少年のこれから
「悪魔ってのは、魔族を率いる悪い奴らなんだって」
「へぇ、そんじゃペーターは」
「最悪だよ。悪魔を呼び出してお父さんとお母さんを殺したんだ!」
街を歩いていると、そんな噂話が聞こえてくる。
それはどこにいても、どんな人であっても、同じように会話して、こちらき聞かせる気など一切ないのにも関わらず、耳に届き、心をかき乱す。
僕はなんでもないように聞いていたけど、心はきっと痛かった。息をするだけで息苦しさを感じるような、胸が詰まった気持ち。
「ペーターは悪魔だ!」
僕は知らない。
僕がそんなことをしただなんて知らない。
知らないのに、勝手に言ってるだけだ。
僕の声は届かない。
「ペーターが来たぞぅ!」
「石を投げて追っ払え!」
「聖なる魔法で焼き尽くしてやる!」
きっとそれは、僕のことが怖かったから。
きっとそれは、僕ならば鬱憤をぶつけるのに最適だったから。
大人は僕を無視するし、子供は僕を仲間外れにして、追い払った。
僕は一人だ。
「起きなさい」
ふと、声がした。
女の人の声だ。
僕のことを怖がらない。そんな声音だ。どこか優しい声色で、僕の心はすぐに落ち着いた。
同時に、これは夢なのだと気が付く。
「起きて」
過去のこと。憎むべき過去のこと。恐れるべき過去のこと。
けれど、僕はそんな過去のことを恐れる必要はないのだ。
だって僕には彼女がいるのだから。
傍にいてくれる人がいる。僕のことを怖がらずに肯定してくれる人がいる。
「起きなさい、ご主人様」
「……アスモデウス?」
「ようやく起きた」
薄っすらと開いた目に、光が入って来る。
焦点の合わない視界の中に、ここ数日で見慣れた顔が見下ろしているのがわかる。額がひんやりとして冷たいのは、掌が当てられていたから。頭の後ろが柔らかいのは、膝の上に乗せられていたから。
端的に言えば、僕は膝枕されていた。
「おはよう。身体は大丈夫?」
「……大丈夫」
「そっか、よかったわぁ~!」
言って、アスモデウスは僕の頭を撫でてくれる。
「本当に、あのまま死んでたらどうしようかと思っちゃった」
「死んでた……?」
「私が治療しないと不味かったんだからね」
「……そっか」
「そうよ。サタンの奴、容赦ないんだから」
「サタン……」
そういえば、僕が意識を失う前に、誰かがいたような気がする。
燃え上がるような怒りを凝縮したような炎。とても恐ろしい、恐怖心さえ抱くような憤怒の感情。でも、とても優しい声をしていたことは憶えている。
「そ、サタン。あいつも私と同じ悪魔。怒り――憤怒を司る、この大陸の支配者の一人」
「アスモデウスと同じ……?」
「そうよ、考えたくないけど。ややこしい奴が多いのよ、あいつら」
「どうして僕を殺したんだろう……?」
「ああ、それは簡単。あいつ、人間が嫌いなの。滅ぼしたくて堪らない、そんな悪魔」
熱と光。
魂さえも焼き尽くす、炎。
「それで、ご主人様はどうする?」
どうする。
その質問は愚問だろう。
たとえ殺されかけたとしても、それだけは決まっているのだ。
「僕の街に帰る」
「そして滅ぼす?」
「うん」
それだけ。
それだけが、僕の行動する理由だから。
僕が悪魔喰らいのスキルで吸収したアスモデウスの魔力。それは僕に復讐するに値する力を与えてくれた。僕が、僕の手で、あいつらを八つ裂きにしてやることは容易だろう。
僕がどうなろうと、知ったことか。
「アスモデウス、ここからどうすればあそこまで行ける?」
「歩いていくしかないんじゃない? 転送魔法って、座標固定するだけでものすごい魔力使うし、ここまで結構遠かったしね。飛んでいくにしても、そこまで魔力が持たないわ」
「なるほど」
それなら仕方ない。
「アスモデウス、道案内お願い。ここから、あの街まで」
ようやく、僕はアスモデウスの膝の上から立ち上がる。
そして、初めてグラズ=ヘイム大陸を目にした。
見たことのない、ごつごつした岩と濃密な魔力が霧になったような薄暗さ。僕たちの背後には、アスモデウスの住処だった魔窟がある。
そこから真っ直ぐに、岩のような林が立ち並び、道のようになっている。
「行こう」
恐れることはない。
僕は魔大陸での一歩を踏み出したのだ。
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