永遠の宿題
「とうちゃん、すげぇなぁ……これが、とうちゃんの絵かぁ」
素直に感嘆したような声を、テオが漏らす。
クオーツの街の公会堂。
コンテストで大賞を受賞した作品が公開されるということで、大勢の人々が詰めかけていた。
ましてそれが。
「はぁ~……セルジュのやつ、こんな絵を描いてたんだなぁ」
「こんなことなら、もうちょいおまけの一つでも付けてたら良かったよ」
この街で、ついこの間まで生きていた、馴染みの人間が描いたものとあれば。
人々の興味を引かないわけがない。
大半は物見遊山。
そんな中で、彼を知る人々から漏れる、惜しむような声。
少しだけ、知ろうとしなかった後ろめたさを滲ませて。
いずれにせよ、人々は興味関心を持ち、実際に絵その目で見て。
ああだこうだ、思い思いに感想を口にしている。
そんな光景を、レティ達は遠巻きに眺めていた。
「イグレットちゃん、エリーちゃん。
ありがとうよ、本当に。
あいつの絵が、こうしてちゃんと見てもらえて……胸がいっぱいっていうのはこういうことなのかねぇ」
マチルダが、ぽつりとそうこぼした。
隣に立っていたレティとエリーは一瞬顔を見合わせて。
「ううん、私が、そうしたかったから。
だから、礼を言われることじゃないよ」
「そうですよ、あるべき形になっただけなんですから」
微笑みながら、そう返す。
マチルダも、そう返ってくるのがわかっていたのか、呆れたような笑みを返して。
……互いの笑みに、少しだけ物寂しさが滲むのも仕方ないと、互いに割り切って。
「それでも、さ。
こうして……あいつの絵が、あいつの絵として皆に見てもらえる。
テオにも見てもらえる。これは幸せなことだって、思うよ。
……あいつにも、見せてやりたかったなぁ……」
少しだけ、声が震える。
どうしようもない感傷と、わかってはいるけれど。
それでも、どこか遠くから見ていて欲しい、とそう願わずにはいられない。
「そう、ですね……師匠の絵が、ちゃんとこうして、評価されたんですから……」
「届いていると、いいのだけれど……」
確かめる術などないから、願うしかできないけれど。
それでも、きっと、とそう祈る。
「ま、あたしとしては……テオの奴に届いていたら、それでいいさ」
ふ、と見せる笑みは、母のそれ。
その柔らかさに、一瞬目を引かれる。
「……テオくんを画家にしたい、とかは?」
「ああ、それは思ってないよ。テオが自分から言い出したら別だけどね。
なんせ、よっぽどでないと食っていけないのは良く知ってるからさ」
エリーの問いを、明るく笑い飛ばす。
たくましく力強く、それでいて優しい笑みにふと、『母は強し』なんて言葉が浮かんでしまう。
「そういや、そっちでも二人には感謝しないと、だね。
セルジュの賞金、あたしらがいただけるようにしてくれたんだろう?」
「ん……私たちが、というと少し違うけれど。
私たちがもらう筋ではないし、セルジュもその方が嬉しいだろうし」
大賞受賞者へ与えられる賞金。
その受賞者が亡くなっていた上に、身寄りのない独り身。
さてどうしたものか、と思案していたところに、レティ達が口をはさんで。
離婚した元妻とその息子に与えるべき、と流れがそうなっていった。
「月に大金貨2枚、が100か月……8年ちょっと、か。
確かに、一度に大金もらうと泥棒とか怖いから、ありがたいんだけどさ。
色々、気を使ってもらいすぎな気もするんだよねぇ……」
元来は、一度に賞金を授与されていた。
だが、今回のように平民が受賞した場合、慣れない大金でのトラブルが考えられる。
そのため、この受賞をきっかけに制度が変更されたのだ。
「いいんじゃない? 陛下も、色々検討するいい機会になったって言ってたし」
「……さらっと国王様との話をされると、恐れ多い気分にもなっちまうんだけどね?」
国王陛下と親しくしている冒険者。
明言されたわけではないが、どうやらそれが、目の前の二人の正体らしいことは、噂や言動から伺えた。
なのにそれを鼻にかけるわけでもない二人と。
そんな二人から師匠として、画家として敬意を払われている元夫が誇らしくもある。
「ふふ、あくまで陛下とは色々とお仕事上の付き合いがあっただけ、と思っていただけたら。
今まで通りにお付き合いいただいた方が、私たち嬉しいです」
にっこりと笑うエリーと、それに頷くレティと。
そんな二人に、微笑みを返す。
「イグレットちゃん、エリーちゃん。
ありがとうよ、本当に」
少しだけ、その瞳は潤んでいた。
しばし歓談を続けて、やがてマチルダがテオと共に家路について。
その後も、二人は絵を眺めていた。
傾くのが早くなった日の、斜めに差し込む薄紅の光が公会堂の中を染め上げていく。
赤を纏うその絵は、また別の情感をも生み出すようで。
無言で眺めることしばし。
「……違和感、ない、ですよね?」
「うん、大丈夫、だと思う。
それこそ、セルジュだったら何か気づくかも知れないけれど」
小声で、そんな言葉を交わす。
エリーが加筆した場所は、二人は良くわかっているけれども。
意識して見ても、そうとはわからないくらいに、馴染んでいた。
あるいは、そう思いたかったのかも知れないけれど。
少なくとも、見ていたギャラリーは誰も指摘していなかった。
安堵したようなため息と。
しばしの、沈黙。
やがて、ゆっくりと口を開いて。
「そう、なんですよね……間違った加筆じゃない、と思うんです。そうも言ってもらってますし。
でも、正解かどうか、は……セルジュ師匠に聞かないとわからないんですよね~……」
「さすがにそれは、無理、だよね?」
いかに古代兵器であろうと、いかに探査魔術の使い手であろうと。
死んだ人間と会話をすることなどできないのだから。
「ええ、だから……私、絵を続けます。
いつか、師匠に追い付いたと思えた時に、この絵をもう一度見て……そうしたら、きっと」
きっと、答えが出るのだろう。
それがいつになるかは、わからないけれど。
「ん……いいと思うよ。
私も、そうして欲しい、な……」
答えが、出ますように。
彼の人生に。彼女の問いに。
それは、長きに渡る問答になるだろうけれども。
きっと、挑む価値があるから。
「ええ、任せてください、私、頑張りますから!」
『ここから』始めよう。前へ進もう。
その先にあるものを信じて。
改めて見上げた絵に、そう願い、誓った。
会議は進む、されど踊ることなど許されない。
一歩踏み外せば首が飛ぶ秘密の会議。
そして彼らは暗躍する。
次回:闇に蠢くナニカ
物語は、ここから動き出す。




