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暗殺少女は魔力人形の夢を見るか  作者: 鰯づくし
1章:暗殺少女は夢をみるか
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人でなしと暗殺道具

「……驚いた。気づかれていないと思っていたのに」


 そう言うと、ゴーストは扉から姿を表した。


「まじでいたのかよ……我ながら大したもんだぜ」

「……?

 ……まさか……ただの当てずっぽう……?」

「まぁな、なんとなく嫌なもんを感じてただけなんだが……こいつらが居なくなってんだ、間違えても恥はかかねぇ。

 まぐれ当たりならめっけもん、ってな」


 ははっ、と実に気楽そうに笑う。

 仲間を手にかけた直後、自身を狙う相手と対峙している人間の態度とも思えない。


 ああ、同類か


 ゴーストは納得した。

 何かが、どこかが壊れている存在。

 桁外れの力と、人の理の中にない意識。

 それらは、実に馴染みがあるものだった。


「なるほど……駆け引きは私の負け、だね……。

 まあ、これからが本番なのだけど」


 ゆっくり、静かに……足音もなく、近づいていく。


 その姿に、カーチスはぴくりと眉を動かした。

 近づいてくる、それはわかる。

 だが、まとわりつく違和感……これは、なんだ。


 もう数瞬、観察して……気づいた。

 見えないのだ、動きが。

 正確には、動きの起こりが見えないのだ。


 普通の人間ならば、ほとんどの場合動く前に予備動作がある。

 歩くだけにしても、実は重心を動かす予備動作があるのだが……彼女の歩みにはそれがない。

 

 見えない糸で操られる操り人形のように。

 起こりもなく、重力の影響もなく浮くように滑るように。

 カーチスへと向かって無雑作に歩みを進める。


「なるほど……こいつは、上物、だっ!」


 理解してしまえば、警戒はすれど恐れることはない。

 滑らかな動きだが、反応できない速さで叩き潰せばいい。


 ……剣が届くはずもない遠い間合い。

 そこに彼女が入った瞬間に……弾けるように飛び出した。


 一足一刀の間合い、という概念がある。

 一歩踏み込めば刀が届く間合い、くらいの意味だ。

 普通の人間ならば、踏み込みで1m、剣の長さで1m、せいぜいが2mほどで、達人で3mだろうかの間合いだ。


 だが、カーチスのそれは、常識外れのものだった。

 5m以上の距離を、恐ろしい速さで詰めて……上段に振りかぶった剣を、鉄すら切り裂く鋭さで振り下ろす。


 しかし、対するゴーストも規格外。

 今までの観察でカーチスの間合いを掴んでいた彼女は、その攻撃があり得ると理解していた。


 来る、と見えて。

 

 恐ろしい速さの剣撃を、手にした小剣を合わせるように迎え撃った。

 カーチスの剣に比べればあまりに遅いその動き。


 しかしそれは、ゴーストの頭を長剣が捉える前に割って入り、その側面にまとわりつき、受け流す。

 速さで遥かに劣りながら、異様に洗練された無駄のない動き……常軌を逸した反復練習の末に身に着けた、機械もかくやという精緻さを極めた動き。

 それが、彼との速度差を埋めた。


 受け流された、いや、その前に、受け流される、とカーチスは気づいていた。

 無理に逆らわず、受け流されるままに流され……それを予測していたがゆえに、急制動。

 刃を止め、くるりと返して横なぎに払う。


 受け流した剣の勢いの変化に、崩しきれないと感じたゴーストはわずかに重心を移動させる。

 刃が、思っていたよりも遥かに早く止まる。


 考える暇もなく体が動き、後ろに飛んだ。

 その一瞬……いや、半瞬後に、ゴーストの胴があった場所を刃が駆け抜けて行く。

 ……わずかに、リジッドレザーの胸当てが、えぐられた。

 

 勢いのまま数歩下がり、小剣を構えなおす。


「いやはや、ほんっとに大したもんだ。

 俺に二撃使わせて仕留められなかった奴はいないんだぜ?」


 実に楽しそうに、笑う。

 だが、その目は笑っていない。

 自分がそこまでして仕留められなかった。

 そのことに、憤りを感じている目だ。


「そう。それはお互い様、だね」


 軽く応じながら、気づかれないように呼吸を整える。

 本来ならば奇襲が専門のゴーストにとって、真正面からの打ち合いは消耗が大きい。

 今はまだ、問題ないが……このまま続けば、押し切られるのは間違いなかった。


「そりゃ結構。てことはお前を仕留めれば、当面敵はいないってことだ!」


 そう吐き捨てると、また踏み込んできた。

 先程よりも、さらに速い……まだ、余力を残していたらしい。


 だが、先ほどの攻撃が全力でなかったことをゴーストは理解していた。

 考え得る最悪の速度。それを下回っていたからだ。

 そして、次なる攻撃は、まだ予想の範囲内だった。

 

 ……ただし、予想の上限の速度でもあった。


「これも捌くか、ならこれはっ!」


 振り下ろされる刃を、何とか受け流す。

 

 と思えば、足元から切り上げられるのを跳んでかわす。

 動きが制限されるその跳躍の僅かの間に、間合いを詰められた。

 繰り出された突きを小剣で弾きながら、地面へと転がり、逃れる。


 すぐに立ち上がったそこへ、またカーチスが迫り……横なぎ、に見せて。

 これは本命ではない……フェイント。

 振り抜かれるはずの斬撃が、折りたたまれるように胴へと引き付けられ、突きへと変化する。

 なんとか感じ取れたその攻撃を、大きく横に飛ぶことで回避した。


 そのまま転がり、駆け抜けて……大きく間合いを取る。


「……いい加減、やられてくれないかね?」


 あれだけの連撃を繰り出しながら、息一つあがっていない。

 対して彼女は、表情こそ崩れていないが……息が弾んでいた。


「こちらも、仕事なので……ね」


 一つ、大きく呼吸をした。

 深呼吸ほどには回復しないが……そんな暇を与えてくれる相手でもない。

 そして、今度は彼女から間合いを詰めた。


「おう? 良い根性してんじゃねぇか!」


 それはさすがに予想していなかったらしく……だが、天性の勘で感じ取ったらしく。

 当たり前のように足を踏み留め、待ち受ける。

 ……待ち受ける、ように見せた。


 一瞬の静止からの、急加速。

 相手の呼吸は崩した。長剣と小剣、間合いは有利。

 

 これで、仕留める。

 

 完璧なタイミングで、完璧な一撃を、人の反応できない速さで繰り出した。

いつからか、その名で呼ばれていた。

何故かは、明らかだった。そう、あまりに、嫌でも自覚する程に。

それでも、それを背負って行かねばならぬというのなら。


次回:「ゴースト」と呼ばれる理由


それは、死を運ぶもの。

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