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暗殺少女は魔力人形の夢を見るか  作者: 鰯づくし
3章:暗殺少女と旅の空
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貴族の作法

 リオハルトの笑みに、しばし沈黙が落ちる。

 ようやっと、エリーが口を開いて。


「あの、陛下……もしかして、怒ってらっしゃいます?」

「そうだね、怒り心頭と言ってもいいかも知れない」


 にこやかに。

 背筋が寒くなるほどにこやかに、そう応じる。

 周囲の人間は、絶句して固まるしかなく。


「……ゲオルグ……もしかして、陛下にも怒りの制御方法を教えた……?」

「ご幼少のみぎりにお教えしたんだがな。

 すっかり使いこなしていらっしゃる」


 苦笑しながら肩を竦められるのは、付き合いの長さゆえ、だろうか。

 エリーも、レティですら気圧されているというのに。


 そして、すっかり場の空気を支配したリオハルトが、続けて口を開く。


「今回のコンテスト、初めて平民にも門戸を開いたもの、というのは聞いているかな?」

「あ、はい、だからセルジュ師匠も応募しようとしていたと」


 リオハルトの問いに、エリーがこくりと頷く。

 ……まだ、若干ぎこちないが。


「それというのもね、次代へ向けた布石のつもりだったんだよ。

 豊かな国、というものに対しての、ね」

「豊かな国? それと、絵にどういう関係が?」


 唐突に思えるその言葉に、不思議そうにレティが小首を傾げる。

 それを見て、少し楽し気な笑みを見せて。


「うん、幸いなことに、このバランディアは飢えさせないという意味では豊かな国だ。

 母上と前宰相に引っ掻き回されはしたけど、税率の再調整で再び十分に行き渡るほどに、ね。

 だから、その次を考えたんだ」

「その次、ですか?」


 言っていることはわかる。

 ここまで旅したバランディア国内で、飢えている国民はほとんど見なかった。

 ジュラスティンも豊かな国ではあるが、もしかしたらそれ以上に。


「別の豊かさも必要なんじゃないか、と思ったんだ。

 私は、王族として必要な最低限の教養は学んでいる。

 その中には、音楽や絵画といった芸術も含まれていてね。

 そしてね、そういった芸術分野の豊かさは、人々を豊かにする。

 そういう可能性を持っていると、私は確信している。

 その豊かさは、広く国民に与えられるべきだとも」


 淡々と、あるいは訥々と。

 それでいて、秘めた熱を感じさせる語り。

 護衛の騎士もゲオルグもエリーも、レティすら、聞き入っている。


「当然、今回の門戸開放にあたって、関係各所、特に芸術方面を担う貴族達には念入りに説明した。

 そのつもりだ。

 そして実際、平民にも素晴らしい画家がいた。

 ところが、だ。それを根底から覆そうとせんばかりのことが行われたわけだよ」


 静かに熱のある語りから、急転直下。

 絶対零度の声音に、怒りの深さを叩きつけられたその場の全員が身震いをした。


「私個人としての発言に対してなら気にはしない。

 だが、国王として、国家の指針として提示したことに対してのこれは、最早反逆罪とすら言える」


 突如飛び出した単語の重さに、全員がびくっと身をすくませる。

 しかし、それを否定することも宥めることも、誰もできず。


「ましてそれが、今まで芸術を担ってきた貴族の無精を誤魔化すためとあらば、同情の余地は一片もない。

 私は、この国の未来のために、伯爵と令息を断罪する」


 冷たく、静かに、厳粛に。

 そう言い切ったリオハルトの言葉に、誰も言葉を返すことができなかった。

 

「と、いうことで。

 どうやって断罪するか、なんだけどね」


 急に楽しげに語り始めたその言葉に、全員がさらに背筋を凍らせることになる。





 そうして、コンテストの結果が発表される式典当日。


「それでは皆様、盛大な拍手にてお迎えください!」


 司会のアナウンスが朗々と響き渡る。

 案内されるがままに、舞台へと進み出る。


 会場にいる全員からの称賛の視線、声。

 応えるように両手を振れば、弾ける喝采。


 そう、これだ。

 これこそが貴族として自分が受けるべきものなのだ。


 晴れやかな笑顔で、彼は壇上へと進む。


「この度は、このような名誉ある賞をいただき、大変光栄に思っております」


 お抱えのライターが書いたスピーチは、情感たっぷりに語れるよう練習してきた。

 その言葉に、あるいは感心し、あるいは胸打たれたように。

 それぞれに示される反応に、一層満足する。


「お言葉、ありがとうございました。

 それでは次に、ご列席の皆様からお言葉を頂戴したく思います」


 そこから、称賛の声と当たり障りのない質疑応答が繰り返される。

 これも一つの様式美だ。多少の手間でこれだけの名誉が得られるならば。


「それでは、もう一方……ああ、そちらのご令嬢、お願いいたします」


 ほう、令嬢? こんな堅苦しい場所に顔を出すとは。

 そして指名され立ち上がった令嬢の、怜悧な美貌に頬が緩む。

 こんな令嬢の心も掴んでしまうとは、我ながら罪な男だ。

 愉悦に浸っていた、その時だった。


「素人質問で申し訳ないのだけれど」


 じい、と正面から見つめてきた令嬢が、口を開く。

 その言葉の冷たさに、会場が急に静まり返る。


「この絵の背景部分に、ボクレールとモネールの技法を融合させたような部分が見られるのだけれど、相性の悪いそれらの技法を敢えて組み合わせた意図は?」


 繰り出された質問に、完全なる沈黙が訪れる。

 描いたとされる本人ですら。


「融合させるために相当な苦労があったはずだけれど、特に苦労した点は?」


 淡々と質問を紡ぎ出す令嬢へと、視線が集まる。

 その横顔へ。

 そうして、会場の一部……その横顔を見た人々からざわめきが起こる。


「そ、それは、ですね、ええと……」


 考えたことも無かった。

 どの部分にどんな技法が使われているかなど。


 かつり。

 足音が響く。

 令嬢が、前へと踏み出してきた。


「次に。窓の向こうに描かれている湖に使われている絵の具。

 随分と鮮やかな発色だけれど、どんな絵の具を?」

「あ、ああこれはですね、懇意にしている画材屋が特別に用意したものでして」


 しどろもどろに答える声が、すっぱりと断ち切られる。

 真正面から真っ直ぐに見つめる顔は、容赦がない。


「市販の絵の具にその色はないよ。

 それは、ディボナ渓谷で採取された鉱石をすりつぶして、特殊な液で煮てできたもの」


 彼が苦心して作り出した色なのだ、そう簡単に手に入ると思うな。

 そんな思いを、言葉に籠める。


 言い募る言葉は、とても素人どころではなく。

 視線に、言葉に籠められた熱は、重厚な説得力があり。

 何より。


 一歩、一歩、彼女が進む度に、ざわめきが広がっていく。


「光と影、極端なコントラストを描いているけれど、どういった狙いが?」

「え、いや、それは、そ、そう、この方が目を引くだろうというですね!」

「随分と浅い考えだね。そんな軽薄な意図の塗りに見えないのだけれど」


 そう。そんな軽薄なものではない。

 彼が、この絵に籠めたものは。それを、良く知っているから。

 冷たく鋭い視線で、壇上の彼を射抜かざるを得ない。


「背景になっているのは、どんな場所? この湖は、どこの湖?」

「こ、これは……クオーツの太湖で、そ、その、場所は……」


 言ってから気が付く。

 湖が特定されれば、この場所がどこか、調べることも可能ということに。

 そうすれば、それ以上は誤魔化すしかなく。

 誤魔化されてくれる相手でもなく。


 うろたえている間に、令嬢は舞台のすぐ近くまで来ていた。

 かつん、かつん、と足音が響き、彼女が壇上へと上がってくる。


 その頃には、会場中にざわめきが満ちていた。


「最後に、一つ。

 ……その絵のモデルは、誰?」


 そう言いながら壇上に上がり、初めてその横顔を彼へと見せる。

 は? と不思議そうになった伯爵令息に、どよめきが大きくなる。


「だ、誰って……そんなことは、秘密に決まって……え?」


 ようやっと、気が付いたらしい。

 壇上へと上がってきた令嬢の横顔と、掲げられている絵の横顔を、何度も見比べて。

 その意味を理解した途端、ガクガクと膝が震え始めた。


 ふぅ、と呆れたようなため息が聞こえる。


「最後、とはいかなかったね。

 あなたは、その絵をよく見たことがあった?

 そこに描かれているのは、誰?」


 その言葉に、止めを刺されたように、がくりと膝をつく。

 問いかけてくるその令嬢は。

 その令嬢こそは。

 

 絵の中に描かれている女性だったのだから。

犯した罪は償わなければならない。

だが、往々にして犯した側はその重さを知らず。

であるならば、教えてやるしかあるまいと。


次回:下されるべき、断罪


情けも、容赦もなく。

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