少年と街
その街は、僕の見たことないような巨大な城壁で囲まれていて、活気があって賑やかだった。
「わっわっ……!」
魔物の波を掻き分けるように、アスモデウスは先頭を歩いていく。僕が逸れないように手を握ってくれる。それが安心で、僕は引かれるがままに連れて行かれる。
「ったくもう……鬱陶しいったらありゃしない」
心の底からそう思っているのだろう。
アスモデウスは僕のことなんて考えていないように、力強く引っ張っていく。
「昔はこんなに活気なんてなかったのにね」
「そうなの?」
「そうよ、そんな街を作るような社交性のある魔物は極少数……本当に少なかったんだからね」
辺りを歩いているのは、僕の知らない魔物ばかりだ。
僕が知っているのは街の近くにいたスライムやゴブリンくらいなものだ。
けれど、この街にいるような、お店を持ち、金銭のやり取りをしているような魔物は知らない。
トカゲの怪物のような、人型の魔物が硬貨のようなものを使って、ゴブリンの親玉みたいな魔物から野菜を貰っているのが見えた。
「ふうん……」
「十年で大分変っちゃったみたいね」
「そうなんだ」
そんなことを言われても、僕はその以前を知らない。
僕がわかるのは、今、この状況だけで、それ以前のことなんてわからない。
「昔はもっとこじんまりとしてたし、こんなに魔物もいなかった」
けれど、その昔を懐かしむような瞳は、僕に向けられることは絶対にない。
そう思うと、少しだけ胸が痛い。
「あ、あったあった。あれよ」
アスモデウスはしばらく歩いた後、その先にある小さな店舗を指差した。
少し古いけど、それでもしっかりとした建物だ。
「ここは?」
「馴染みのお店って言ったらいいかな? まだ残ってたんだ」
僕にとってのおじさんのお店のようなものだろうか。
思い出したくもないことを考えていると、アスモデウスはさっさと僕の手を離して行ってしまう。もうこれ以上の案内は不要ということだ。
改めて街の様子を見てみても、背の高い建物、魔物が普通に暮らしている以外は、僕の住んでいた街とあまり変わらないような気がする。
アスモデウスはお店のドアを開け、その中へ身体を滑り込ませるようにして入っていった。
後を追って、僕もドアを開ける。
わっ、とまるで音の壁のように、歓声が僕の身体を押した。
思わず、背が仰け反る。
魔物たちの騒々しさは、僕の経験してきたものとは全く別のものだったのだ。
僕の経験の中で騒がしさとは、僕をいじめる時だけだ。
けれどこれは、そんなのとは無縁だった。
「久し振りねー!」
中から明るい声が聞こえて来る。
そして。
陶器の割れる音が、耳を貫いた。
喧騒が止まった。
「アス……モ、デウス?」
細い声。
女性体の魔物が、アスモデウスに向けて、絞り出すように声を出した。
その足元に散らばった皿の破片が、彼女がそれを落としたことを証明している。
震える指がアスモデウスを指した。
「アスモデウス……?」
「あ、悪魔……」
「悪魔だ」
「七大悪魔……」
「色欲のアスモデウス……」
ざわざわと、呟きは伝播し、大きくなる。
それは、決して好意的とは言えない騒めき。
それがどうなるのか、僕は知っている。とても、とてもとても、よく知っている。
恐れや畏怖なんかじゃない。
都合のいい相手を見つけた時に負ける、ただただ純粋な殺意。
「悪魔だぁァァァァァァァァァァァアッ!」
「殺せェェェェェェェェェェェェェエッ!」
彼らは確実に、アスモデウスを殺す気で襲い掛かってきた。
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