闇に蠢くナニカ
「マルダーニからの連絡が途絶えただと?」
「はっ、定期連絡が途絶え、様子を見に行った連絡員によると、店に人影もなく。
周囲に聞き込んでも、まったく手掛かりがなかったとのこと」
薄暗い部屋の中、不機嫌そうな声と慌てたような声が響く。
豪奢なテーブルに複数の椅子と、それに腰かける人影が複数。……いくつか、欠席が見える。
その欠席のうちの一つが、まさに話題のマルダーニの席だった。
「何故だ、あ奴は問題なく潜り込めておったであろうに」
「はい、それに関しましても……マルダーニが取り入っていた貴族が下手を打ち、失脚したとのこと。
あるいは、何がしかの形でそれに巻き込まれたのやも知れませぬ」
「あ奴が、か?
あ奴の戦闘能力は我が良く知っておる。
そのために軍団でも出されたならばともかく、でなければ人間ごときに後れを取るような力ではあるまいに」
不機嫌を通り越して、心底不思議そうにそうぼやく。
実際のところ、超常的な再生能力と破壊的な腕力で、普通の人間の火力ならば強引に回復しながらなぎ倒すくらいはできたはずなのだから。
それを覆すことができるような人間が、あの国にいただろうか。
「申し訳ございません、その辺り含め、現在調査中でございます」
「ふむ。仕方あるまい……急ぎ調査を進めよ。
……しかし、これでバランディアの手駒は全滅か」
その言葉に、沈黙が落ちる。
失態である、ということはもちろんなのだが。
「その、陛下……ここまで『神託』が外れてしまうことは、前代未聞でございます。
そちらについても調べた方がよろしいのでは……」
恐る恐る。
腫れ物にでも触れるかのように。
何かに怯えるようにそう尋ねる者と、それに同意するかのような視線を向ける者。
それらを認識すると、ギロリと威圧感に満ちた視線を向ける。
途端、びくりと震えたかと思えば、揃って視線を逸らし、あるいは俯かせる。
「ほう。
つまり、我の『神託』を、ひいては我を疑うということか?」
「め、滅相もない!
信じておりますればこそ、不可思議なのでございます!」
慌てて取り繕う声に、慌てて首を縦に振るその他大勢。
その様子に機嫌を直したのか、鷹揚に頷いて見せる。
「うむ、確かにその通りではあるな。
それはそれで調査させることとしよう。何が原因であったのかを」
機嫌を戻したらしい様子に、一同がほっと胸を撫でおろす。
何しろ、ここにいる全員でかかっても、彼一人に勝てる見込みはないのだから。
不機嫌を極めて、暴れられでもしたら。
そう思えば、収まったことは幸いとしか言いようがない。
「かしこまりました、そちらはただちに。
続きまして、南部方面のご報告を。
南部各国の支配に関しましては順当に進んでおります。
このままいけば、すべてを傀儡とするのもそう遠くないかと思われます」
報告しながら、ちらりと主を伺えば、その報告に満足げな表情。
安堵のため息を噛み殺しながら、報告を続ける。
「特に複数の国には魔物の軍団とその制御装置を与えることで国王以下を篭絡、懐柔することに成功しております。
仮に北部が上手くいかずとも、蹂躙するだけの戦力は整いつつあるかと」
「ふむ、ご苦労。
であるならば、南部を固めつつ……次なるは中部平原か」
そう言いながら、地図を見下ろす。
南部と北部を隔てる、中央に広がる広大で乾いた草原。そこに位置する国は。
「は、それに関しまして朗報がございます。
コルドールを混乱に陥れる策に進展がございました」
「ほう?
それはどういったことか、報告せよ」
楽し気に、興味深げに、報告を促す。
歓心を得られたことに得意になった男は、報告を続ける。
「恐れながら申し上げます。
先日、実に優れた戦士の遺体を獲得いたしまして。
こやつの力を損なうことなくアンデッドにすることに成功いたしました。
そして、こやつを使いまして……」
「ほう、なるほど。
面白い。また、『神託』も懸念を示しておらぬ。
ならば、存分に実行するがよい」
「はっ、かしこまりました!」
ひれ伏すように頭を下げながら、彼は、そして一同は思う。
どうにか、今回の会議も死なずにすんだ、と。
彼らの苛烈な君主は、容赦がない。
何人もこの会議で、文字通り首が飛んだところを見てきたから、よくわかっている。
彼らにとっては、この会議を乗り切ることすら、生き残るための戦いなのかも知れない。
「では、本日の会議はここまでとする。
皆の者、我ら魔族の栄光のために、よく『神託』に、我に従い、励むがよい!」
「ははっ!!」
君主の宣言に、全員がひれ伏して応じる。
生き残れた。今はそれで十分だ。
そして、会議が終われば、明日からはまた戦いだ。
自分が生き残るために。魔族として生きるために。
それが、随分と窮屈な生き方だと、気付くこともできずに。
「……しかし、気になるのぉ」
「陛下、バランディアのことですか?」
「うむ。なぜに、二度も『神託』が覆されたのか。
偶然だけとも思えぬ。手勢を多めに送り込み、状況を把握して報告せよ」
「はっ、かしこまりました!」
そうして、控えていた影が消えると、一人残った君主はつぶやく。
「我が『神託』は何人たりとも逃さぬ。逃してはならぬのだ」
どこか苦々しいその声は、誰の耳にも届かず、薄闇の中へと消えて行った。
馴染むほどに、別れはつらくなる。
ましてこの街では、あまりに大きなことがありすぎた。
後ろ髪を引かれるとは、こういうことを言うのだろう。
次回:再びの旅立ち
それでも、前を向かねばならぬのだから。




