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早く家に帰りたい


 今日の昼休みは、亮太念願の女子グループと合同の昼食イベントだ。


 昼食イベントのお誘い自体は、先日の昇降口で佐野美月に話を切り出させたことが切っ掛けとなって実現する運びになった。


 美月からのお誘いがあった翌日にその話を亮太へ告げると、


「よぅし! 『屋上の会』結成だぁー!」


 などと、拳を掲げてはしゃいでいたのだ。

 いや、多分はしゃいでいるように見せていだけなのかもしれない。彼の表情がぎこちなく目が泳いでいた事もあり、拓真は妙な違和感を感じていたのだが、その時は特に亮太を咎めることはしなかった。



 美月達の女子グループはいつも五人。その人数に合わせるため、亮太は午前中に仲のいい友達に声を掛けていたのである。


 仲の良い男友達なら誰でもいいという訳ではなく、そこはかなり慎重に厳選していたらしい。それは亮太の彼女、あかりの耳に『屋上の会』の過剰な情報や噂が流れないためだという。

 完全な情報のシャットアウトは無理なので、被害は最小限に留める、などと訳のわからない理論を言いながら人集めをしていた。

 そんなに自分の彼女に気を使うなら、最初から『屋上の会』を計画しなければ良いのにと、拓真は思っている。


 とにかく、あの美月と一緒の昼休みと聞けば、誰でもホイホイと誘いを受け入れるだろう。だから口が軽くて他に言いふらすような奴は問題外だ。

 ルックスもそれなりで落ち着きのある奴、他には絶対言いふらさないといったかなり厳しめの条件にハマる奴を厳選していたようだ。


 割と顔の広い亮太だったが、都合がついた男友達は二人だけだったので、男子は拓真を含めて四人での参加となった。


 男子が一人少ないが、まあ合コンという訳ではないので、特に問題はないだろう。


 全員集まれば、初見で拓真の左腕の怪我について、一斉に心配されるやら突っ込まれるのは、ある程度予想はしていた。


 それよりも問題なのが……。


「わぁー、井上君のお弁当素敵ね。ひとり暮らしって聞いてるけど、誰が作っているのかな? 妬けちゃう」


 拓真の隣に何の躊躇いも無く陣取ったのは、ほかでもない美月だった。彼女は妙に高いテンションで、あれやこれやと質問攻めしてくる。


 最初は、都会から転校してきて間もない拓真が物珍しく、興味本位で聞いているのだとばかり思っていた。


 だが、美月との会話をしていく中で、他の男子には目もくれずに拓真だけをいじってきたり、たまに肩が触れ合うほど体を寄せてきたりと、自己の魅力をアピールしているようだった。人気がある可愛い女子がする行動なので悪い気はしない拓真だったが。


(というか、なぜ俺がひとり暮らしなのを佐野さんは知っているんだ?)


 まさかと思い、円陣の丁度反対側に座る亮太を睨む。すると彼は、あからさまに目を反らしたのだ。


「もしかして井上君、もう彼女とかいたりするの?」

「いいや、違うよ。これは小林さんていうおばさんが作ってくれたんだ。なあ亮太!」

「……あ、ああ、そう言ってたな。うん、そうそう、拓真ん家に来る家政婦さんだろ」


 露骨に、こっちに話を振るなという表情で答えた亮太。


 弁当については嘘を言ってはいない。今日のお買い物が楽しみで待ちきれず、随分と早起きしてしまった小林が、暇を持て余したので作ってくれたのだ。

 そう、決して咲良が作ってくれた訳ではない。


 咲良を助けようとして結果、彼女は拓真の家に住む事になったのだ。別に悪い事はしていない。

 ただこういう場だと、何とも言えない後ろめたさが拓真の心に湧きあがり、必要以上に身の回りと自らの言動を気にしてしまう。特に友達と楽しく会話している時などは。


(みんなに山崎さんの事、悟られないようにしないといけないな)


「ん? 井上君、どうしたの?」


 美月が拓真の顔を、不思議そうな表情で覗き込む。どうやら考え事をしていた拓真は、どこか一点を見つめていたようだ。


「な、何でも無いよ」

「ふふっ、変な井上君」


 美月は目を細め屈託の無い笑顔を見せていた。拓真は愛想笑いを浮かべている。


「で、その家政婦さんて住み込みなの?」

「いや、週二、三回くらい顔を見せる程度だよ」

「それって、井上君のお家が金持ちってことかな」

「うーん。そういう訳でも無いけどけどなー」

「えーっ、またまた。そうだ! 今度遊びに行ってもいいですか?」


 美月の質問に、拓真はうんともすんとも言わず、ただ俯き黙って顔を引きつらせていた。



 友達同士和気藹々と賑やかく過ごすこの昼休みは、拓真にとっても貴重でありそれなりに有意義でもあった。なにより楽しい。

 それなのに何故かこの集まりは、仕組まれている感がヒシヒシと伝わってきて、手放しで喜べないのが拓真の本音だった。


 男子共は、拓真に気を使っている様子がうかがえ、逆に女子達は美月に気を配っている。


(これじゃあ、まるで……)


 思い起こせば亮太が、美月のことを拓真に薦めるような口ぶりの時があった気がする。もしかすると既にその時からレールが敷かれていたのかもしれない。


「そうそう。遊びに行くで思い出したんだけど、ここにいる皆でほたる祭り行かない?」


 と、思い付いたかのように美月が声を上げた。


 それは、この町あげての一大イベントの祭りである。

 拓真もほたる祭りには凄く興味があり、そのお誘いなら乗ってもいいかなと心が揺らいでいる。


 美月の提案に「おお、行こうぜ行こうぜ」とか「うん、いいわよ」などほぼ全員が同意する中、じゃあいつにするかと誰かが言い出した。すると、


「あ、俺さ、明後日の土曜日は……その、ほら、家の用事があるからさ。んで、次の日は部活の連中と行く約束してるだろ……」


 そう言ったのは亮太だった。確かに以前そんなような事言っていた気がする。明後日の用事というのは間違いなく、あかりとのお祭りデートだなと拓真は確信する。

 

「亮太君の希望は日曜日ね、じゃあみんな大丈夫? ほたる祭りはそれでいいかな?」

「いやだから、その日は部活の奴らといっしょだから」

「じゃあ、その人達と私達とで合流すれば? 何か問題ある?」

「いや、ありません」


 美月はこの場を取り仕切るようにまとめると、全会一致で『屋上の会』の方針が決定した。そして最後に、


「井上君も、日曜日は大丈夫だよね」と、彼女に念を押されたのだ。


 


 

 早く家に帰りたい。


 放課後、終了の挨拶と同時に教室を抜け出した拓真。


 とにかく今日一日咲良の事が気になり、ほぼ授業に集中出来ていなかった。


 拓真の家に住み込み手伝いをすると言っていたが、果たして本当に居るのだろうか。


 今朝の咲良の様子だと、前日のように急に体調が悪くなって倒れる心配は無さそうだった。


 それよりも、一日経って冷静さを取り戻した彼女が、自身は間違った選択をしていることに気付いて、結果元居たアパートに戻っているいのではないかと、そんな事ばかりが拓真の頭をよぎる。


 自宅へ向かう拓真は、無意識に足早になっていた。


(小林から連絡は無いから、たぶん居るだろうとは思うけど)


 家の前に到着すると、既に小林の自動車は無かった。

 昼頃には仕事に戻ると言っていたのを思い出し、若干の不安がこみ上げてきた。


 拓真は玄関の前に立つと、鞄から自宅の鍵を取り出す。

 鍵を鍵穴に入れロックを解除しようとするも、いつもの解錠音が無かった。


(鍵が開いている! 山崎さんが居るって事なのか? それとも……)


 不安と緊張で、拓真の鼓動は自らの耳に届くほど高鳴っていた。


「よし!」


 気合いを入れ直し、ノブを引く。


 拓真は玄関のドアを大きく開いて、そこから家の中を見渡した。


 いつもと何ら変わった様子のない廊下。


 たた、足元に目をやると、女の子用の靴が一足そろえてあった。



 拓真は一度、深呼吸をした。


「ただいま」と大きく叫ぶ。


 すると玄関隣の部屋から、たったったっと足音が聞え、ふすまがスーっと開いた。


「おかえりなさい、拓真君」


 咲良の優しい笑顔が目に映る。


 元気そうな彼女の声と表情が、拓真の心を刺激する。


「え、拓真君。なに泣きそうな顔してるんですか」


 思わず感極まってしまったようで、拓真の瞳は潤んでいた。


「ば、ばか。なんでもねえよ」

「そうですか、なら安心しました」


 隣の部屋から出てきた咲良は、玄関に佇む拓真の正面に立った。


 すると、その姿はなんと……

 



 


 


 





ご覧いただきありがとうございます。

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