時を超え始まる未来
「闇」は、そこにある
空に、海に、山に、川に、町に…
そして、人の心の中に
「闇」は、すぐそこにある
悠久の歴史の中で、人は『闇』を恐れ、抗い、光を求めた
神話の時代、『闇』は人の心と体を蝕み続けた。また黄泉の国より湧き出る『闇』の瘴気は、生きとし生けるものを禍々しい異形の魑魅魍魎へと変えた。
黄泉の国より来たれり禍津神の使徒達は、魑魅魍魎の軍団を操り、人々に死と恐怖を与え闇に堕としていった。
天津神々は、【瓊瓊杵尊】に天孫降臨をもって黄泉の扉の封印を命じた。しかし、封印は失敗し弟である【饒速日命】と、その腹心である【長髄彦】は闇に堕ち、窮地に立たされる。それを危惧した天津神々次に、知に長けた【神日本磐余彦】をニニギノミコト援護と闇の使徒の征伐に向かわせる。しかし、闇の力は強大で、劣勢を強いられる。
業を煮やした、天津神最高神の一人、【高御産巣日神】は【神日本磐余彦】を助ける為、自らの血と力を授けた八人の鴉を、かの地に遣わした。八人の鴉は神器を手に戦い、闇の使徒達を黄泉の国へ押し戻した。
【神日本磐余彦】後の神武天皇を勝利に導く。
人々は光の到来と歓喜し、時の歴史家はその八人の鴉をこう呼んだ……『八咫鴉』《ヤタガラス》と
戦いの爪痕は至るところに残り『闇』の瘴気を全て塞ぐまでには至らなかった…
それは、人の心の中にも…
闇はいつの世も…常に近くに…
『闇』は、すぐそこにある
◇◆◇
天正10年6月2日 京・本能寺。
深夜。紅蓮に包まれた寺の境内では、幾百もの鎧武者達が数十の魑魅魍魎を取り囲み、血まみれに也ながら戦っている。さらにその奥では、燃え盛る炎に囲まれ、一対の剣戟と混じりあった鈴の音が、激しく響き渡る。
一つは、禍々しい紫のオーラを放つ、大太刀『大蛇』
一つは、柄の中に金色の鈴を仕込んだ、短鈴戟『鈴姫』
大太刀『大蛇』を振るいながら、炎の向こうをちらりと見て男が言う。
「外の手勢は桔梗紋……、光秀か。あの禿げめ!やりおるわ。それに……、人の分際で、信長とここまでやるやるとは、お主もなかなかのものよ」
信長は哄笑し、享楽の如く大太刀を振るう。あたかも舞台の上で舞いを楽しむ様に。
「しかも、この『大蛇』と交えて折れぬとは流石は神器。のう、鈴の巫女鴉。いや、今は雑賀孫市であったな。我を倒す為、女を捨てたか?健気よのぉ」
木材を焼くのとは違う焼け焦げた匂いが、打ち合い火花を散らしながら強さを増していく。
そして、信長が放つ剣撃の一つ一つは、それを受ける孫一の骨と肉を軋ませる。
圧倒的な力の差。孫市が女人だからではない。
まがりなりにも戦国を生き抜いてきた一人の強者である。しかし、その禍々しいオーラを纏った大太刀の一撃一撃は、人の身で立ち向かえぬ事を物語っていた。
「ふっ…。これはどうだ?」
信長は、突然後ろに飛び、大蛇を自身の胸の前で水平にする。紫と黒が混じりあった瘴気を全身から発し、大太刀を伝って幾つもの刃となって孫市を襲う。
(くっ・・・)
放たれた瘴気の刃を、交差した両の手で受ける。腕の手甲は瞬時に浸食し黒ずみ溶かしていく。が、その下の着る、全身を覆う黒き羽織は瘴気を受けても浸食せず、かろうじて防いでいる。しかし、その衝撃は確実に体力を奪っていく。
「ここで負けるわけにはいかない!」
孫一は、袂から白い布袋の塊を、信長と自分を囲うように部屋の四隅に投げる。包みの中からは無数の髪の束が飛散し炎に燃え移る。
すぐさま、印を結んだ左手を額にかざし、右手に持った戟を前後に小刻みに振るう。柄の先端がくるりと回り、白い石の塊が露出すると、強く輝きだす。
チリリリリリ~ン!!
「のうまくさまんだばざらだん!」
チリリリリリ~ン!!
「のうまくさまんだばざらだん!」
激しく響き渡る鈴の音。勢いよく燃え盛る髪の束は、渦を巻き生き物の様にうねりながら、信長の体にまとわりついていく。
「この程度の炎で我を追い詰めたつもりか?こんなもの!」
信長は、さらに漆黒と化した闇のオーラを放ち、炎を散らしていく。
チリリ~~ン!!
「のうまくさまんだ!ばさらだん!っかん!蒼炎縛呪!」
散らされた炎は、蒼白い炎を纏う無数の蛇に姿を変え、信長の全身にまとわりついていく。
「貴様に殺された幾千の魂。その怨念の強さが貴様を逃がしはしない!ここで…、必ず貴様を封じる!!」
孫一は、自分に吹き付ける漆黒のオーラに耐えながら、柄に嵌まった鈴を、何度も、何度も、必死に打ち鳴らす。打ち鳴らす度に蒼い炎が勢いを増し、信長の体を包みこんでいく。
「我を封じるだと? 我を『滅す』のではなく封じる…、か」
その言葉を聞くと、信長はもがくのを止める。何もない空間を見つめ目を閉じ、力無く呟く。
(この『時』の人も…鴉も、まだこの程度か)
目を薄く開け、満身創痍な状態でも目に闘志を残す孫市を見る。
(じゃが…)
「我はこれより、時を超えるとしよう。貴様は生かしておいてやる」
信長は目を閉じ、闇のオーラを大太刀に集める。
(時を? 何を言っている? 戯れ言で謀るつもりか)
孫市は、胸元から白い勾玉を握り、首から繋げた紐を引きちぎる。
「戯れ言に耳は貸さん!この勾玉で貴様を封じる!」
信長に向かって勾玉を投げる。勾玉は頭上で強く光を発し、信長を包み込んでいる蒼炎を照らす。
「ニニギの勾玉か…、またそれを持ち出すか」
信長は勾玉を見ると一瞥した。
「ふんっ!!」キーン!
信長は大蛇を勾玉に向けると、勾玉からつんざく音が発せられ、さらに漆黒のオーラが信長に絡みつく蒼炎の隙間からあふれ出す。その様に反応するよう勾玉が激しく震えだす。
「くっ!勾玉がっ!!もたない」
ピシッ!ピシッ!
勾玉にいくつもの小さな亀裂が走り、渦を巻いていた蒼炎が弱まっていく。
(力が、違い過ぎる…。しかし!負けてなる者か!!)
孫市は、渾身の力で『鈴姫』を床に突きつける。
勢いよく床を打ち抜き地面にまで突き刺さると、鈴の音が一段と大きく響き渡る。
その音は波となり、大太刀から発せられる音と激しくぶつかり合う。しかあい、その衝撃で勾玉は砕け散り、信長を包み込んでいた蒼炎が霧散する。その恐ろしく不快な音は二人の周りだけでなく、寺を囲む者達にまで届く。
◇
外では、今も禍々しい瘴気と火炎が入り交じる中を、魑魅魍魎と鎧武者達が激しく闘っている。
魑魅魍魎たる異形の者達は、人である鎧武者達より強く強靭であるが、鎧武者達も互いに連携し、数の多さで上手く立ち回っている。
それを馬上から巧みに指揮を取ってる武将の耳にも、寺の中から発せられる不快な音が届く。
耳を手で覆いながらも、一瞬動きの止まってしまった鎧武者達に激を飛ばす。
「怯むな!皆のもの!動きを止めてはならん!魑魅魍魎の餌食ぞっ!火だ、火を絶やすな!火は瘴気を防ぐ!火矢も絶やさず射続けるのじゃ!闇に蝕まれた者は直ちに後ろへ下がらせ篝火の元に集めろ」
(蝕まれる者が多すぎる。魑魅魍魎どもに近づくだけで蝕まれる。我々の鎧では瘴気を防ぐことは出来ぬ。火で弱らせる事は出来ても…いつまでも持たぬぞ)
「光秀様!ここは危のうございます。後ろにお下がり下さい!」
「何を言うか!中では女御1人が押し通しておるのだそ!」
「申し訳ごさいません。しかし…。あの、あの禍々しい場所で、お秀殿は何故闇に蝕まれずにおれるのでしょうか?」
「帝が仰せであった…。お秀が着ておった黒い羽織。あれは、鴉羽織と言うそうな。特異な力持つ者があれを着れば、闇に蝕まれるのを防いでくれると言う。そして、その鴉羽織を纏い闇と闘う者達を『八咫鴉』と呼ぶそうじゃ」
光秀はうつむきながら唇を噛みしめる
(すまぬ。闇の権化となった信長を封じる事が出来るのは、お秀、お主しかおらぬ…)
心の中で呟く…
燃え盛る炎を睨みながら手綱を持つ手が強く握りしめられる。
「皆の者!よく聞け!ここが正念場ぞっ!闇の輩を一匹たりとも、この場より外に出してはならん。都に放してはならんぞ!」
(我らにはこの寺を塞ぐ事しか出来ぬ。頼むぞ、帝もこの日の本の行く末もそなたにかかっておる)
◇
満身創痍
先ほどの渾身の一撃は、孫一最大の抵抗であった。
砕け散った勾玉の破片で全身は血みどろに、烏羽織もボロボロで体中至る所が闇に蝕まれ、絶望と屈辱が体を覆っていた。
そんな孫一に、無傷の信長は嘲笑する。
「善き余興であった。勾玉を出した時は興ざめであったが、なかなかに楽しませてもろうた」
信長の背後の闇が、突如縦に裂けて口を開ける。
「とどめは刺さぬ。其方は残りの余生を使い、来世にて我を滅す為の力を育てるがよい」
言葉なく俯いている孫一を信長は少し見つめる。おもむろに表情を変えぬままマントを翻す
「では、さらばじゃ」
裂け目に近づくと、体ごと空間がグニャリと歪み飲み込んでいく。
(くっ。皆、済まぬ)
孫市が諦めかけた・・・その時!
〈〈〈 リリーンッ!リリーーーンッ! 〉〉〉
(頭に響く、この音は鈴?鈴姫のではない?)
〈〈〈 飛び込め! 〉〉〉
(?!)
その声が頭に響くと同時に孫市は咄嗟に反応していた。最後の力を振り絞って、その閉じかけている裂け目に飛び込んでいった。
裂け目は孫一を飲み込むと、一瞬にして何も無かったかの如く閉じた。
そして、残されたその場には…
(チリ~…ン………)
床を抜き、地に突き刺さったまま、主を無くした『鈴姫』が…小さく…とても小さく、鈴を鳴らした。
崩れ落ちる火炎の轟音は、その小さな囁きを容赦なく打ち消していく
次回、『山中にて紹介』
・・・主人公未だ登場せず。おじさんの独り言が始まる・・・
皆さんはじめまして。書きたいことは山ほどあるのですが、なかなか文章に、形にするのは難しいです。でも、子供の頃から物語を考えるのが、空想するのが大好きでした。その夢を一度は形にしたく投稿することにしました。誤字脱字、乱文は私の脳がおかしな方向に成長したからかもしれません。非才の身で大変未熟者ではありますが。頑張って表現してまいりますので、暖かい心で読んで頂ければ幸いです。