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少年の力

「まったくもう、そんなに慌てないの」


 アスモデウスが揶揄うように笑いながら、言った。


「あなたの力は私の力」


 指先が動き、僕の胸元を伝う。

 心臓がより一層高鳴る。

 身体中がカッと熱くなる。


「それを、あんなのから逃げてていいの? あなたは、もっと凄いことができるの」


 アスモデウスは僕の力を肯定してくれる。

 僕を歩き出させてくれる。

 僕は、足を止めた。


 背後から迫る獣は勢いを落とさない。正に魔獣というに相応しい凶暴さで、きっとすぐに僕を跳ね飛ばし、貪り食うだろう。

 けど、僕は強いんだ。

 僕はやるべきことがある。

 だから、その踏み台に。


「悪いが」


 僕は手を前に出す。

 猪の額に向けて、無造作に手を開いた。


「僕はここで喰われる訳にはいかない」


 僕は殺したい、あいつらを。

 僕は滅ぼしたい、あの街を。

 だから。


「お前はここで死ね」


 激突する。衝撃は凄まじく、僕の身体はその威力に震える。

 だが、それだけだ。

 魔獣の身体はそこで止まり、一歩足りとも前に進むことはない。がりがりと後ろ足で地を蹴るが、前に進まない。


「永久の闇と、破滅の悪魔に誓う。我が前の敵を一辺の灰も残さず滅ぼすことをーー」


 いつか彼女が言っていたように、願う。自分の力を、願う。

 それが魔法に繋がる。

 僕の掌、その先で。

 魔力は結び、魔法となる。何故、色欲のアスモデウスが破滅なのかわからないが。

 次の瞬間、魔獣の頭が破裂した。

 まるで内側から突き破られたように、血飛沫が上がり、周囲の木々を濡らす。

 巨大が、ずしんと重い音を立てて崩れ落ちた。


「やったわね、ご主人様♡」

「これが……僕の」

「そう、それがご主人様のチカラ」

「はは……はははっ……そう、か。これが」


 僕の力だ。

 僕が前に進む為に必要な力だ。

 僕の為の、僕だけの。


「なんだ、簡単じゃないか」


 たぶん、初めて動物を殺した。

 血液が舞う光景を、哀れな死体を、見た。

 きっとこれは、僕の街だ。

 ぐちゃぐちゃに壊して、滅ぼして、そして、こんな風にしてやる、僕の街だ。


「待っててよ、みんな」


 僕が前に進む、僕の為に、死んでくれ。


「ふふふ……ははははははっ」


 笑いが止まらなかった。



 折角の肉なので、アスモデウスに調理をお願いする。

 面倒臭がりながらも世話好きなのか、アスモデウスは僕のお願いの通りに火を起こし、魔獣を焼いた。


「丁度いいから、今日はここで野宿しましょ」


 骨から肉を剥がし、咀嚼していると、アスモデウスはそんなことを提案した。


「ここで?」


 僕は周囲を見渡す。

 正に暗黒の森と言ってもいいくらいに暗く、不気味だ。どこからともなく奇妙な鳴き声や、何かが移動する音が響いてくる。


「そう、ここで」

「やだよ、僕、こんな不気味な所で寝れる気がしないよ」

「あら、私だってしないわよ」

「ならどうやって……?」


 僕の疑問は次の瞬間には解消されていた。


「ここは魔大陸。固める魔力はそこいら中、どこでもあるわ」


 何度も魔法を見てきた僕には見ることができる。

 アスモデウスの掌に魔力の流れが集い、形を成していく。

 小さな塊のようなそれは、粘土細工のように形を変化させ、整えられていく。


「ん、と、こんな感じでいいかな。それっ」


 アスモデウスが魔力の塊を放り投げると、周囲の木々を押し除けて、その形が実態を成す。

 有り体に言って、それは家だった。

 三角屋根の、小さな、小屋と言ってもいいくらいだけど、確かにそれは家だった。

 恐る恐る触れてみると、そののっぺりとした壁面は、確かな存在感を持って存在している。


「さ、入りましょ」


 アスモデウスを先頭に、僕は扉の中に入った。

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