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暗殺少女は魔力人形の夢を見るか  作者: 鰯づくし
3章:暗殺少女と旅の空
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画竜点睛を欠く

 扉に背を向けて、歩き出す。

 一歩、また、一歩。

 ……その度に、身体が重くなっていく。


「あ~……もうちょっと、なんだけど、なぁ。

 頼むから、なんとかもってくれよ」


 服の上から肺を掴むように胸を押さえ、そうぼやく。

 

 楽しかった。

 父親として、夫として、人間として。

 久しぶりに、楽しい食卓だった。


「それで満足されたら、困るんだけど、な」


 こふっ、と咳がこぼれる。

 歩いているだけで息が上がり、肺が熱を持つ。

 そのくせ、指先が冷えていくような感覚。


 どうやら、自分に残された時間は本格的に少ないらしい。

 人間として、少し満足してしまったからだろうか。

 何かの糸が切れてしまったかのような感覚がある。


「まだ、終われない、っていうのにっ」


 思うように動かない脚。

 俯きがちになる顔を強引に引き上げ、空を見上げた。

 

 透き通るように冴えた秋の夜。

 満天に輝く星々を遮るものはなく、僅かに青みがかった闇の中で輝いている。


 ……ああ。

 ああ、これだ。

 足りなかったのは、これだ。


 そう思った瞬間に駆け出し、すぐに足がもつれて地面に転げて。

 無様に地面にうつ伏すと、思わず笑いが込み上げてくる。


「ははっ、は、ははっ!

 こんな、こんなことで、これくらいっ」


 がし、と地面を掴み、がばっ、と顔を上げる。

 一度抜けた力が、戻ってきた。


 帰るんだ。

 描くんだ。


 体の奥底から湧き上がってくる声に突き動かされ、立ち上がり、歩き出す。

 歩きながら、頭の中で絵の具の配合を考える。

 ああでもない、こうでもない、これなら。


 そんなことを考えていれば、いつの間にかアトリエの前。

 扉を開けるのももどかしく、部屋に転がり込むとそのまま絵の具を納めた箱へとすがりつく。

 

 これだ、これじゃない、これと、これ。


 箱を開け、中をかき回し、ひっつかむ。

 パレットを引き寄せ、色を落とし。


 そこで、ドアがノックされた。

 

 誰だ、こんな時間に。

 いや、こんな時間に来そうな人物が一人だけいた。


 水を差され憮然とした顔を隠そうともせずに、ドアを開ける。


「マルダーニさん……なんだってんですか、こんな時間に」


 予想通りそこには、マルダーニがいた。

 いつもと同じ、いや、いつも以上に下卑た笑みで。


「なぁに、夕方に尋ねたら珍しく留守だったじゃないか。

 だから改めて来たんだがね」

「なるほど、そいつは申し訳なかったですがね……。

 別に今約束してるモノはないでしょう?」


 だから帰れ、と言外に言いながら、ため息を吐く。

 こんな会話をしている時間はないというのに。


「ああ、約束はしていないね。

 だが、最近なにやら随分熱心に描いてるみたいじゃないか。

 そいつを見せておくれ」

「は……? そりゃ、構いませんがね」


 どうせ今から手を加えるのだ、見せるくらいなら構わないだろうと中に入れる。

 遠慮の色を全く見せずに入ってくるマルダーニに内心呆れながら、絵の元へ。

 それを見たマルダーニは、うんうん、と満足そうに何度も頷いた。


「こいつは中々良いじゃないか」

「中々、ね……。

 そいつは誰にも似せてないんです、売り物にはなりませんよ。

 それに、売る気もない」


 そう言いながら、椅子に腰かける。

 ……早く帰ってくれ。そう視線に込めてもマルダーニはまるで意に介さない。

 むしろ、それを楽しんでいる節すらあった。


 にやり。

 マルダーニの顔が、今まで見たこともない程に醜悪に歪む。


「誰にも似せてない、それが欲しかったんだよ。

 だから、中々良いのさ、こいつは」

「……何だと?

 どういうことです、そいつは」


 色々と聞き捨てならない言葉に、思わず立ち上がる。

 カッと頭に血が上りそうになるのを、必死に抑える。


「今度、王国主催のコンクールがあるのは知ってるだろう?

 そいつに出展できて、入選くらいはできそうな作品を探している方がいらっしゃるのさ」

「なっ……それは、つまりっ」

「ああ、そういうことさ。

 上手くいけばお前さんも安定した収入が得られる。

 悪い話じゃないだろう?」


 つまり。

 貴族か何かは知らないが、誰かの代わりに描け、と?

 そう理解すれば、もう抑えることなどできなかった。


「ふざけるな!!

 これは僕の絵だ、僕の絵なんだ!

 誰が、どこのどいつかもわからん奴のために!」


 激高し、声を荒げる。

 こんな奴のために、絵を描いていたのか。

 金を受け取っていたのか。

 自分の愚かしさに眩暈すら覚える。


 しかし、殺さんばかりに睨みつけてくるセルジュを、マルダーニは不思議そうに見ていた。


「何を言い出すんだ?

 金になるならいいじゃないか。今までよりも金払いは良くなるぞ?」

「そういう問題じゃない! それがわからない時点で話にならない!

 マルダーニさん、もうあんたとはこれっきりだ、帰ってくれ!」


 そう言って腕を掴み、引っ張る。

 

 ……だが、その腕は振り払われた。

 中年を通り越して老人の域に入っているように見えるマルダーニの思わぬ力に、セルジュは目を見開く。

 つまらなそうに眉をしかめたマルダーニは、芝居ぶった仕草でため息をついて。


「やれやれ、お前とは上手くやれてると思ったんだがねぇ。

 だが、こっちにも都合があるんだ、その絵はもらっていくよ」


 そう言いながら、セルジュへと手を向ける。

 ぼんやりと、その手が魔力の光に包まれて……次の瞬間。


「なっ、が、はっ!!

 は、げふっ、な、これ、はっ、ごふっ!」


 立ちすくんでいたセルジュは急激な発作に襲われ、激しく咳き込みながらその場に崩れ落ちた。

 今までにない痛みと呼吸もできない程の咳き込みに、涙が滲み頭が朦朧とさえしてくる。


 そんなセルジュを、マルダーニは何の感情もなく見下ろしていた。


「なんだ、ちょっと病状を重くしただけでそれか。

 手を下す必要もなかったか……まあ、些細なことだ。

 さて、この絵はもらっていくよ。」


 そう言うと、マルダーニは絵を絵を手にして立ち去ろうとした。

 だが、その足に何かが絡みつく。


「返、せ……その絵、は、僕のだ……僕、の……ぐふっ、僕の、だっ!」

「……しつこいな……大人しく転がってろ、死にぞこない」


 瀕死の病人とは思えない力でしがみつくセルジュを、少しだけ鬱陶しそうに眺めて。

 老人とは思えない力で、蹴りはがす。


 蹴り転がされたセルジュは、それでも上半身を起こし、にじり寄ってきた。


「かえ、せ……それ、は……ぼく、の……」

「いい加減にせんかね」


 幽鬼のように怨念じみた表情で迫るセルジュを、やはり無表情に蹴り倒す。

 再び転がったセルジュは、がつん、とテーブルの脚に頭をぶつけ、そのまま床に突っ伏した。

 がちゃん、と何かが落ちる音がする。

 もぞ、もぞ、と身じろぎはするが、もう向かっては来れないようだ。


「やれやれ、手間をかけさせおって。

 ではな。もう会うこともないだろうがね」


 ほんの微かにだけ苛立ちを滲ませながら。

 ばたん、と扉が閉じられた。




 ……もぞり。

 這いつくばっていたセルジュの体が動く。

 

 かえせ。

 かえせ。


 小さくそう呟きながら、手を伸ばす。

 もう、届かないとわかっていても。

 諦め、きれない。


 もぞり、もぞり。

 体は、少しずつ前へ。

 命は、急速に、下へ。


 追い付けない。間に合わない。


 理解は、しても。それでも。


 伸ばした指先が、何かに触れた。

 何度も触れた、指に馴染むそれは。


「パレット……? ……あ……」


 色を作ろうとして、中断させられた、あのパレット。

 さっきテーブルにぶつかった時に落ちたのだろう。


 そうだ。


「そうだ……色、作らなきゃ……あの、色、を……」


 混濁し始めた意識の中で、あの時見た色が浮かび上がる。

 この色と、この色と……この色を、この具合で。

 震える指先の感覚で加減しながら、混ぜ合わせ。


 霞む目に見えたのは、差し込む月明かりに溶けて消えそうな、夜空の青。


「これ、だ……これを、あそ、こ……に……」


 そうすれば、完成だ。




 とさ……と、何かが静かに倒れ込む音がした。

 そしてもう、何も、動かなかった。

それは唐突に訪れる。

そんなことは良く知っている。知りすぎというほどに。

それが慣れるということと同じではないことを、知らずに。


次回:青天の霹靂


その青を、忘れない。

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