人の噂も
どさり、と何かが叢に投げ出される重たい音。
バランディア王都に程近い丘の、かつて二人が転がっていた場所。
人がほとんど通らないであろうそこに、夜中であれば誰かに見られることもあるまいと座標を設定したのだが。
「……な、なる、ほど……二人で『跳ぶ』と、こんな感じ……」
「うあ~……なんか頭がぐるぐるしますぅ……」
投げ出された二人は重なり合ったまま、ぐったりとして動くことができなかった。
レティの上に乗ったエリーは、気分の悪さからしがみつき、レティはレティで激しい倦怠感から碌に動くこともできない。
「う~……ごめんなさい、レティさん、もうちょっと、このまま……」
「うん……私も、ちょっとしばらく動けなさそうだし……」
そう答えると、ふぅ……と長めに息を吐き出す。
この程度の距離を『跳んだ』ことは何度もあるのだが、ここまでの倦怠感を感じたことはなかった。
恐らく、二人で『跳んだ』ことが原因なのだろう、とは思う。
これは、いざという時にしか使えないな、と心の中で呟く。
二人でもう少し気楽に『跳ぶ』ことができれば、色々と楽なのに、とは思う。
……なら一人に戻るか、などとは欠片も考えない自分に、それこそ欠片も気づかない。
「『跳ぶ』時って、いつもあんな感じなんですか……?
私、なんだか見えたらいけないものが見えてしまったような気がするんですけど……」
「え……いや、私は特には……。
私じゃないから、なのかな」
どうやら、色々な意味で多用はしない方がいいらしい。
二人はそれぞれに、心に誓っていた。
それからかなりの時間が経って。
ようやっと体調が戻った二人が体を起こす。
「どのみち、今日はこの辺りで野営して、朝に王都に入るつもりだったからいいのだけど……。
何故か微妙に時間を浪費した気がする……」
「ですねぇ……。
あ、レティさんはそのまま休んでてください、野営の準備は私がしますから」
「……そう? 申し訳ないけど、お願い……まだちょっと、だるい……」
「いえいえ、お気になさらず♪」
まだ気怠そうなレティが、そう答える。
かたやエリーはすっかり回復したようで、てきぱきと火をおこし、敷物や寝具を整えていく。
「前見た時、『跳躍』ってそんなに疲労してませんでしたよね?」
「うん、これくらいの距離でも大して疲れなかったはずなんだけど……」
「やっぱり、二人だと、ってことなんですかね~。
……距離はどこまでいけるものなんですか?」
そういえば今までちゃんと聞いたことがなかった、と興味を引かれて。
問われて、レティは小首を傾げる。
「どれくらい、なんだろう……少なくとも、アザールの近くからジュラスティンの王都に『跳んだ』ことはあるけど」
「そんなに『跳べる』って、とんでもないですね、つくづく……。
じゃあ、回数制限みたいなのは?」
「そんなに何度も使ったことないからわからないけど、3回くらいは全く問題なかったね」
「なるほど……『跳躍者』がなぜ特別視されてたのかが、よくわかりました」
呆れたような、感心したような。そんな表情でうなずいてみせる。
実際にこの目で見ただけでも十分にとんでもなかったが、聞いた話はそれ以上。
予想外のトラブルはあったが、こうしてきちんと確認できたこと自体は悪くなかったのかも知れない。
そう思いながら、エリーは野営の準備を程なくして終えた。
翌朝、野営の跡を片付けると、開門の時刻に合わせて門へ向かい王都の中へと入る。
冒険者カードと共に提示するゲオルグの一筆は相変わらずの効力で、何の問題もなく通された。
朝、仕事に向かう人、荷物を運ぶ人、食事を摂りに行く人などでごった返す大通り。
そこをしばらく進み右に折れて美術品や工芸品を扱う商人の店が多く並ぶ通りへと入る。
「じゃあ、エリー、お願い」
「はい、お任せくださいっ」
なにしろ、マルダーニの店の場所などマチルダも知らなった。
レティとエリーは言うまでもなく。
となれば、店の場所から調べていくしかない。
そして、エリーは相変わらず何をどうやってか、世間話で色々と聞き出していく。
「おかしいな、本当にただの世間話なのに……」
任せておきながら、レティはそう呟かずにはいられなかった。
程なくして店の場所が判明する。
また、どうやら今はいないらしい、ということも。
恐らく、顧客のもとへ行っているのだろうが。
それから、予想通りというかなんというか。
マルダーニの評判は良くなかった。
強引な手法で同業者から客を奪ったりなどもよくあったらしい。
「一部の商人さんからは、憎まれるに近いレベルでしたよ、あれ」
「何をどうしたらそこまで……商売敵、というだけじゃなさそうだね」
いわゆるお得意様である貴族の顧客をかなり奪っていっているのは間違いなかった。
だが、それだけであそこまで憎まれるものだろうか?
まだ何か、後ろ暗いことをやっているのかも知れない。
そんなことを、考えながら。
「今は店にいない、んだよね?
もし、あの絵を持ち出してるなら、探査に引っ掛かるかも」
もちろん、絵自体に妨害魔術をかけられていたら別だが。
それを確認する意味でも、かける価値はある。
ですね、とエリーが頷いたのに頷きかえすと、早速詠唱を始めて。
程なくして魔術が発動すると……怪訝そうに眉を寄せて、小首を傾げた。
「レティさん? どうしたんですか??」
「うん、今度は探査にかかったんだけど……」
「え、良かったじゃないですか!
あ、場所がまずい、とかですか?」
「まずくはない、というか、むしろ好都合ではあるのだけど……。
なんで、あそこに……?」
画商のマルダーニが、なぜあそこに、セルジュの絵を持ち込んだのだ?
……嫌な予感がする。
「あの絵は……王城の中にある」
「……はい?」
レティが告げた場所を聞いて、エリーは目を丸くした。
残酷で理不尽な横暴さを目の前にして、怒りに身を任せない人間がいるだろうか。
しかし渦巻く炎は時に、自身を焼く。それこそ、理不尽に。
次回:感情の馴らし方
どうにか、付き合っていくしかないのだから。




