決闘!ヒロイン(乙女ゲー)VS攻略対象者(エロゲー)
いつも通り設定はふわふわです
今世の姉上曰く、ここは乙女ゲームの世界らしい。
「信じてもらえないだろうけれど……」
と前置きされたものの、流石に夏の暑さで頭がやられたのかと思った。
まず、前提がおかしい。
詳しく聞くと、今から10年後、王都にある学園が乙女ゲームの舞台となるらしい。
そこで見目麗しく高位の令息達と低位の令嬢がロマンスの花を咲かせる。
年齢制限はないけれど、ちょっぴり大人向けのゲームだったとの事。
ロマンス云々はまあ良い。
俺だってハーレムモノ好きだったし、理解は出来る。
だが姉上よ、俺が引っかかっているのはそこじゃないんだ。
何故に今の時間軸よりも未来の話が前世で乙女ゲームとして発売されているんだって事だ。
姉上はあまり気にしていないようだが、その前提だと世界を超えて未来予知出来る超能力者が、前世でその乙女ゲームを作った会社に在籍していた事になる。
しかもチームの割と中核に。
個人的にはプランナーかチーフライターあたりが怪しいと思う。
更にそこに目を瞑ったとしてだ、そうなると俺達はただ転生したのではなく、もしかしたら魂だけタイムトラベルして転生した可能性も出てきてしまうのだが気づいているのだろうか。
よしんばそれらに気づかなかった事にするとしても、予知だろうがトラベルだろうが、タイムパラドックスとかそこら辺どうなっているの、と突っ込みたいのだが……姉上の様子を見る限り、
「知るかバカ」
と頭を叩かれるだけになりそうなので口は噤んでおこうと思う。
そんな葛藤する俺の顔を見て前世云々の話を信じてもらえなかったと判断したらしい姉上は、
「忘れて」
とだけ言って、お昼のお稽古へ向かってしまった。
生まれた時から知っているが、姉上はこう言うところがある。
少しは自己完結せずに俺の言葉を待って欲しい。
さて、脳内に妄想で生み出した観衆の皆様。
これまでの俺の思考運動でわかってもらえたかと思うが、俺は日本人としての記憶をそこそこ鮮明に覚えている転生者だ。
死因や前世の名前も憶えているが割愛する、今世には関係のない事柄だしな。
さて、何故か前世の記憶を持ったままこの魔法世界に転生してしまった俺だが、何の因果か創作物でお馴染みのチート能力を宿している。
その能力とはずばり、≪催眠≫!
なろうに馴染みはなくとも、エロゲマイスターの諸兄にだったら説明は要らないだろう。
5円玉とか舞台の上で行うインチキ臭いパフォーマンスを思い浮かべてしまった、エロゲを知らない純粋な方々にご説明申し上げると、端的に言ってその人の意思や価値観、本能、生理現象などを際限なく自由に操れる一時期最強キャラ議論にも名前が上がっていたほどの超絶チート能力だ。
さらに創作物の記号として言えば、伏線やストーリー本線のために設定している事の多いチート能力とは一線を画す《超絶便利な舞台装置》ともとらえる事が出来る。
個人の感想だが、所謂、《その時不思議な事が起こった》と大体同質の定義が出来てしまう能力でもある。
まぁ《催眠》は主人公の任意で欲望のまま起こせる分凶悪ではあるのだけれども。
詳細はゲームの性質上、多少下品になってしまうので各自調べてもらいたいが、その中でも例をあげるとするならば、
“全くその気のない不良グループのリーダーの男性を女性に変えた”
事だろう。
TSを想像してしまった方は是非ともそのままの君でいて欲しい。
ちなみに俺の《催眠》の発動条件だが、かけたい内容を頭に思い浮かべて、相手の視界に入るだけでかかる手軽仕様だ!
射程=測定不能
限界=たぶんなし
制限=見当たらない
のエロゲ特有のガバガバさだった。
自己評価で申し訳ないが、虫を含む動物にも効いたから割と真面目に無血で世界征服出来るレベルのチートだと思うぞ!!
……この力を自覚した途端、俺は思ったね。
制限無しの絶対尊守の力とかバレたら迫害されてキャンプファイヤー(意味深)だって。
確かに俺は前世で辱ゲー好きなエロゲマイスターだった。
催眠モノだって痴漢ものだって大好物だったさ。
でもそれはあくまで創作物の中だけの話だ。
何が起ころうとも舞台が二次元である限り、そこに被害者は存在しない。
寧ろ期待値マックスで糞シナリオ掴まされた時は……いやこれは脱線になるのでやめておこう。
単に、想像の世界と現実の世界は違うものってだけのことだ。
成人向けを嗜む変態紳士諸君ならば、それは太陽が東から昇るくらい当たり前の事だろう。
それにしても5歳にして早々にこのヤバイ能力を把握できたのは不幸中の幸いだった。
死にたくないから、緊急に迫られない限りはこの力は封印しようと思う。
普通が1番。
何事も波風立てず急がず焦らず今世も歩んでいこうと思う俺なのであった、まる。
……姉上の事も気になるけれど、
俺の前世に関して話すかどうかは後でゆっくり決めようと思う。
□■□
──姉上がこの世界の事を教えてくれてから10年。
攻略対象らしい俺は、とりま公爵家の嫡男として平和に暮らしている。
……嘘だ。
多少家族関係で問題を抱えている。
まずは両親。
端的に言えば、俺が跡取りとしての勉強をほったらかして趣味に生きているのが原因でうまくいっていない。
現在では学園を卒業するまでという期限を設けられ好きにさせてもらっている。
次に姉上。
結局、俺が転生者であると告げないまま10年が経過してしまった。
そして姉上曰く、乙女ゲームが始まってから1か月が経過している現在、あれほど回避しようとしていた悪役令嬢ポジに自分から収まってしまっている。
ヒロインの名前はローラ。
ピンクブロンドで欠損や病魔すら魔法で治療出来てしまう稀有な神聖魔法の使い手で、例に漏れず、元庶民の男爵令嬢。
ローラとは俺も交流があるが、普通のお嬢さんだった。
容姿は二次元に慣れ親しんだ俺であっても非常に優れていると断言できるレベルであり、貴族の中にあってもその愛らしさは頭1つ以上抜けている。
とても少し前まで美にお金をかけることが出来ない平民だったとは思えない。
でも彼女の行動にはやはり庶民らしさを感じる。
仕方のない事だがマナーは付け焼刃。
人との距離感も近い。
人々が平等だと信じている。
といったところか。
正直、危なっかしい。
そのため姉上の婚約者である第一王子を含む、王家に近しい俺たちが彼女に何かと世話を焼いている。
ただそれだけで姉上だけでなく、貴族の女性たちが憤ってしまうのだから顔が良いっていうのも考えものだ……
……
……おや?
憤っているのはみんなの婚約者たちだったような?
婚約者などに割く時間が惜しかった俺にはそんな人いないけど。
……
まぁそれでも別にやましい事をしているわけでな……
……
……んん?
婚約者以外の人間と2人きりは流石にやばいのでは?
いやいやいやいや、ちゃんと人目のあるところであ
……ってないね。
ちょっと前に姉上を含む令嬢たちが徒党を組んで、まだ貴族生活にも馴れていないローラを囲んで彼女を糾弾していた。
それから人目のあるところで世話を焼くのは危ないのではって事になったんだった。
その場はギリギリでローラに実害は出なかったものの、このままだとどんどんエスカレートしていくのは火を見るより明らか……
……
あ、囲んで糾弾してたのは姉上じゃない。
姉上曰く、攻略対象で護衛騎士見習いのゲイルの婚約者だ。
……
……およ?
……いやいやいや、きっと姉上がゲイルの婚約者に命令して……
間違っている事には自ら突貫していくあの姉上が?
……
おかしくない?
ねぇ……おかしくない?
それに日頃心の声お漏らしガールしていた姉上曰く、最悪断頭台で処刑されるんでしょ?
姉上はそれを怖がって頑張って努力……し……て……
「頭痛てぇ……」
いきなりの鈍痛に椅子にもたれ掛かる。
今世は偏頭痛持ちじゃないはずなんだけど……
姉上たちは……婚約者を取られたくなくてローラを……
……それって普通じゃね?
で、でも政略結婚……
頭痛が酷くなる。
もう立っても居られない。
俺は何とか鏡の前まで這いずっていく。
何かはわからないけどこれは原因不明の状態異常だ。
なら≪催眠≫で駆逐してやる。
大丈夫、ウィルスにも効いたんだ。
きっと治る……ッ!
俺は鏡の前に向かって自分自身に命令する。
「状態異常を……解除……しろッ!!」
途端、身体が軽くなり、すぐにやってきた睡魔によって俺の意識はブラックアウトしていった。
□■□
俺はメイドたちの制止も聞かず、姉上の部屋の扉を蹴破った。
「な、何事ッ?!」
まだ髪もボサボサでネグリジェを着ている姉上の肩を掴んで揺する。
「今はどの段階ですかッ!!?」
「はッ?!」
「どの段階なのかと聞いているです、姉上ッ!!」
姉上は俺の腹に一撃食らわせておとなしくさせると、人払いをして話し合いの場を整えてくれた。
「……つまり、昔話した乙女ゲームの話を信じたのね?」
「……ぁい」
「あんな普通に考えたらトチ狂った話を覚えていたのもびっくりしたけれど……
それよりもあんた、私の事嫌ってるんじゃないの?」
「ぼ、没交渉だっただけです」
「そう言われれば確かにそうね。
あんたは絵ばっかり描いてたもんね」
姉上は続けて、私も回避するために必死だったし、と小声でつぶやく。
姉上よ、小声って案外相手の耳に届いているもんなんですが。
そのあとに続いた乙女ゲームの話をまとめると、現在はストーリー序盤だという。
1週間後に予定されている課外学習で姉上とローラが直接対決をする事でロマンスが加速していくそうだ。
「対決ったって、単にマナーの悪さを公然の場で指摘するだけだけれど」
「姉上はまだ何もしかけていないのですね?」
「アンヌが私の名前でも出したんでしょ?
……ホント、自分の不始末は自分で拭ってもらいたいものだわ」
アンヌとはゲイルの婚約者の名前だ。
どうやら俺の記憶はちゃんと元に戻りつつあるらしい。
自分に催眠をかけて自己診断したところ、俺は《魅了》されていたようだ。
ローラに対して無条件で好意的になり、都合の良い形での記憶改ざん……いやそこまでの物じゃないな、どちらかと言えば思い込みが激しくなっていたようだ。
分かりやすい対立構造を脳内で勝手に構築するのもその1つだ。
今回の場合は平民と貴族だろうか。
平民代表がローラで貴族代表が慈愛の乙女ともいわれていた令嬢の鏡である姉上。
「……信じられないのね、グエン。
ゲームの強制力があるだろうから仕方がないのだろうけれど」
思考の海に浸っていた俺の名を呼び、諦観の眼差しを向けてくる姉上。
俺はイラついた。
「俺が少し沈黙していたからって、勝手に決めつけないでもらえますか?」
「……突然何?」
「姉上はいつもそうだ、俺が口を開かず思案していると勝手に俺がどう思っているのか、慮って自己完結してしまう。
俺はあんたと違って頭が良くないんだよ、考えるのに時間が必要なんだ」
「……グエンって現実だと興奮すると口調が荒くなるのね」
姉上の口から現実感がない乾いた笑いが零れる。
「良い事グエン、貴方が信じようと信じなかろうとこの世界には強制力があるわ。
殿下は私を愛してくれなかったし、私は殿下を愛してしまった。
ヒロインは愛らしく。
子息のみんなはあの美貌に好意を持って。
令嬢のみんなはあの美貌を嫌悪している。
それでいてイベントはゲームと違わずしっかり起こる。
前世じゃ悪役令嬢ものが流行っていてざまぁな展開も多かったけれど、初めて分かった。
現実じゃあ、責任って名前の悪魔が勝手に降り注いで来るの。
ざまぁものみたいにヒロインが私を嵌める必要すらない。
エンディングになったら悪魔たちが一斉に私を捕まえに来るわ」
「それは……俺たちがローラの傍から離れても変わらないって事ですか?」
「下に恐ろしきは人の嫉妬。
殿下たちが抑止力として働いているのは事実なのよ。
貴族社会な上、男尊女卑のこの世界でローラがどうなるのか想像もしたくない」
俺がローラと直接話したことがあるのか姉上に尋ねてみると、彼女は首を横に振った。
「話せるわけないじゃない」
「殿下とは?」
「ローラが来てから?
ないわ。
何故か予定が合わないの……。
ローラのせいかと思ったけれど違った。
ただ学業と公務のせいで時間が合わなくなっただけだった。
でもみんなローラのせいっていうのよ?
フフ、こういうところも強制力じみている気がしない?
ねぇ……グエン」
「なんですか?」
「私、おかしいと思う?」
「……さぁ?」
「やっぱりグエンって、原作と同じでどこか冷たいわね」
「精神的に疲れているとは思うので、少し学校を休んでみてはいかがです?」
「それでちょっぴり優しい……」
「精神をやられると完治が難しいと聞きますので、ちゃんと養生してください。
学校は……どうにかします」
「フフ、腕っぷしで私に勝てない貴方が?」
「風邪って事にしておきますのでとにかく休んでください。
……昔の同僚を思い出す」
「今何か言った……?」
俺は姉上をベッドまで運んで、ゆっくりとベッドに寝かせた。
「もっと早く……貴方と交流を持つべきだったかな」
「今からでも遅くないですよ」
俺は《催眠》を姉上にかける。
彼女の瞳からハイライトがさよなライオンした。
「いいえ」
姉上は否定する。
どうやら《魅了》にはかかっていないらしい。
「そうですか。
誰かが起こしに来るまでゆっくりおやすみなさい」
そのまま彼女は夢の世界へと旅立った。
あまり使いたくはなかったけれど、緊急事態って事で良しとしよう。
□■□
とりあえず前世の乙女ゲーム製作チームに超能力者がいた事は濃厚のようだ。
姉上は強制力云々言っていたが、それらは家族関係を含む背景や本人を取り巻く状況が一致しているに過ぎない。
要するに強制力なんて占い師に見てもらったら当たっていた程度の気のせいだ。
それを証明できる証拠もある。
まず姉上の婚約者である殿下だが、実のところ姉上にちゃんと異性として好意を持っている。
ただ、中二病も同時に患っているので姉上を前に格好つけようとした結果、面白いくらいにこじれてしまったというわけだ。
次に俺か。
これは言わずもがなだ。
きっと俺は原作のゲームでも絵を描いていたのだろう。
そこは合っているがきっと描いているものが違う。
他にもあるがまぁ良いだろう。
しかし、強制力云々は気のせいにしても、ここまで正確に異世界の未来予測を行えるって……あの魔法もない別世界の日本の小さなゲーム制作会社にどんなやばい人間が居たんだろうか。
……話がそれるし結論も出ないからこれ以上考えても仕方ないか。
まずは学園の状況確認で情報集めをしないと……。
□■□
あかん。
姉上の言っている事がわかった。
令嬢たちの空気感がやべぇ。
それも直接ローラと接していない令嬢達の嫉妬心がやばい。
直接だとローラの《魅了》によって少しずつ好意的になっていくようなのがまた、漫画的展開を彷彿とさせる。
きっと姉上に告げ口している面々は人を使う側……必然的に高位貴族側だな。
確かに、ゲーム同様婚約破棄騒動が起きたら姉上曰く、責任って悪魔が姉上や攻略対象者の婚約者たちに降り注ぐだろうな。
責任のなすりつけとか……貴族ってコエー。
俺たちの《魅了》の進行具合は思ったよりも軽症のようだ。
若干1名、《魅了》と彼女自身の美貌によって心の奥底にある浮気心をくすぐられた人間がいたが、何か行動を起こしたわけではないので問題ないだろう。
殿下や宰相候補のウィリアムは心のシーソーゲームをしている段階だった。
殿下はまだ良いが、ウィリアムのシーソーの揺れ幅が少し大きすぎる。
聞けば婚約者は貴族を履き違えるような発言が多いそうだ。
元々、性格的相性も良くないんだろうな。
とはいえ、そこは2人の頑張りに寄るところが大きいので勝手に頑張ってもらうとして。
とりあえずは、やはり現段階では何も起こっていない。
《魅了》は俺たち攻略対象者の分は気づかれることなく解いて回った。
ここがロマンス溢れる色恋沙汰に発展したら今後の国政に影響が出まくるからだ。
攻略対象者と言われる人間以外の分は……まだ迷っている。
《魅了》はローラにとって矛であり盾だ。
あの容姿でしかも平民でこれまで無事だったのは絶対そういうことだ。
どうするかはローラと直接話した後でも問題ないだろう。
殿下には、姉上に対して少し素直に好意を示すように助言して見舞いに行かせ、今日のローラの当番を変わった。
当番と言っているが、簡単に言えば誰が勉強を見るかという話なだけだ。
「そうですか……婚約者さんのお見舞いに……」
殿下の事を話すとローラは少し悲しそうな顔をした。
殿下に会えないのが悲しいんだろうか。
「あの……グエン様、変な事を聞くんですけれど、婚約者さんって……将来結婚する相手の事ですよね?」
目が点になる。
「そ、そうですね」
「グエン様やゲイル様、ウィリアム様にもいるんですか?」
「俺はいませんけど、ゲイルとウィリアムにはいますね」
「そうなんですね……」
ローラはそういって考え込む。
そういえば俺はいないからあれだけれど、みんな婚約者の名前はほとんど出さない。
貴族内では誰と誰が婚約している等は割と有名な話だから、普段は皆察して行動したりする。
……あれ?
もしかしてローラってこのことを知らなかったのだろうか?
思案のゆりかごに揺られていると彼女の口から爆弾が聞こえてくる。
「婚約者って恋人……?
でもゲームのライバルってだけで恋人じゃないよね?
恋人とっちゃうとかちょっとヤだけど……どうせ夢だし、いっか」
「……ローラ嬢?」
「あっ、なんでもないです、えへへ」
ローラ嬢は120点の笑顔で笑って誤魔化した。
心の声お漏らしガールがここにもいたようだ。
□■□
家に戻るとひと悶着あった。
姉上と殿下が痴情のもつれで喧嘩していたのだ。
めんどくさくなったので、近場にあった法律全書で2人をぶん殴って大人しくさせた。
ついでに、
「お互い素直になりやがれッ!!」
と叫んでドアに板を釘付けして2人を閉じ込めた。
メイドたちに親父たちが開けるまで姉上の部屋の開放厳禁を言い渡して自分の部屋に入る。
とりあえず落ち着こう。
まずは今日わかったものを整理しよう。
ローラ。
あのあともゲームの事を口走っていたし、彼女は姉上と同じく転生者ってことで良いだろう。
《魅了》の能力も自覚は無いようだ。
ただ、そのことが裏目に出ている。
そりゃそうだ、《魅了》のおかげで自分に都合が良い方向へばかり人生が転がっているんだから。
ある意味、昔から人たらしとしては有名だっただろうな。
あそこまで悪意に鈍感で純粋培養された人間見たことない。
さらにローラは自分が転生した自覚がない。
下手すると前世で死んだ記憶もないんだろう。
なにせ彼女曰く、この世界は『彼女の夢』だそうだ。
ローラが目覚めればこの世界は消えるって?
どこのくとぅるふだよッ!!
ただ、残念ながらその欠点も《魅了》のせいだったりする。
辛い事がほとんど起こらないから現実味も薄いんだろう。
ローラのこの世界での母親が少し前に死んだらしいが、その母親の事を彼女は優しいおばさん扱いしていた。
彼女のそのお漏らしを聞いた時は愕然としたよ。
この時点で彼女に対する理詰め説得の目は消えた。
酷な事だけど、どんな形であれ彼女に現実を突きつけなければいけない。
俺はベッドに腰を下ろしながら独り言ちる。
「見捨ててしまえば楽なんだろうけれど……」
彼女を止める最短距離は《魅了》を使用不能にすることだ。
だが、俺には出来ない。
使用不能にすれば遠くない未来、ローラに辱ゲー展開の嵐が降り注ぐ事だろう。
残念ながらこの世界は日本ほど平和じゃない、荒唐無稽でもなんでもなく十分にあり得てしまう。
ましてや彼女の地位は元平民で下級貴族の娘。
良くて爵位的には分不相応の高位の悪い貴族に見染められて……。
どちらにしろ最後は暗い地下室でボ〇腹エンドか。
それらを全て防いでいた力こそが《魅了》だ。
そう、俺の《催眠》と似て非なるチート能力。
ふと、机の上においてあるモノに目が行く。
「おいグエンッ!!
どういうことか説明しろッ!!」
俺は突然入ってきた親父に引きずられながら、たった1つの冴えたやり方を見つけた。
そうだ、ローラの価値観をひっくり返してやるッ!!
「黙ってないで、なんで殿下を閉じ込めるなんて暴挙に出たんだグエンッ?!
答えろッ!!」
親父に頭に拳骨を落とされながらも、俺は決意を固めたのだった。
□■□
殿下が青春ボンバーを決めて俺が親父の雷を落とされた翌日の放課後、俺はローラを人気のない教室へと呼びだしていた。
「グエン様……?」
扉を開けて入ってきたローラに俺は振り向く。
「やぁ……ローラ。
早速で悪いが、前振りは省こう」
俺はデュエルディスクをローラの足許に転がした。
少し驚いたローラだったが、自然な動作でデュエルディスクを腕に嵌めると中に納まっていたカードを確認する。
「夢だけあって脈略なんてあってないようなものなんですね」
「夢、か……」
「だって乙女ゲームの世界にこんなものあるわけないじゃないですか」
クスクスと邪気なく笑うローラ。
「妙に長い夢で私も飽きてきたんです、グエン様や殿下はカッコ良くて話していてドキドキするけれどそれだけ。
誰も私の話に乗ってくれない。
学校の話
流行ファッションの話
テレビの話
ユーチューバーの話
ゲームの話
アニメの話
誰も
誰も何も答えてくれないんです
知らないって
何それって……
夢なのに
私の夢なのに……
でもやっと話せる人を見つけました
グエン様、ひどいです」
純粋だと思っていたローラから底の見えない怨嗟が沸き立つ。
「転生したなんて普通の人間は信じない」
「そういう設定なんですね
良く読んでました
じゃあこれも知識チートして作ったんですね
魔法がある世界なんだからもっと他にあるでしょうに
でも少し、グエン様の気持ちわかります
私もそうだったら同じことをします」
「初心者じゃあ、ないんだな?」
「そのやり取りも懐かしい……
やりましょう、グエン様
夢の中なら……勝てるはず」
「……あぁ、もう言葉はいらない」
「「決闘ッ!!」」
□■□
エロゲマイスターが裏の顔なら俺の表の顔はデュエリストだった。
デジタルが主流になる過渡期にいて、アナログにこだわっていたカードゲームプレーヤーが俺だ。
この世界で絵の才能を持って生まれた俺はその才能を使って心血注いでカードゲームを再現していた。
デュエルディスクは知り合いの工房に頼んで作ってもらった。
魔法学と技術としての下地はあったらしくデュエルディスクは呆気なく出来た。
工房の人間に何に使うのか聞かれて答えたら、ヤベー奴のレッテルを張られた。
兵器を作るよりはいいだろうと言ったら変な奴呼ばわりされた。
でも後悔はしていない。
一対のデュエルディスクと構成デッキ2種類分のカード(自作)。
絵の再現度は細かなところを覚えていなくていまいちだけど、効果や名前はそのままに。
あと3年あるがデッキ1種類分くらいは描けるだろうか。
出来れば2種類分くらいは描きたいところだ。
これが俺のたった1つ冴えたやり方。
デュエルでヒロイン、ローラを負かす。
血も流れない平和な方法でここを夢だと宣うローラに現実を突きつける。
《催眠》マシマシでホビーアニメ張りの幻影を見せながら。
……と思っていた頃が俺にもありました。
実際やってみると、カードゲームやばい。
自分にも《催眠》をかけちゃったものだから、熱血度が増しにマシマシになっていたらしく指がペッキリ折れた。
あっちも何故か腕がポッキリ折れた。
ついでに俺の額から炎のVが出たりドローするときに教室の床にひびが入ったりした。
そして一番の誤算がローラがめっちゃ強かった事だ。
彼女に渡したデッキは八百長なしでしっかり組んであるが、どうせ格好つけているだけでカードゲームのカの字も知らないずぶの素人だと思っていたら、普通に強かった。
でも何とか切り札召喚してギリギリ試合で10戦10勝!!
八百長なし!!
俺えらい!!
ローラは大の字で床にあおむけで転がっている。
《催眠》はゲームが終わった瞬間に切れている。
「……生きてるか?」
カードゲームが終わったあとにかける言葉じゃないけれど、制服がボロボロで腕まで折って満身創痍の人間にかける言葉としては妥当だろう。
……どうしてこうなった。
「ここは夢じゃないんですね……」
「あぁ、現実だ」
「へへ……腕すっごい痛いですもん」
「俺も痛い
でも、良い勝負だった」
「私だって案外やるもんでしょう?」
「想像以上にな」
「ここ……どこなんですか?」
「魔法がある異世界だ。
乙女ゲームの世界かどうかは要検証」
「私……どうなったんです?」
「知らん……でも、日本で死んだのは確定だろう」
「そっか……」
ローラが折れていない腕で目元を隠すと、涙が床に落ちていく。
「グスッ
……お父さんッ
お母さん……ッ」
子供のような泣き声は徐々に大きくなる。
彼女が生まれてから16年目の春、やっと前世の彼女は自分が死んだ事を受け入れた。
□■□
後日談。
本人の希望でローラの《魅了》は封印した。
自分で制御も出来ないそんな力持ちたくないとの事だった。
その代わり俺がずっと彼女を守ると約束する。
一種の政略結婚を結ぶ形になる。
たぶん白い結婚になると思う。
ローラにも好みがあるだろうし、彼女を守れる奴が出てきたらそいつに譲るつもりだ。
他にも彼女の容姿を十人並みに認識阻害させることにした。
これで無用な諍いは起こらないはずだ。
その証拠に、姉上曰く、ローラの存在は令嬢の中で注視されなくなったようだ。
出る杭が打たれるなら引っ込めれば良いじゃない理論である。
以上に伴い、親父達や姉上には俺の事を説明した。
チート能力は姉上に羨ましがられたが、俺は彼女自身の記憶力こそがチート能力なんじゃないかと指摘した。
乙女ゲームの事を書き留めたノートを見せてもらったが常軌を逸している。
なんで序盤から終盤まで一言一句漏らさず台詞が書き込んであるんだよ。
参考資料なしとか頭おかしいってレベルじゃねぇぞ。
でも姉上は自分の能力が地味だという。
うるせぇハゲ!
と言ったら殴られた、解せぬ。
そんな話し合いが終わって数週間後の今日。
学園の裏庭で、
「ウィルヘルム、負けるなぁッ!!」
「サマンサ、やっちゃいなさいッ!!」
件のデュエルディスクで何故かウィルヘルムとサマンサが婚約解消をかけてデュエルすることになった。
やはり性格が合わないとウィルヘルムが婚約者のサマンサに解消を願い出たところツンデレからヤンデレにバージョンアップした彼女が暴走。
殿下の提案で諍いを平定するためにデュエルディスクを貸し出すことになった。
ウィルヘルムが勝ったら円満解消。
サマンサが勝ったら婚約継続。
そんな約束で。
どうにも俺とローラのデュエルを学園のみんなが見ていたらしい。
で、ルールは知らないけれど10戦もあれば何となく理解して、2人で白熱していたカードゲームはあれよあれよと有名になっていった。
今回もギャラリーがたくさんいる。
「なぁグエン」
「なんです、殿下?」
「あれくれないか?」
殿下がデュエルディスクを指さす。
「嫌ですよ。
あれはおれの魂のデッキですから」
「魂2つあるじゃないか」
「1つはローラにあげたんで」
「屁理屈だぁ」
そう言いながら殿下が姉上に抱き着いた。
イチャラブするのは結構だが、弟のいないところでやってくれないかな?
呆れているとローラが腕を絡めてきた。
「グエン様は何であのデッキを選んだんです?
ほかにもいろんなデッキあったでしょう?」
「1番長く使っていたからですかね」
「2つとも?」
「もう1つはラストバトルで相手が使ってたものですよ。
印象に残ったんでしょうね」
「ラストバトル……」
ローラが俺にさらに身体を寄せてくる。
近い近い近いッ。
「グエン様は運命を信じますか?」
少し頬を赤らめながらそう言うローラの真意を知るのは俺が彼女と初夜を迎える時だった。
一言言いたい。
世間狭すぎ。
END
お読みいただきありがとうございました
アリ*:・(*-ω人)・:*ガト
乙女ゲーとエロゲーが戦ったらカードゲームが勝ちました。
以下、登場人物紹介
■グエン■
公爵家嫡男で転生者。
乙女ゲームでは芸術家肌の無口クーデレ枠担当。
前世エロゲーマイスター&デュエリストのオタク世界どっぷり人間。
中年期に末期がんで病死。
入院中も昼間は他の患者とデュエルを楽しみ夜には布団にもぐってエロゲをこなす筋金入り。
転生後自身のチート能力と絵の才能を自覚して静かに暴走する。
血が苦手な平和主義者で博愛主義者(自称)。
■ローラ■
現男爵家当主の駆け落ちした兄の娘で転生者。
オート魅了能力によって人生イージーモード。
でも前世に囚われ過ぎて自分が死んだ事を自覚せず、現世を夢だと思い込んでいた。
前世は、前世のグエンとラストバトルをした女の子(10歳くらい)。
ずっと入院生活でそんな中カードゲームを教えてくれた前世のグエンになついていた。
前世のグエンと同じ日に亡くなっているためか、現世ではグエンとは同い年。
■姉上(名前出ず)■
公爵家長女で王子の婚約者。
猪突猛進&心の声お漏らしガール。
断頭台回避のため頑張った結果、ゲームよりスペックの高い悪役令嬢になってしまった。
そのため、清濁併せ呑むことが出来ずに敵が多い。
が、政敵の情報操作虚しく王子とアバンチュールしてラブラブになり、王子と一緒に盤石な治世を敷く。
実はチート能力である瞬間記憶能力の持ち主だが、他2人と比べて地味すぎると愚痴を漏らしている。
メインはこんな感じ。
ちなみにウィルヘルムとサマンサはお互いの気持ちをぶつけあった魂のデュエルの結果、無事おしどり夫婦となりました。