絵の行方
マチルダが二人を慰めている間に、衛兵から話を聞いた神官がやってきた。
横たえられたセルジュへと印を切り祈りを捧げて。
葬儀に必要な段取りや準備について説明していく。
慣れているのではあろうが、それがやけに形式的だったことが、妙にレティの印象に残った。
彼にとっては、そんなに重くないことなのだろうか。
そう心の中で思って。
即座に、それはそうだ、と小さく首を振った。
当の自分が、そうだったのだから。
ならばこれは、その報いなのだろうか。
そんな、脈絡のないことを思ってしまう。
「では、葬儀は明日に行います。
本日は故人との別れを十分になさってください」
深々と頭を下げながら、淡々と。
どうにも、上滑りな感じが拭えない。
「ありがとうございます、知人への連絡はしておきますので……」
マチルダがそう返しながら、深々と頭を下げ返した。
別れたとはいえ元女房、身寄りのないセルジュの葬儀を取り仕切るのは、どうしても彼女がやらざるを得ない。
彼女に合わせるように、レティとエリーも頭を下げた。
その他細かな打ち合わせも終わると、神官は話もそこそこに帰っていった。
後に残された三人は、ふぅ、と示し合わせたかのようにため息を吐く。
「……なんだかこうしていると……嫌でも実感させられるね……」
「そう、ですね……。しかも、妙にシステマティックに……」
こういったことに慣れていない二人が、微妙に沈鬱な表情でぼやく。
正直なところ、セルジュを発見した当初の衝撃はかなり緩和されていた。
それこそシステマティックにやるべきことを提示されて、感傷に浸る暇をなくされたことの影響は少なくない。
「ま、そういうもんさね、こういうことは、さ。
引きずろうと思えばいくらでも引きずれちまう。それじゃ人間、明日も生きていけないからさ……。
だから、こういう仕組みも必要なんだろうって思うよ」
多少は慣れているのだろうマチルダが、そう苦笑しながら答える。
そんなマチルダを、二人はしばし見つめて。
「……マチルダは、随分落ち着いているね……。
もしかして、何か知ってた……?」
訝し気に、レティが尋ねる。
エリーも、言われてみれば、と気づいて同調して。
さすがのマチルダも、降参したように両手を挙げるしかなかった。
「まあ、ね……あいつの病気が酷くなってたことも、長くないかも知れないってことも……。
あんた達二人にも話すつもりはあったんだ、あいつも。
そう、明日には話すつもりだって、言ってたんだよ。
……その直前にこうなっちゃぁ、どうしようもないんだけどね……」
ぽん、とセルジュの頭を叩いた。
それは、いつもよりもずっと、ずっと、優しいもので。
セルジュの顔を見つめるその表情に、言葉に詰まる。
しばらく、沈黙が部屋を支配して。
やがて、マチルダが口を開いた。
「ま、こいつらしいよ。
絵に命を懸けてるような奴だったから。だからって、本当に懸けてどうすんだって話だけど」
苦笑しながら、ふと視線をやって。
ん? と訝し気な表情になる。
「マチルダさん、どうかしました?」
気になったエリーが尋ねると、幾度か視線をあちこちにやった後、首を傾げ。
「いや、その、ね。
……あの絵が見当たらない、と思って……」
「……え……あ、そういえ、ば……?」
「え、えっ!? 師匠の絵が!?」
一瞬互いの顔を見合わせると。
次の瞬間には各自散らばって、部屋を、アトリエの中をひっかきまわすように絵を探し始める。
「ない……ない! どうして、どうして!?」
「なんてこったい……あいつの、最後の絵だってのに!」
エリーはもちろん、マチルダも血相を変えて必死に探す。
だが、見つからない。
……見つかるはずがないことを、誰も知らない。
同様に探していたレティが、ふと気づいたように手を止めて。
「待って、私の魔術で探してみる」
「えっ、イグレットちゃん、そんなことできるのかい!?」
「あ、そうですよ、レティさんなら!」
そう告げたレティを、二人が食い入るように、縋るように見つめる。
その視線に一瞬気圧されそうになるも、一呼吸入れて落ち着いて。
いつものように、呪文の詠唱を開始した。
『マーキング』はしていないが、あれだけ長く付き合い、思い入れもある絵だ。
確実に探査魔術で捕捉できるはず。
……だったのだが。
「弾かれた……? ……まさか」
「え、弾かれた、って、どういうことですか!?」
驚愕に目を見開いたレティの声に、エリーもマチルダも驚いたように顔を上げる。
思わず詰め寄るエリーへと、困ったような顔を向けて。
「多分、探査魔術を妨害する魔術をかけられているか、魔力を遮る結界の中にある……」
「なんですかそれ、なんでそんな大がかりな……大がかり、な……?」
レティの声に、さらに言いつのって。
その自分の言葉に、はっとしたような顔になる。
「うん、多分、だけど……最初からそうするつもりだった、可能性が高い……。
一応、別の目的で用意した魔術結界についでに入れた、という可能性もあるけど……」
「いずれにせよ、そんなものが用意できる人が犯人っていうことですよね!?
許せない……許せません! そんなことしてまで、師匠の絵を……っ」
話を理解すると、ぎりぃ……と歯を食いしばる。
悔しい。悔しくてたまらない。
こんな不条理、許せるはずがない。
もちろんそれはレティも、マチルダも同じなのだが。
少しだけ、マチルダは冷静だった。
「ちょっと待っておくれ。
ってことは、相手はあの絵の価値がわかってたってことかい?」
「え、うん、そうなる、ね……?
……あれ……その相手を前に、絵を描こうとしてた、の……?」
マチルダの言葉に、はた、と気づいたように瞬きを幾度か。
その意味するところを考えて行けば、なんとも形容しがたい顔になっていって。
「つまり、絵の価値がわかって、師匠の顔見知りな人……ってことは」
「セルジュに贋作を描かせていた画商……?」
出てきた推察に、二人して顔を見合わせて。
ついで、マチルダの方を見る。
「……セルジュが取引してた画商は、マルダーニってんだ。
あたしも顔を見たことはある」
そんな、大それたことをするような奴か、と言われれば。
それを、しばし考えて。
「あいつなら、やりかねない、かも知れない。
もし、本当にそうなら……あたしはあいつを絶対に許さない……」
そう言ったマチルダから、先程までの落ち着きは影を潜めて。
据わった目には、ほの暗い闇色の炎が垣間見えていた。
鐘の音が響く。
それは、別れを告げる音。あるいは惜しむ音。
そしてその死を告げる音。それを聞きながら、少女が思うことは。
次回:『さよなら』という感情
その意味を、改めて知る。




