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暗殺少女は魔力人形の夢を見るか  作者: 鰯づくし
3章:暗殺少女と旅の空
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お絵描きの時間

「こんにちは、お邪魔します~」

「こんにちは」


 あれから。

 ふらふらになりながらもアトリエへと帰りつき、ベッドに倒れこんで。

 気が付けば、日がそれなりに高くなっていた。


 慌てて適当に転がっている食べ物を口に入れ、水で流し込んで。

 そうこうしているうちに、エリーとレティの二人がやってきた。


「やあ、ちょうどいい時間ですね、お待ちしていました」


 なんとか身繕いを済ませて扉を開けた。

 にこやかな表情を作るセルジュを、二人は見つめて、しばし。


「……もう少しゆっくり来た方が良かったですか?」


 気遣うようなエリーの言葉に、がくり、と肩を落とす。

 この程度で誤魔化せる相手ではなかったらしい。




 ともあれ、扉を開けてしまったのでは仕方がない。

 二人を室内に招き入れ、窓辺へと案内する。


「わぁ……ここ、良い眺めですね~!」


 エリーが、お世辞ではなく心からそう言う。


 そこは、あの湖が一望できる場所。

 昼過ぎの、やや傾き始めた日を受けて、少しだけギラギラが大人しくなった湖面。

 鏡のように穏やか、と思えば、時折風が吹き、波を起こす。

 刻一刻と、違う表情を見せる水の鏡を、しばし見つめて。


「……私は、ここに座ればいいの?」


 窓際に置かれた椅子を指し示しながら、レティが尋ねる。


「ええ、そこに座ってもらって、あちらの湖の方を見つめていて欲しいんです」


 レティの言葉に頷くと、椅子に座ることを促すように手を向けて。

 あっさりとそれに頷き返し、すとん、と椅子に収まった。


「……あの、イグレットさん。

 もう一度、立ち上がってもらって、座ってもらっていいですか?」


 その様子を見ていたセルジュが、いきなりそんなことを言い出した。

 はて、と小首を傾げながら、「いいけど」と、言われた通りに立って、座る。

 食い入るようにそれを観察していたセルジュが、ため息を吐いた。


「……どうやったら、そんな風に動けるんですか?

 淀みなく滑らかで、身体が一切ブレない。

 絵に描いたような座り方って、なんですか一体それ」


 呆れと興奮のないまぜになった声と表情で、そう尋ねる。

 

 そう、呆れて、興奮していた。

 こんな風に動ける人間を、見たことが無い。

 こんな、操り人形のように滑らかに無駄なく、そして重力から解き放たれているような。

 

 こんなものを見せられて、刺激を受けない画家はいない。

 ああ、この動きを絵に塗り込められたらいいのに!

 そんな、理不尽な欲求さえ生まれてしまう。


「どうやったら……。

 ……練習?」


 気が付いたらできるようになっていた。

 というか、できるようになっていたことを、意識していなかった。

 自分がどう動くか、など考えたこともなかった。


「……練習、でどうにかなるようなものだとは思えないんですが……」

「ですよねぇ、私もいっつも不思議に思うんですけど……」


 多くの戦士たちを見てきたエリーにさえ、レティの動きは特異に見える。

 極限まで無駄をそぎ落としたその動きは、機械的でありながら、確かに生きた人間のもので。

 どうにも、違和感がぬぐえないところは正直あった。


「二人してそんなこと言われても……。

 私には、これが普通だし」


 それもまた、正直なところだ。

 確かに過酷な訓練ではあったのだが。

 ……他人の訓練などを見たことが無かったため、それがどれくらいのものだったかが、わからない。


 リタに言わせれば「あれは人間の所業じゃない」とバッサリだったりはするのだが。


「とりあえず……絵を、描くんでしょう?

 私は、座ってるだけでいいの?」


 若干だが、拗ねたような声音。

 もう一度すとんと座ると、セルジュへと問いかけて。


「ああ、すみません。

 ちょっと待ってくださいね……。

 はい、それでは、横を向いて、湖の方を見てください」


 慌てて紙を止めた画板をイーゼルに立てかけると、木炭を持ち、指示を出す。

 言われた通りに横を向いたレティをじぃ、と見つめて、彼女の形を捉えていく。


 ……捉えていて、ふと気づいたように声をかける。


「あの、呼吸はしてくださいね?」

「え……してる、けど……」

 

 あまりに、微動だにしない様子が心配になって、声をかける。

 かえってくるのは、極めて普通の声。

 息を止めていた後の、息切れのようなものがまるでない。

 

 ……どうやら、そこまで身体のコントロールができるらしい。


「本当に、あなたにモデルをお願いしてよかったですよ……」


 あまりに理想的過ぎるモデル。

 あまりに興味を喚起させられる存在。

 

 そんな存在が、こちらの言うことに素直に従い、座っている。

 

 ……ここから、彼自身が見出した何かを、もう一度取り出すのだ。

 見えていなかったものを、見出すのだ。


 その挑戦は、実に甘美な陶酔を与えてくれた。

 酔いしれるままに、木炭を動かす。


 真っ白だった用紙に、線が引かれていく。

 最初は、素人には意味が分からない線。

 

 ざく、ざく、と刻み込まれるような音。

 音が止まれば、じぃ、と見つめる視線。

 外側だけでなく、内側まで見透かされるような、どこか得体の知れない視線。


 もしかして、自分を今捉えようとしている彼は、その行為は、とんでもないものではないのか?

 ふと、そんなことを思ってしまう。


「うわぁ……え、これが、こんな風になっていくんですか?

 ……あれ? え、うわぁ……」


 関心したような呆れたようなエリーの声が聞こえる。

 はてさて、どんなものが描かれているのやら。


 微動だにできないモデルは、そんなことをつらつらと考えていた。

描かれたのは、自分ではない自分。

存在しないはずの光景。

だが、あまりにもそれは、確かにそこに在って。


次回:それは、描くというよりも


描くことの、奥深さ。

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