憂き世の習い
「で、ものはできてるんだろうね、セルジュ」
マルダーニがそう言いながらアトリエの中を見渡す。
彼にとっては見慣れた、薄汚れたアトリエ。
そこに無雑作に置かれている作品すら、彼の眼にはどうでもいいもので。
内心でぶつくさと文句を言いながら、アトリエの奥からそれを持ち出してきた。
「こっちに置いてますよ、マルダーニさん。
ちょうどいい具合に年を取ってくれてます」
そこにあるのは、古びた絵。
……そう見える、彼が描いた絵。
先ほどエリーに見破られた絵は、古く見せかけるための加工をしていなかった。
それは、敢えてのことだ。
万が一見とがめられても、練習に描いたものだと、とぼけることも可能になる。
これが、褪色させるなどの加工をしていれば、どんな追及がまっているかわかったものではない。
如何に普通の人間に知られていないとは言え、エリーが当時の一般教養として知っているレベルの画家の絵の贋作など、どこで足がつくかわからない。
であれば、とマルダーニは考えた。
確かに存在し、ある程度知っている人には認知もされている。
しかし、精々名前程度、作品はほとんど知られていない画家のものなら?
その目論見は、残念なことに、当たった。
ある程度、著名な画家の作品が行き渡った昨今。
絵画通を自認する貴族たちは、知る人ぞ知る画家の作品を集めて誇示することがブームとなり始めていた。
……それは、マルダーニの仕掛けもある程度は影響していたのだが。
そして、そのブームを一度作ることができてしまえば。
古代魔法文明時代の絵画を再現できる画家を抑えてしまえば。
いくらでも、貴族にとって価値がある作品を作ることができてしまう。
「うん、いい感じだな。
実に良く、時代めいた質感が出せているじゃないか」
「まあね、絵柄も似せられていると思いますよ」
どうせ、絵の出来そのものに興味はないとわかっているが、あてつけのように。
マルダーニも知ってか知らずか、あっさりとスルーだ。
「じゃあ、こいつは預かっておくよ。
ああ、それから、こいつはこの前のやつの取り分だ」
無雑作に、テーブルの上に革袋が置かれる。
それを見やると、皮肉げに唇を歪めた。
「そいつはどうも。
これで、もうしばらくは生き延びられます」
見たところ、大金貨5枚……50万円程度入っているだろうか。
ということは、マルダーニ自身はミスリル銀貨50枚、5000万程度で売ったはずだ。
あるところに金はあり、出す人間はいるもの。
それを見つけ出す彼の嗅覚は、それだけは本物と認めている。
「ああ、せいぜい長生きしておくれ。
お前は貴重な画家なんだからな」
もちろん、贋作家として。
言わずとも、お互いにそれはわかっている。
……セルジュがそれに納得していないことも、わかっている。
「ええ、せいぜい長く描かせてもらいますよ」
だから、セルジュが皮肉を籠めて言っても、マルダーニの眉はぴくりとすらしなかった。
作品を抱えてマルダーニが去った後。
がくり、と力が抜けたように椅子に体を投げ出す。
……疲れた。
疲労感、倦怠感、それだけでない何か。
重苦しく纏わりつくそれらに、しばし抗うこともできず。
どれくらい時間が経っただろう、既に外は真っ暗で。
ようやっと、身体を起こすことができた。
「はぁ……ままならない」
そうぼやいても、どうにもならない。
であるならば、一つ一つ、やらねばならないことをやるだけだ。
身体に鞭を打ち立ち上がると、革袋を手に外へと繰り出した。
夏が終わりへと向かい、秋の色が感じられるようになってきた夜の風。
少し涼しくなった風は、発作直後の体には若干障るようにも思えるが。
まあ、気になるほどではない、と自分に言い聞かせ、重い足取りで歩く。
街中へと入れば宵の口、酒場は飲み始めた酔っ払いどもですでに溢れていて。
雑然とした喧騒の中を、目的の場所へと歩く。
まずは薬屋へと、たまっていたツケと今月分の先払いを纏めて、1枚。
大家へと、家賃に一枚。これは先月分も込みだ。
……それからしばらく歩いて、一軒の民家へ。
作りの粗末な一階建ての家は壁のレンガも薄汚れていて。
建付けが悪いのか、下ろされた鎧戸の隙間から明かりが漏れていた。
その扉を、コンコン、と数度ノック。
人の動く気配、ついで、足音。
がちゃり、と扉が開く。
「セルジュ……あんた、こんな時間にどうしたってんだい」
「やあ、マチルダ。ちょっとね、臨時収入が入ったものだから。
せめてもの養育費ってやつさ」
おどけたように肩を竦めるセルジュを、咎めるように見つめる。
ふぅ、とため息がこぼれて。
「だから、それはもう良いって言ってるじゃないの。
そりゃ、確かにあの子はあんたの子だよ。でも、もう別れたんだから……」
「わかっちゃいるさ。
わかっちゃいる。だけど、それとこれとは別なんだ。感情の問題なんだよ」
そういうと、強引にマチルダの手を取り、見えないように大金貨を押し付ける。
ぎゅ、と握らせると、ぱっと手を放して。
「じゃあ、そういうことだから。
これは、僕の感情の問題だから、君が気にすることじゃないからね」
そう言い捨てると、くるりと身を翻して駆け出す。
……ふらり、よろり、時折ふらつき、脚をもつれさせながら。
そんなセルジュを、心配そうに見送り、次いで押し付けられた手の中身を見て。
顔色が変わり、セルジュの去っていった方へと顔を上げ。
「ちょっと、あんた! こんなに、何考えてんの!!」
押し付けられたのは、大金貨2枚。
実家暮らしの身、息子と二人なら慎ましく二か月は食べていける金額だ。
そんな金額を、貧乏画家の彼が、どうやって。
マチルダは、茫然と彼の消え去った夜道を見つめるしかできなかった。
どれくらい走っただろう。
すっかりマチルダは見えなくなり、すっかり息もあがって、絶え絶えにすらなって、脚を緩める。
……幸い、発作はまだ来ないようだ。
手元に残ったのは、大金貨1枚。
自分一人なら、しばらく食いつなげる金額だ。
「いいさ。これで、いい」
そう呟き、握りしめる。
まずは、絵を描き上げるところまで食いつなげればいい。
その後のことは、その後のことだ。
なんだかんだ、ツケの利く先はいくつかある。
生き延びるだけなら、できなくはないから。
「描くぞ。僕は、描くんだ」
自分に言い聞かせながら。
何度も言い聞かせながら。
アトリエへと戻る道を、足を引きずるようにして、歩いていった。
所詮はまがい物。そう嘯く彼がいた。
どんなものかと、描かれる自分がいた。
そして、そこには驚きしかなかった。
次回:お絵描きの時間
心血を注いだ技術に貴賎はなく。




