暴食の悪魔
僕は、どうなったんだろう。
霞掛かったように、朧げな意識の中に、僕は浮かんでいた。ふわふわとした夢心地のような、黒い沼の中。まるで生き物の胎動のようなものに身を委ねる。心地良くて、そのまま眠ってしまえそうな気分。
ああ、そうだ、なんだかとても、気分が良い。
◇
変質した少年に、アズールは杖を向ける。
「正体を現したかっ! 悪魔がっ!」
アズールは叫ぶ。その胸中を埋め尽くすのは焦りだ。
アズールの持つ杖は、天使からの祝福を受けた聖杖だ。その効力は、悪魔に対抗する属性の付与。聖属性の炎は、凡ゆる悪魔を焼き尽くし、浄化する。
確かに、目の前の少年の息の根を止めた筈だった。
なのに、これはなんだ。
少年の身体は変質し、わかりやすい程に悪魔的だ。
アズールは魔法を発動する。煌めく炎が、ペーターに向けて放たれる。
ゆらゆらと揺れながら、ペーターは顔を上げた。
真っ赤な複眼が、アズールを捉えた。
「————」
ペーターが口を開ける。
そこに並ぶのは、最早人間の歯並びではない。不揃いな、しかし鋭い牙が、真っ赤な口腔を埋め尽くしている。
そして、ペーターは口を閉じた。
瞬間、アズールの魔法が消失した。
「な、にが……」
まるでわからない。何が起きたのか、わからない。
ペーターはもごもごと何かを咀嚼するように口元を動かし、ごくりと咽喉を鳴らした。
「まずい。最悪だ。最低な食感だ。クソを食わされたような気分だ」
地の底から響くような低い声は、どこか少年らしさを残していて、不快感を与えてくる。
「ああ……しかし、腹が減った」
腹を押さえ、天を仰ぐ。
「貴様ァァァァァァァァァァァアッ!」
アズールは耐えられない。その不快感はまるで、全身を羽虫が這い回るかのような悍ましさに似ている。思わず全身を掻きむしり、魔法を乱打する。その一つ一つが必殺で、例え悪魔だろうと魔物だろうと問題なく殺害することが出来る。
ペーターは動かない。
同じ様に口を開け、貪るだけだ。
「————ッ」
「まずい。なんだそれ、妙なものが付与されているな。その杖か?」
ペーターが口を開く。
閉じる。
アズールの持つ杖が、その腕ごと消失した。前腕を失ったアズールはその状況が理解出来ない。
一瞬遅れ、焼け付くような痛みに悲鳴を上げた。
「が、ァァァァァァァァァァァアッッッ!?」
「……腕は、そこそこだな」
まるで美食家が評価するかのように、味わうようにペーターは嚥下する。
血溜まりに倒れるアズールはそれを理解不能なものを見る目で、そう、恐怖の表情を浮かべていた。
「というか……ああ、僕の中にアスモデウスがいるのか。消化しないようにしているとはいえ、邪魔だな。腹が減ったんだ、僕は。あと、もつ一つ、なんだ、弱い悪魔だ。いいや、出そう」
腹を押さえ、げぇ、とペーターは吐き出した。
べちゃ、とその場にアスモデウスとアルティの二人が落ちた。
「ったぁ!? 何するのよ急に!?」
ショックで引っ込んでたアスモデウスが、ペーターに食ってかかろうとした。
しかし、ペーターの様子に、目を瞬かせる。
「……っていうか、あなた、それ」
「邪魔だよ、アスモデウス。僕は腹が減ったんだ。別に、僕はいいけど、彼が生かしておいた君たちを食おうとは思わない」
冷たい物言いに、しかしアスモデウスは頬を紅潮させた。
「ああ……やっぱりそこにいたのね。私の愛おしい――」
ふん、とペーターは鼻を鳴らして、飛んだ。空高くに舞い上がる彼を、アスモデウスはうっとりと見つめていた。
と、同時、彼の頼みであるのなら、アスモデウスは従う。気絶していたアルティを小脇に抱え、飛んだ。
地面から離れなくてはならない。
彼が腹が減ったと言ったのだ。
出来る限り、全力で、空高くまで、逃げなければならない。
——――そうしなければ、今度こそ消化されるだろうから。
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