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暴食の悪魔

 僕は、どうなったんだろう。

 霞掛かったように、朧げな意識の中に、僕は浮かんでいた。ふわふわとした夢心地のような、黒い沼の中。まるで生き物の胎動のようなものに身を委ねる。心地良くて、そのまま眠ってしまえそうな気分。


 ああ、そうだ、なんだかとても、気分が良い。









 変質した少年に、アズールは杖を向ける。


「正体を現したかっ! 悪魔がっ!」


 アズールは叫ぶ。その胸中を埋め尽くすのは焦りだ。

 アズールの持つ杖は、天使からの祝福を受けた聖杖だ。その効力は、悪魔に対抗する属性の付与。聖属性の炎は、凡ゆる悪魔を焼き尽くし、浄化する。

 確かに、目の前の少年の息の根を止めた筈だった。

 なのに、これはなんだ。

 少年の身体は変質し、わかりやすい程に悪魔的だ。

 アズールは魔法を発動する。煌めく炎が、ペーターに向けて放たれる。

 ゆらゆらと揺れながら、ペーターは顔を上げた。

 真っ赤な複眼が、アズールを捉えた。


「————」


 ペーターが口を開ける。

 そこに並ぶのは、最早人間の歯並びではない。不揃いな、しかし鋭い牙が、真っ赤な口腔を埋め尽くしている。

 そして、ペーターは口を閉じた。

 瞬間、アズールの魔法が消失した。


「な、にが……」


 まるでわからない。何が起きたのか、わからない。

 ペーターはもごもごと何かを咀嚼するように口元を動かし、ごくりと咽喉を鳴らした。


「まずい。最悪だ。最低な食感だ。クソを食わされたような気分だ」


 地の底から響くような低い声は、どこか少年らしさを残していて、不快感を与えてくる。

 

「ああ……しかし、腹が減った」


 腹を押さえ、天を仰ぐ。


「貴様ァァァァァァァァァァァアッ!」


 アズールは耐えられない。その不快感はまるで、全身を羽虫が這い回るかのような悍ましさに似ている。思わず全身を掻きむしり、魔法を乱打する。その一つ一つが必殺で、例え悪魔だろうと魔物だろうと問題なく殺害することが出来る。

 ペーターは動かない。

 同じ様に口を開け、貪るだけだ。


「————ッ」

「まずい。なんだそれ、妙なものが付与されているな。その杖か?」


 ペーターが口を開く。

 閉じる。

 アズールの持つ杖が、その腕ごと消失した。前腕を失ったアズールはその状況が理解出来ない。

 一瞬遅れ、焼け付くような痛みに悲鳴を上げた。


「が、ァァァァァァァァァァァアッッッ!?」

「……腕は、そこそこだな」


 まるで美食家が評価するかのように、味わうようにペーターは嚥下する。

 血溜まりに倒れるアズールはそれを理解不能なものを見る目で、そう、恐怖の表情を浮かべていた。


「というか……ああ、僕の中にアスモデウスがいるのか。消化しないようにしているとはいえ、邪魔だな。腹が減ったんだ、僕は。あと、もつ一つ、なんだ、弱い悪魔だ。いいや、出そう」


 腹を押さえ、げぇ、とペーターは吐き出した。

 べちゃ、とその場にアスモデウスとアルティの二人が落ちた。


「ったぁ!? 何するのよ急に!?」


 ショックで引っ込んでたアスモデウスが、ペーターに食ってかかろうとした。

 しかし、ペーターの様子に、目を瞬かせる。


「……っていうか、あなた、それ」

「邪魔だよ、アスモデウス。僕は腹が減ったんだ。別に、僕はいいけど、彼が生かしておいた君たちを食おうとは思わない」


 冷たい物言いに、しかしアスモデウスは頬を紅潮させた。


「ああ……やっぱりそこにいたのね。私の愛おしい――」


  ふん、とペーターは鼻を鳴らして、飛んだ。空高くに舞い上がる彼を、アスモデウスはうっとりと見つめていた。

 と、同時、彼の頼みであるのなら、アスモデウスは従う。気絶していたアルティを小脇に抱え、飛んだ。

 地面から離れなくてはならない。

 彼が腹が減ったと言ったのだ。

 出来る限り、全力で、空高くまで、逃げなければならない。


 ——――そうしなければ、今度こそ消化されるだろうから。


 

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