覚醒
概ね一年振りの更新です。
「げほっ、げほっ」
間一髪だった。
建物は半壊し、地面には小さいながらも窪みのようなものが出来ていた。
そんな中で、僕は無事だった。
土煙が晴れ、依然、その男は眼前に立っていた。
「何だ。死んでないのか」
つまらなさそうに呟き、再度杖を向ける。
「――ッ!」
息をつく暇さえない。
僕は立ち上がり、足に力を込める。
同時に、魔力弾の追撃が襲い掛かる。
僕は足に力を込め、走り出す。路地から大通りへと飛び出した。瞬間、背後で大きな声が響く。
「悪魔だッ! 殺せッ!」
それは住民に伝播し、広がっていく。
ざわざわと、どよめく。
「悪魔」
「悪魔だってよ」
「殺さなきゃ」
「平和の為に」
「二度と戦争を起こすな」
「悪魔」
「殺せ」
「殺せ」
「殺せ」
たちまち周囲が敵と化す。
様々な魔法、剣や槍、触手や触腕が僕という異分子を排除せんと襲い掛かる。
それでもなんとか、身体の小さな僕は上手く潜り抜けた。
身体を屈め地を這うように、地面を蹴った。アルティを吸収した分、身体は軽かった。まるで羽のように、地面を滑るように移動する。
炎の魔法が僕をかすめ、近くのスライムが炎上する。敵味方お構いなしときた。
「ぼ、僕が何をしたっていうんだ!」
思わず悪態を吐く。けれど攻撃の手は止むことはない。
辛い。
痛い。
本当に、なんでこんな目に遭わなきゃならないんだ。
「貴様らは存在自体が罪なのだ」
男は軽薄に呟く。
「悪魔である。ならば殺す。悪魔である。だから殺す。悪魔である。だとしたら、殺す。存在を許さない。それが、この世界の平和の為だ」
横暴だ。
暴論だ。
極論だ。
けど、僕の心にその言葉は突き刺さる。
「ッ! そんな理不尽な!」
「ああ、理不尽だとも。だがな、この世界は魔王の所為で滅茶苦茶になった。魔王の使いである悪魔が人心を弄び、魔物を操り、崩壊する寸前まで追い込まれた。そんな世界を繰り返してはならない」
理不尽だ。けれど納得する。
そうか、世界はそういう風に出来ているのか。
魔王と悪魔。そして、僕。
迫害された理由も、悪魔を許さない風潮も、全て理解した。けれど、それに納得することは出来やしない。
僕がどれ程の目にあったのか、この男は知りもしない。
そんな理不尽などあって良い筈がない。
「ああ——ようやくわかった」
「そうか、では死ね」
再び僕に杖を向ける。
魔力が魔法を練り上げ、僕に向けて放たれる。
爆発が巻き起こり、閃光が眼前を灼く。
◇
「死んだか。手こずらせやがって」
アズールは呟くと、杖を下ろした。
悪魔であるのならば滅ぼさねばならぬ。それはこのせかの真実であり、天使様の教えである。
世界の平和を守る為、それは仕方ないことだった。
煙に巻かれた少年は、もう立ち上がることはないだろう。手応えでわかる。
これまで数多くの悪魔を屠ってきたアズールにとって、悪魔の気配は手に取るようにわかった。
煙が晴れる。
そこには、焼け焦げた少年の死体があった。立ち尽くすようにして、事切れている。
「悪魔は死んだ。皆の衆、ご協力に感謝する」
アズールが一礼すると、魔物たちから賞賛の声が上がる。
今日もこうして、平和に貢献することが出来た。
アズールが民衆に背を向ける。
「————ああ、そっか」
小さな呟きが、嫌に響いたように聞こえた。
アズールは首が千切れんばかりの勢いで振り向いた。
あり得ない。確かに殺した筈だ。
けれど、その声は、確かに少年の唇から漏れていた。
「ようやくわかった。僕が、悪魔が、そんな目にあっている理由が。ああ、そうだ。わかったんだ」
黒焦げの身体。
唇が動く度、ぱらぱらと炭化した皮膚が崩れ落ちる。
「なら——喰らうしかないじゃないか」
少年の背に翼が広がる。
虫の花のような、奇妙な翼だ。透明な翼は、幾本もの赤い筋が、まるで血管のように脈動している。
見るものに嫌悪感を抱かせる、翅。
少年が顔を上げる。既に炭化した皮膚は元に戻っていた。
アズールを見つめるその目は、真っ赤な複眼となって憎悪を宿していた。
ちゃんと終わらせたいんだ。
完結させるまでは書きたいんだ。




