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暗殺少女は魔力人形の夢を見るか  作者: 鰯づくし
3章:暗殺少女と旅の空
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一筆の狭間

 ……この形は、こうだ。

 この線は、こうだ。

 違う、こうじゃない、こうだけどこうじゃない。


 試行錯誤と迷いが線に出ては消し、消してはまた線を刻んで。

 ぼんやりと人間らしきものだった線が、人間へとなっていく。


 レティさんはこんな顔……眉はこうで、唇はこうで……。

 瞳は、こう、輝いて……もっと、こう……。

 違う、これはちょっとやりすぎた……。


 その人とおぼしき顔が、レティの顔へと変わっていく。

 少なくとも、レティと認識できる顔へと。


「……本当に驚きましたね……。

 人物画を描くのは初めてなんですよね?

 それでここまで正確に描けるだなんて、いや、本当に凄いですよ」

「……そうなの? 私にも見せて……」


 画面を見ていたセルジュが感嘆の声を漏らすと、興味を引かれたのか、レティが覗き込んできた。


 ……なるほど、確かにそこには、レティがいた。

 自分だ、とはっきり認識できる程に正確に捉えられている顔、身体。

 うんうん、と納得したように頷いていると。


「違うんです……これは、違うんですっ」


 砂を噛むような苦し気な声が聞こえた。

 エリーが、う~……とうなり声をこぼしながら、画面を睨みつけている。


 確かに形は捉えられたと思う。

 拙いながらも、レティの面影は間違いなくある。

 

 だが、これは、違う。

 形は似ているが、これは、違うのだ。

 だが、それがどう違うのか、言葉にできない。

 形にも、できなかった。


「え、でも……これ、よく描けてると思うのだけど……」

「うう……我ながら、下手だとは思わないんですけど……。

 でも、違うんです、これ、レティさんだけどレティさんじゃないんですよぅ」


 支離滅裂なことを言っているのは自分でもわかっている。

 だが、そうとしか言えない、違和感。


 自分が見ていたレティの形は、おおよそ捉えられている。

 だけれど、自分の見ていたレティはこうではない。

 もっと、生命感だとか表情だとか……そんなものが、ここにはない。


 それが伝わらない、伝えられない、形にできない。

 そのもどかしさに思わず、髪をかきむしってしまう。

 と、そこへ。


「……ああ、例えば……こういうところですか?」


 そう言いながら、セルジュが木炭を動かした。

 カシュ、カシュ、と軽い音、軽い線が、ほんの少し。

 大して、線が増えたわけではない。描き込まれたわけではない、のに。

 

 それを見ていた二人は、目を見開いた。


「え。……え?

 ……ちょっと待って、今何したの……?」

「えええええええ!?

 そう、そうなんです、こうなんです、けど!

 なんでできるんですか!?」


 セルジュの引いた線が、肌の柔らかさを生んだ。

 無機質に形を写し取っただけの絵に、温度がこもる。

 心なしか、生命の輝きすら感じられて。


 自分のもどかしさを解消されてしまったエリーは、思わず立ち上がってセルジュを見つめた。

 セルジュは、困ったような笑みを見せて。


「はは、なんで、と言われると……経験だとか、観察だとか……色々です。

 色々、を積み重ねて、私は私が見えている世界を見ています。

 そして、それをこうやって線にすることができる……。

 ある程度は言葉で教えることもできますけど、一番大事な部分は、見よう見まねで探ってもらうしかないですね」


 その言葉に、固唾を飲む。

 今、こうしてさらっと見せられた技術こそ、セルジュが積み重ねてきたものなのだろう。

 それをこんな間近で見せてもらえたことのありがたさ。

 それを、全ては捉えきれないもどかしさ。


 もどかしさが解消されたと思えば、別のもどかしさがやってくる。

 きっと、このもどかしさがなくなった時には次のもどかしさがやってくるのだろう。


「……セルジュさんは、ずっと、こういうものを積み重ねてきたんですか?」

「そうですね……ええ、きっと、ずっと。

 積み重ねてきたから、こうして描けるのだと思います」


 こくり、と頷く。


 迷いのない瞳、それでも、きっと彼には彼のもどかしさもあるのだろう。

 だから、レティに必死にモデルを頼んできたのだろうとも。

 しかし、今エリーが抱えているもどかしさは、とっくに越えてもいるようで。

 穏やかでありながら余裕を感じさせるそのたたずまいは……。


「師匠……やっぱり、セルジュさんは師匠です!

 私、私……まだまだですけど、がんばりますから!」


 決意を籠めて、木炭を握る。

 画面の中には、自分が描いて、セルジュが肉付けしたレティがいる。

 自分一人でこれが描けなかったのはとても残念だが。

 ……とてもとてもとても残念だが。


 だが、これで終わりではないのだ。

 まだ日も高い。自分は疲れてなどいない。

 集中力とやる気は尽きることなく湧いてくる。


 これからだ。これから積み重ねていくのだ。

 そう決意して、絵へと向き直る。


 この一枚は、忘れられないものになる。

 絶対にそうだ、と確信していた。

線が引かれる。

黒と白だけで、世界が描かれ、光を放ち始める。

それが、この世界へと踏み入れた最初だった。

だが、今は。


次回:「白と黒は灰色か」


光の差し込まぬ沼の底にも似て。

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