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暗殺少女は魔力人形の夢を見るか  作者: 鰯づくし
3章:暗殺少女と旅の空
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憂き世の習い

「で、ものはできてるんだろうね、セルジュ」


 マルダーニがそう言いながらアトリエの中を見渡す。

 彼にとっては見慣れた、薄汚れたアトリエ。

 そこに無雑作に置かれている作品すら、彼の眼にはどうでもいいもので。

 内心でぶつくさと文句を言いながら、アトリエの奥からそれを持ち出してきた。


「こっちに置いてますよ、マルダーニさん。

 ちょうどいい具合に年を取ってくれてます」


 そこにあるのは、古びた絵。

 ……そう見える、彼が描いた絵。


 先ほどエリーに見破られた絵は、古く見せかけるための加工をしていなかった。

 それは、敢えてのことだ。

 万が一見とがめられても、練習に描いたものだと、とぼけることも可能になる。

 これが、褪色させるなどの加工をしていれば、どんな追及がまっているかわかったものではない。


 如何に普通の人間に知られていないとは言え、エリーが当時の一般教養として知っているレベルの画家の絵の贋作など、どこで足がつくかわからない。

 であれば、とマルダーニは考えた。


 確かに存在し、ある程度知っている人には認知もされている。

 しかし、精々名前程度、作品はほとんど知られていない画家のものなら?

 

 その目論見は、残念なことに、当たった。

 ある程度、著名な画家の作品が行き渡った昨今。

 絵画通を自認する貴族たちは、知る人ぞ知る画家の作品を集めて誇示することがブームとなり始めていた。

 ……それは、マルダーニの仕掛けもある程度は影響していたのだが。


 そして、そのブームを一度作ることができてしまえば。

 古代魔法文明時代の絵画を再現できる画家を抑えてしまえば。


 いくらでも、貴族にとって価値がある作品を作ることができてしまう。


「うん、いい感じだな。

 実に良く、時代めいた質感が出せているじゃないか」

「まあね、絵柄も似せられていると思いますよ」


 どうせ、絵の出来そのものに興味はないとわかっているが、あてつけのように。

 マルダーニも知ってか知らずか、あっさりとスルーだ。


「じゃあ、こいつは預かっておくよ。

 ああ、それから、こいつはこの前のやつの取り分だ」


 無雑作に、テーブルの上に革袋が置かれる。

 それを見やると、皮肉げに唇を歪めた。


「そいつはどうも。

 これで、もうしばらくは生き延びられます」


 見たところ、大金貨5枚……50万円程度入っているだろうか。

 ということは、マルダーニ自身はミスリル銀貨50枚、5000万程度で売ったはずだ。

 あるところに金はあり、出す人間はいるもの。

 それを見つけ出す彼の嗅覚は、それだけは本物と認めている。


「ああ、せいぜい長生きしておくれ。

 お前は貴重な画家なんだからな」


 もちろん、贋作家として。

 言わずとも、お互いにそれはわかっている。

 

 ……セルジュがそれに納得していないことも、わかっている。


「ええ、せいぜい長く描かせてもらいますよ」


 だから、セルジュが皮肉を籠めて言っても、マルダーニの眉はぴくりとすらしなかった。





 作品を抱えてマルダーニが去った後。

 がくり、と力が抜けたように椅子に体を投げ出す。


 ……疲れた。

 疲労感、倦怠感、それだけでない何か。

 重苦しく纏わりつくそれらに、しばし抗うこともできず。


 どれくらい時間が経っただろう、既に外は真っ暗で。

 ようやっと、身体を起こすことができた。


「はぁ……ままならない」


 そうぼやいても、どうにもならない。

 であるならば、一つ一つ、やらねばならないことをやるだけだ。

 身体に鞭を打ち立ち上がると、革袋を手に外へと繰り出した。


 

 夏が終わりへと向かい、秋の色が感じられるようになってきた夜の風。

 少し涼しくなった風は、発作直後の体には若干障るようにも思えるが。

 まあ、気になるほどではない、と自分に言い聞かせ、重い足取りで歩く。


 街中へと入れば宵の口、酒場は飲み始めた酔っ払いどもですでに溢れていて。

 雑然とした喧騒の中を、目的の場所へと歩く。


 まずは薬屋へと、たまっていたツケと今月分の先払いを纏めて、1枚。


 大家へと、家賃に一枚。これは先月分も込みだ。



 ……それからしばらく歩いて、一軒の民家へ。

 作りの粗末な一階建ての家は壁のレンガも薄汚れていて。

 建付けが悪いのか、下ろされた鎧戸の隙間から明かりが漏れていた。


 その扉を、コンコン、と数度ノック。

 人の動く気配、ついで、足音。

 がちゃり、と扉が開く。


「セルジュ……あんた、こんな時間にどうしたってんだい」

「やあ、マチルダ。ちょっとね、臨時収入が入ったものだから。

 せめてもの養育費ってやつさ」


 おどけたように肩を竦めるセルジュを、咎めるように見つめる。

 ふぅ、とため息がこぼれて。


「だから、それはもう良いって言ってるじゃないの。

 そりゃ、確かにあの子はあんたの子だよ。でも、もう別れたんだから……」

「わかっちゃいるさ。

 わかっちゃいる。だけど、それとこれとは別なんだ。感情の問題なんだよ」


 そういうと、強引にマチルダの手を取り、見えないように大金貨を押し付ける。

 ぎゅ、と握らせると、ぱっと手を放して。


「じゃあ、そういうことだから。

 これは、僕の感情の問題だから、君が気にすることじゃないからね」


 そう言い捨てると、くるりと身を翻して駆け出す。

 ……ふらり、よろり、時折ふらつき、脚をもつれさせながら。


 そんなセルジュを、心配そうに見送り、次いで押し付けられた手の中身を見て。

 顔色が変わり、セルジュの去っていった方へと顔を上げ。


「ちょっと、あんた! こんなに、何考えてんの!!」


 押し付けられたのは、大金貨2枚。

 実家暮らしの身、息子と二人なら慎ましく二か月は食べていける金額だ。

 そんな金額を、貧乏画家の彼が、どうやって。


 マチルダは、茫然と彼の消え去った夜道を見つめるしかできなかった。





 どれくらい走っただろう。

 すっかりマチルダは見えなくなり、すっかり息もあがって、絶え絶えにすらなって、脚を緩める。

 ……幸い、発作はまだ来ないようだ。


 手元に残ったのは、大金貨1枚。

 自分一人なら、しばらく食いつなげる金額だ。


「いいさ。これで、いい」


 そう呟き、握りしめる。

 まずは、絵を描き上げるところまで食いつなげればいい。


 その後のことは、その後のことだ。

 なんだかんだ、ツケの利く先はいくつかある。

 生き延びるだけなら、できなくはないから。


「描くぞ。僕は、描くんだ」


 自分に言い聞かせながら。

 何度も言い聞かせながら。

 アトリエへと戻る道を、足を引きずるようにして、歩いていった。

所詮はまがい物。そう嘯く彼がいた。

どんなものかと、描かれる自分がいた。

そして、そこには驚きしかなかった。


次回:お絵描きの時間


心血を注いだ技術に貴賎はなく。

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― 新着の感想 ―
[一言] やっぱ見た事あるな 印象に1番の残った話なのか、この章だけはっきり覚えてる 多分初めて見た時は100話行かないくらいか、この話が終わるくらいで止まってたんだろう ブックマークするにも限界はあ…
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