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暗殺少女は魔力人形の夢を見るか  作者: 鰯づくし
3章:暗殺少女と旅の空
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その筆に、載せるもの

 セルジュのアトリエから帰途へ着いた二人は、いつもより言葉が少なめだった。

 普段ならあれこれと話しかけてくるエリーが、何か考え込んだりと上の空で、それを横目にレティが見ているという珍しい光景。

 話しかけた方がいいのか、邪魔しない方がいいのか、そんなことを考えているうちに街中へと。

 

 夕暮れが訪れた街並み、家路を急ぐのか、足早に歩く雑多な人込み。

 考え事をしているエリーを道の脇側へ、自分は人込みの本流とエリーの間に立つように。

 

 ……こんなにも、周囲のことが目に入っていない彼女は初めてだ。

 それが危なっかしくもあり、だけど、そのままにしておいてあげたくもあり。

 

 彼女が見つけたものは、きっと意味のあるものだ。

 それは、彼女が描き上げた絵からも伝わってくるし、何よりもセルジュの描いたものを見れば、嫌でも理解できてしまう。

 ただそれに、自分がモデルとしてしか関われないのが、なんとももどかしい。


 なんとなく。

 なんとなく、エリーの手を、握った。

 はっと気づいたように、エリーが顔を上げる。


「え、レティさん? どうかしました?」

「ううん、考え事してるみたいだから、手を引いてあげようかな、って」


 言い訳は、後付けのもの。

 ただ何となく手をつなぎたかった、だなんて、なんだか負けたみたいで言えなかった。


 そして、嬉しそうに握り返してくるエリーの顔を見て、自分の表情も緩んだのを感じた。

 ……既に負けているのかも知れない。なんとなく、そんなことを思う。


 エリーの手を引いて歩く夕暮れの街並み。

 一瞬、先日のアウスブルグの街での一幕が思い出された。

 ただ、あの時とは違うことがあって。

 ……若干、それが胸の内側にしこりのような感覚を生み出していた。

 それが何なのか、自分では良くわからないままに、宿へと歩いて行く。




 程なくして宿へとたどり着き、併設の酒場で軽く食事を摂って。

 二人の借りている部屋へと戻ってきた。


「はふ~~……やっぱり、すごいなぁ……」


 戻ってきて早々に、落ち着く暇もなく背負い袋から取り出したスケッチを眺める。

 もとより、知識として美術鑑賞の素養はあった。

 そして、今日一日、実際に自分でも絵を描いてみて、目が肥えたのかも知れない。

 ……最初に見た時よりも一層、そのスケッチの凄さが身に染みる。


 どうやったらこんな線が引けるのだろう。

 どうやったらこんなタッチが出せるのだろう。

 ……どうやったら、こんな風に見えるのだろう。


 自分の絵も取り出して、見比べる。

 自分の絵と、何が違うのだろう。

 

 考えても考えても、今の自分には想像もつかなくて。

 ああだろうか、こうだろうか、と考えて、考えて……わからなくて。

 ふぅ、とため息を吐く。


「……その絵が凄いのはわかるけど……そんなに根を詰めても仕方ないんじゃない?」

「う~……それは、そうなんですけど~……」


 わかっている。

 多分、これ以上考えても意味はない。

 後は自分の考えたことを、実際に手を動かして確かめるしかない。


 ……残念ながら、自分の集中力だとか、そういったものは本日は品切れだが。

 それもまた、なんとももどかしい。


「早く明日にならないですかね~……早くまた描きたいんですよ~……」


 そうぼやくエリーをしばし見つめる。

 なんとも悔しそうで、それでいてギラギラともしていて。

 きっと、これはエリーにとって良いことなんだろう。

 そうは、思うのだが。


「……なんだか、すっかり夢中だね……」


 そう言いながら、ぽすんと隣に腰掛ける。

 ……ちょっとだけ、つっけんどんな言い方になったかも知れない。

 何だかそんな自分が恥ずかしくなって、視線を逃がすように、エリーの眺める絵を見やる。


「それはそうですよ。

 だって、この紙の中に、私のレティさんを留めておけるんですよ?」

「え。」


 思ってもみなかった言葉に、言葉を失う。

 この言葉の意味は、どういうことなんだろうか。

 なぜだか、妙に頭の中が混乱してしまって。


「あ、すみません、語弊が……。まるでレティさんが私の所有物みたいな言い方しちゃいました。

 私がレティさんの所有物なのに……」


 そう言いながら、エリーが見つめてくる。

 

 どきん、と心臓が跳ね上がるような感覚。

 かぁ、と頬が熱くなる自覚。


 どうして自分の体がこんな反応をしてしまうのか、わからない。

 ただ、その原因がエリーの視線だということだけはわかる。


 ……目を合わせることが、できない。

 それは、恐怖にも似て。ただ、恐怖とも違う、暖かな、予感。


「えっとですね、私にとってのレティさんって、こう見えるっていうのがあってですね。

 それを、こうして形にできて、お見せできることが、凄く嬉しいんです。

 ……そして、思っているのと違ってるのが凄く悔しいんです。

 私にとってレティさんは、こんなにこんなに素敵なんだぞって、もっと表現したいんです」


 訥々と。そして、熱っぽく。

 耳元で、語られる。


 ただでさえ熱くなっていた頬が、さらに熱くなる。


 それは、まるで。


「……なんだか、恋文みたいなことを言うんだね……」


 ふと、そんなことを言ってしまった。

 

 ああ、と得心したように手を打たれてしまった。


「なるほど! 私からレティさんへのラブレター!

 だからこんなに熱中しちゃうんですね、きっと!」


 しまった。

 心の底から、そう思う。

 恥ずかしさの理由に、自分で致命的な解答をつけてしまった。

 そして。


「そうとわかれば、明日からさらに頑張るしかないですね!」


 目をキラキラと輝かせながら嬉しそうに笑うエリーを前に、否定することはもうできなかった。

 

 明日から、目の前でラブレターを描かれる。

 それも、セルジュの目の前で、声高に朗読されるように。


「……明日から、どんな顔してモデルすればいいの……」


 途方に暮れたような顔をして、天井を見上げた。

それぞれの理由で、それぞれに描く日々。

いつまでもこんな日々が続けばいいのに、と思わなくもない。

だが、いつまでもは続けるわけにもいかず。


次回:戻れぬ日々


塗り始めれば、後戻りはもうできない。

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