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暗殺少女は魔力人形の夢を見るか  作者: 鰯づくし
3章:暗殺少女と旅の空
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青天の霹靂

 コンコン。

 レティとエリーがドアの前に立ち、ノックする。


 普段ならバタバタと慌てたような音がするのに、その音がしない。


「……?

 ……っ!」


 小首を傾げたレティが、いきなり何かに気付いたようにドアを強引に開けた。

 人の気配が、動く気配はおろか、寝過ごしているような気配がない。

 ……鍵も、かかっていなかった。

 嫌な予感が、さらに募る。


「えっ、レティさん!? な、何がっ」


 困惑するエリーに答えることなく部屋に飛び込んだレティは、すぐにそれを見つけてしまって。

 その傍に駆け寄って膝をつくと、すぐに手を伸ばして首筋と手首を確認する。

 何かを祈るように、手首をぎゅっと握って。


「し、師匠!? どうしたんですか師匠!!」

 

 遅れて駆け寄ってきたエリーが反対側に膝をつき、身体を揺する。

 ……もう、触れた瞬間にわかった。

 向かいで、首筋を確認していたレティが力なく項垂れたのを見て、確信した。


 でも、信じたくなかった。


「嘘……嘘でしょ!?

 師匠、起きてください、師匠!!」


 何度も揺する。

 その、冷たく硬直した身体を。


 いつの間にか溢れてきた涙を、ボロボロとこぼしながら、何度も、何度も。


 そんなことをしても無駄、とわかっていても。

 それでも揺すり続けるエリーを、レティも止めることができなかった。




 どれくらい時間が経っただろうか。

 ひっく、ひっく、とエリーがしゃくりあげる声だけが部屋の中に響く。

 レティは、胸の中に渦巻く何かを掴みつぶすように、胸元を握っていた。


 なんで。どうして。


 そんな言葉ばかりがうずまく。

 昨日まで、元気……とは言えなかったも知れないが、瀕死にも思えなかった。

 それが、何故。


 ……心が、重い。

 人の死など、何度も目の当たりにしてきた。

 なのに何故、こうも頭がまともに動かないのか。

 状況はわかっている。

 ならば次は何を、どうすれば。


 少なくとも、このままでは、だめだ。

 それだけは、わかる。


「……エリー、ごめん、しばらく、ここにいて……。

 人を、呼んで、こなきゃ」


 この状況をどうにかできる、公的な人間がいなければ。

 その人を呼んでこなければ。

 医者か? 衛兵か?

 誰でもいい、とにかく行かねば、と立ち上がろうとする。


 体が、重い。

 立ち上がるのにこんなに力が必要だっただろうか。

 沈鬱な表情でエリーを見やると、目に一杯涙を溜めながら、ふるふると首を振っていた。


 その表情に、ぐらぐらと揺らぐ心はさらに揺らぐ。

 それでも、それができるのは今は自分だけなのだから。

 縋るような視線を向けてくるエリーの側に膝をつくと、その顔を胸に抱え込んだ。


「ごめん、ごめん……一人にしちゃうけど、ごめん……。

 誰かが、呼んでこなくちゃ……すぐに、帰ってくるから……」


 ぎゅ、としがみつかれる。

 一瞬、力が強くなって。

 不意に、力が抜けて、離された。


 エリーとて、わかっているのだ。

 そうしなければいけないことも、今の自分ではだめで、レティが行かなければいけないことも。


 だから。

 言葉は出せずに、こくん、と頷いた。


 うん、と頷き返すと、レティが立ち上がる。

 ……その温もりに心を残しながら。

 それでも、行かなければ。

 自分に言い聞かせながら、駆け出していった。


 本当ならば『跳んで』行きたいのに。

 わずかに残った理性が、それを許してくれなかった。




 エリーは、レティが駆け出していくのをぼんやりと見送った。

 

 なぜ。

 どうして、師匠は動いていないのだ?


 そんな疑問が延々と頭の中で渦巻く。

 茫然とした目で、うつ伏せに倒れているセルジュを見つめる。


 ああ、こんな格好で寝ているから?

 そんな非論理的なことまで浮かんできて。


「これじゃ、息苦しいですよね……」


 うわごとのように呟きながら、その体に手をかけて、ごろりとひっくり返した。


 その途端に踊る、深い夜の青。


 その色合いに、目を奪われる。

 よく見れば、それはセルジュの手から糸を引くように描かれていて。

 その先には、絵の具の入り混じるパレットが落ちていた。


 目に、その青が焼き付く。

 考える間もなく、その意味するところが、叩きつけられる。


「何、何やってるんですか……。

 なんで、死にそうになってるのに、絵を描こうとしてるんですかぁ……」


 あまりに、彼らしすぎる。

 そう、呆れたように笑う。

 その声は震えて、止まりかけていた涙がまた零れだしていたが。


 笑いながら、ぎゅ、と自身の手を握りしめる。


「なんで、なんでそんなに、満足そうにしてるんですか……。

 この色が、師匠の欲しかった色なんですか……?」


 応える声は、ない。

 ただそこにあるのは、満足そうな微笑みだけ。


 視線を、パレットに移す。

 とっくに乾いてしまった青を、その元になった色たちを目に焼き付ける。

 これを彼が欲していたのだったら、自分がそれを覚えていなければ。

 強く、そう思う。



 どれくらい、その色を見つめていたのだろう。

 ふと気づくと、外から人の気配がした。

 それは紛れもなく、大切な人のもので。


「エリー! 大丈夫だった!?」


 数秒後、普段冷静な人が、息を切らせながら駆け寄ってきてくれる。

 その勢いのまま駆け寄り、抱きしめてくれる。


「はいっ……はい、大丈夫、ですっ」


 ああ、暖かい。

 これは、私の知っているものだ。

 ……失くしたらいけないものだ。


 抱きしめ返しながら。

 すとん、と胸の奥のどこかに、何か大事なものが落とし込まれた気がした。

人の死。あまりにありふれた、非日常。

それを振りまいてきた二人が、その扱いにとまどう。

それを扱うのは、自分たちではなかったのだから。


次回:人生の仕舞い方


まだそれを扱うには重くて。

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