画家と、その依頼
「すみません、大変失礼いたしました。
私はセルジュ、しがない画家をやっています」
しばしエリーと盛り上がった後に。
やっと落ち着いた男が、自己紹介をする。
情けなく下がった眉、へらりと笑みを浮かべる口元。
……どうにも、画家というには覇気がない。
「……私はイグレット。こっちはエリー」
「エリーと申します、宜しくお願いいたします。
で、セルジュさん。レティさんをモデルにとはお目が高いですね。
ああ、それは先程語り尽くしました、そうじゃなくてですね。
絵のモデルとはどういった?」
また荒ぶりそうだった自分を抑え込み、営業スマイルを見せる。
隙あらばレティ語り。
なぜか、そんな言葉がレティの脳裏に浮かんだりしながら。
エリーの問いかけ自体は自分も思っていたので、大人しくセルジュの言葉を待つ。
「ああ、はい、説明が足りなくてすみません。
まず、毎年バランディア王国が主催する絵画コンクールがあるのはご存知ですか?」
との問いかけに、二人は当然首を横に振る。
それを見て小さく頷くと、セルジュは言葉を続ける。
「これまでは、騎士爵位以上の方しか応募することができなかったのですが、今年から平民にも門戸が開かれることになりまして!
いやぁ、これも新しく王となられたリオハルト陛下のおかげでしょうか……。
まあとにかく、私のような平民も応募できることになりまして。
……こんな年で今更、とも思いますが……万が一、でもあると思うと堪えきれず」
訥々と語るその口調は、平静を装おうとしていたけれども。
たじろぎそうになるくらいに、その目に籠められた熱。
思わず背筋が伸びてしまう。
「なるほど、それで出展することにした、と。
でも、どうしてレティさんをモデルに?」
「ああ、それは、ですね……」
エリーの問いかけに、口ごもる。
自身の感情を、時間をかけて言葉にしていく。
「お見かけして、この人だと思ったんです。
こちらの方の湖を見つめる瞳が、私の探していたものとぴったり合致しまして!」
「……私、そんな大層なことはしてないと思うのだけど……」
熱の入った男の言葉に、レティは思わずたじろぐ。
と、その肩が、ぽん、と叩かれた。
エリーである。
「何を言ってるんですか?
レティさんがそこにいるだけで、それは詩的な芸術になるんですよ?」
「……うん、ちょっと落ち着こうか、エリー。
大分おかしなことになっている自覚はある……?」
どうしよう。
自身の人生において、ここまで困惑することはなかった。
今まで接したことのない、人の情念――――片方は戦術兵器だが――――それに晒されて、どうしたものか、わからない。
ただ、一つだけわかるのは……ここまで突き動かす何かがある、ということだけで。
困惑の中、それが少しだけ……本当に、少しだけ、眩しくも思えた。
「……モデルをやること自体は構わないのだけど……。
具体的に、どうすればいいの?」
結局、折れた。というか、受け入れた。
途端に、二人の眼が輝く。
……なぜ、エリーまで……そう、心の中でぼやいてしまう。
「そうですね、具体的には……あちらに私のアトリエがあるんですが、そちらで一日二時間程度、数日間来ていただいて、椅子に座っていただければ」
「……それだけ、なの?」
話を聞くと、そんなに大したことではなさそうだ。
小首を傾げながら確認すると、セルジュは一度頷き、それから慌てて何かを打ち消すように手を振った。
「あ、多少ポーズの指定はしますけども。
でも、そんなにきついポーズの予定はないので、ご安心ください。
……いかがですか?」
そう問いかけてくる瞳の色には、どこか見覚えがある。
「マネージャーとして私が同伴していいなら、許可しましょう!」
ああ。
あの時。『ウィスケラフ』を眠らせることをお願いしてきた誰かさんの瞳に、そっくりだ。
だったら。
「エリー……どうして、あなたが許可してるの……?
まあ……いいのだけど……」
呆れたような声を、作る。
なるほど、人はこういう時に取り繕うらしい。
そんな、余計な学習をしながら。
二人へと頷いて見せた。
……直後、湧き上がりハイタッチをしあう二人を見て、後悔したけれども。
自分は何者であるか。
その問いは難しく、時に永遠の謎となる。
しかし、それは不意に与えられることもあり。
次回:汝は何者なりや
自分程、自分を知らないものはないのかも知れず。




