ。


「私、鈴木咲宮耶が秘した言の葉を捧げん」

『かずま』


次の瞬間、玉手箱が輝き辺り一面を眩い光が包み込む。


どのくらいの時間が過ぎたのか…、辺りが先ほどの静寂な空間に戻るとその場にいた者が皆忘却の彼方から我に返る。何が起こったのか理解できず、何故自分がここにいるのかも理解することが難しい感覚につつまれていた。兄の重俊も例外でなく。その中で咲宮夜のみ、玉手箱を手に取り紐を解き、箱の蓋を開ける。

箱を開け。中には和紙に包まれた物と小さな木箱が入っていた。木箱の中にはひび割れた小さな水晶が納らており、包みの中には薄汚れたストラップを付けた古びた携帯端末一つだけであった。

咲宮夜はそれを優しく手に持つと兄と皆の方へ振り返る。その咲宮夜の目には涙があふれていた。


「咲宮夜?いったい?」


咲宮夜は兄に『まずはこの端末と水晶を急ぎ調べさせます』と一言言うと足早に東京の研究所へ戻っていった。

重俊と他の者たちが狐につままれた顔になっていたのは言うまでもない。


◆◇◆◇◆


 黒羽学園理事長室


昨晩三条に端末と水晶を渡した咲宮耶は翌日早朝からここにきていた。

《黒羽学園》東京郊外にあるこの学園は鴉の養成機関を併せ持った教育機関であり、通常の教育の他に鴉としての様々な技術や知識、戦闘訓練を学ぶ政府公認の全寮制の教育機関である。ここの理事長室にある来客用ソファーには黒羽学園理事長・菅原虎哲(すがわらこてつ)と咲宮耶は向き合って座っている。小日向は部屋に入室せず、部屋の外扉の前に立ち控えていた。


「さて、姫巫女どのはどのような用向きでこちらに?」


菅原が鷹揚に答える。

咲宮耶が副局長の立場にあっても扱うことが難しい存在。それが菅原虎哲…。白髪白髭であるものの、齢80を越えているとは思えないほどの立派な体躯をしており、スーツの上から筋骨隆々であることが一目瞭然で解る。元Sランクの鴉で、全盛期には一真の祖父とは龍虎並び立たず、共に北の武神・南の鬼神と称えられるほどの実力者であった。眼光は衰えることはなく、現在は年のこともあって教育者として理事長を務めているが、教壇に立つことも多く今でも現役のAクラス以上の鴉が手ほどきを受けに来る程である。


「お知らせが二つ。と、お願いが一つあってまいりました。まず一つ目は、龍蔵さんはお亡くなりになったそうです」

「そうか、逝ったか…。もう一度、手合わせしたかったのう…。で、死因は?」

「老衰だったそうです」

「年には勝てなんだか…。だが生きていたんだな」

「はい。そして二つ目。その嫡孫が帰国しました。しかも、龍蔵さんの技を受け継いでいると思われます」

「ほう」

「そして、お願いというのが、その男性をこの学園に編入させたいのです」

「ほう?孫と言うことは、例のあの事件の生き残りか…?」

「はい。ご明察の通りです」

「では、嘘偽りなく、詳しく話されよ」

菅原の目には偽ることを許さぬとギラリと咲宮耶を睨む。咲宮耶は戦場に立たされ思いを感じながら、事の次第を時系列事丁寧に説明した。もちろん、三条との企てもである。


「奥までも、たぶらかすつもりか?」

「はい…」

「面白い!儂もその企みに加担してやろう」


菅原は言葉を発しようとする咲宮耶を手で制し、目を瞑り、天を仰ぎ、語る


「まさか、こんな形で龍蔵との約束を果たす日が来るとは、これも天命やもしれぬ。実は儂と龍蔵とは共にお互いを認めておった。時折連絡を取り、未来を語り合った仲でのう。あの日、あの事件の後少し経って龍蔵から最後の文が届いた。そこには、自分に何かあった時は孫を頼む、と。ただその一言。そして消息を絶った。儂は憤慨したものだ。だが、もう亡くなっておるとはな、とても腹立たしい…。じゃが、約束は守る」


「ありがとうございます」

咲宮耶は深々と頭を下げ、詳細の詰め合わせの為、小日向を事務室に残し学園を後にした。


 ◇◆◇◆◇◆


この日の午後、無事検査を終えた一真は大した荷物も持たず、三条と共に黒羽学園まできていた。元々一真は海外でもジプシーのような生活をしており、日本へ戻ってきてからも同じであった。

三条から道中の車の中で、ヤタガラスの歴史、現在の状況、これから行く学園の説明をざっくり受けていて、一応学園での設定はこの年で覚醒しての特別編入らしいので、そのように振る舞うようになっている。学園に到着すると門の前には小日向と学園の職員が待っていた。


「草薙さん、まずは理事長に挨拶をしていただきます」

小日向はそういうと、三条と話しながらさっさと歩いていく。建物に入ると、理事長室にいくまでに、いくつかの教室があり、生徒たちが物珍しそうに一行を見る。理事長室に着くと、そこには理事長の他に学園長と自分が編入される教室の教員の三人が一行を迎えた。


「私は若い頃、龍蔵とは色々と競い合った仲だった。君はこの学園では年齢的に若くはなく疎外感を感じることになると思うが、年を経ってからの覚醒自体そう珍しいことではないので気負わず頑張り給え。教職員で対応できない事があれば、いつでも力を貸すので安心するように」


次いで、学園長と教員の二人と簡単に挨拶をすると、小日向と三条は打ち合わせがあるとの事で、そのまま別れ一真は職員に案内されて寮棟へと向かう。

寮棟は学園の隣に隣接しており、行き来には建物の中から連絡路を通るだけでたどり着ける。

寮棟に着くと応接室で寮長と挨拶し、職員から諸々の規則や生活についての説明を受ける。


そして、一真が滞在することになる部屋へ行くと、部屋には必要な教材、制服、部屋着等、ここでの生活に必要な物が全て用意されていた。


職員が帰ると、部屋の中を隅々まで物色すると、何もかも下着等も本当に必要な物や数が用意されているのに驚いた。

一真は一通り部屋の中を見回したあと、ベッドの上に横たわると一息ついた。


「ふぅ…、なんかバタバタな急展開だったけど。俺、これからどうなるんだ。なんか怖いな…。たしか、明日から半年間、中等部三年に編入だったな。中学3年の子らと同じ教室って、俺おっさんなんだよなぁ、半年後はそのまま進学して高等部で半年過ごすんだったかな。もう不安でしかない…」

緊張が解けたのか、ブツブツ独り言を言い、見知らぬ天井を見ながらうたた寝していった。


一時間程うとうとしていると、扉をノックする音が聞こえる。

起き上がり扉を開ける。すると…そこには一人の男性が立っていた。


「初めまして。僕は中東部3年で神原優弥と言います。草薙さんのこの学園での案内を任されました。よろしくお願いします」


彼はそう言うと、一真に深々と頭を下げる。


・・・次回『学園生活の幕開け』

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