それを、一言で言うならば
エリーが一人で盛り上がり、肩透かしを食らった夜が開けて。
微妙に不機嫌に、でもまとわりついてくるエリーへの対処にレティが困惑する朝が来る。
どうにか宥めて、朝食を摂って。
昼前に一度、第三騎士団の駐留地に顔を出す。
「エリーちゃんだ! エリーちゃんだ!」
「よっ、イグレット、お疲れ!」
「エリーちゃん、今日はどうしたんだい?!」
……途端にむくつけき騎士どもに囲まれたので、レティが間に入り、しっしっ、と手を振って下がらせる。
無遠慮に見えて引き際を知っている。
そんな彼らは、相変わらず彼らなのだと、どこか安堵しながら。
「ゲオルグはまだこっちにいる?
一応、挨拶しとこうと思って」
「団長かい、今書類仕事で大わらわさ!
ちょっと待ってな、聞いてくるぜ」
顔見知りの騎士が一人、ゲオルグの執務室へと駆け出していく。
それを誰一人見送ることなく、無事だったかとエリーに尋ねたり、あれからどうしてたとエリーに尋ねたり、元気かと尋ねたり、今度一杯どうだいと誘ったり。
再びレティが介入し、騎士どもを追い払う。
互いに、加減を知っている同士、だからだろうか。
なんだかそんなやり取りも、妙におかしい。
そうやって戯れていると、目元を充血させ、眉間に深いしわが刻まれたゲオルグがやってきた。
「おう、二人ともあん時以来だな。
わざわざ顔出さなくても良かったのによ。だが、歓迎するぜ?」
ニッカリと笑う顔は、いつもの彼だった。
「ここで立ち話もなんだ、座れるとこに来いよ」
「ん……じゃあ、お言葉に甘えようかな」
お誘いに、こくりと頷いて。
周囲にたむろする騎士達へと、じゃあ、と軽く手を振り、ゲオルグの後についていく。
その後に取り残された騎士達は。
「なあ。
イグレットって、あんなだったか?」
「俺はエリーちゃん一筋だが、あれはあれで中々……」
「何か、印象変わったよな?」
そんなしょうもない話で盛り上がっていた。
「なるほどな、それで王都に向かうのか」
二人を執務室に通すと、お茶を片手に互いの情報交換。
再び旅に出た事情と、ゲオルグがここで忙殺されている事情と。
「そちらも大変そうだね……」
「ま、仕方ねぇさ。これくらいで済んで御の字だわな」
疲れてはいるが、そう言って笑う笑顔は、まだまだ元気そうだった。
それを見て、安心したようにこくりと頷いて見せる。
今回の騒動の後。
オスカーのいなくなった第一騎士団は再編成され、一部は近衛騎士団に編入。
残りは第二、第三騎士団へと編入されたり、新たに立ち上げられる治安維持部隊へと異動になる予定である。
それらの処理と、第三騎士団への受け入れ準備で、ゲオルグは忙殺されていたのだ。
「この状況だと、王都の魔術師関係者に話を伺うのは難しそうですね……」
「ああ、そいつは心配するな。
新しい宮廷魔術師殿はお前らに一度会いたがっていたからな。
おっし、そんじゃ途中までの通行許可証と、殿下、もとい陛下と魔術師殿への紹介状を書いてやろう」
まるでうきうきする子供のように楽し気に、執務室で紙片を手にする。
そんなゲオルグの様子を、どこか呆れたような顔で見ながら。
「手を取らせるのも悪い、と思ってたのだけど……遠慮しなくて、良かったみたい、だね」
「むしろ、こき使ってあげたほうが良いんじゃないかって気になってきました」
「おいっ、そこまではさすがに遠慮しろよ?!」
気心知れた、互いに死線を潜った中。
なるほど。
きっと、こういう関係を、戦友というのだろう。
言葉としてはもちろん知っていたのだが。
「ついでに、途中のお宿の無料券とかありません?」
「いくら俺のお墨付きだからって、そこまでできるわけねーだろ、常識で考えろよ!」
エリーがからかい、ゲオルグが笑いながらキレる。
その空気は、どこかリタやボブじいさんと囲んだ食卓にも似ていて。
ああ、あの二人も戦友だと初めて思い至る。
孤独だと自覚することもなく、一人で淡々と『依頼』をこなしてきた日々。
だが、その裏にはボブじいさんの情報があり、リタもリタで仕事をして組織を回していた。
……急に、何となく二人に会いたくなってしまった。
この一件が片付いたら、またウォルスの街に戻ってみよう。
そう、心に留めておきながら。
ゲオルグとエリーの漫才を、どこか柔らかな表情で眺めていた。
エリーからの茶々入れを、なんとか凌いだゲオルグが書いてくれた紹介状を大事にしまいこみ、執務室を辞する。
……つもりだった。
「団長殿、エリー殿が来ているというのは真ですかな」
そう言いながら、壮年の男性が執務室にやってきた。
「おや、次席魔術師殿。
ああほら、そこにまだいるぜ?」
「あ、こんにちは、ご無沙汰しています」
「ええ、ええ、実にご無沙汰でしたな……」
やってきた次席魔術師は、部屋をぐるりと見渡し、エリーを認め。
うんうんと意味ありげな顔で、意味ありげな頷きを見せる。
と、その様子を見ていたレティが、思い出したように声を上げた。
「あ、そうだ。
ねえ、ゲオルグ。ちょっとそこの魔術師を借りれない?」
「……イグレット、お前はもうちょっと言葉の使い方を覚えやがれ……。
魔術師殿が問題なければ構わんが」
「ふむ。よほどのことが無い限りは大丈夫ですぞ?」
あくまでも敵愾心を持つのはエリー一人、ということだろうか。
唐突なレティの問いかけに、鷹揚に頷く。
「ありがとう、実は、ね……」
と、エリーの対魔力結界に不安が生じたこと。
その実験のために、軽く攻撃魔術を当てて欲しいこと、などを事情をぼかしながら伝えると。
「よろしいでしょう、エリー殿の結界を良く知るのは、この私しかおりますまい!
その実験、お付き合いしてさしあげましょう!」
リベンジの機会が、向こうから大義名分と共にやってきた。
そう理解するや、これ以上ないやる気を見せ、快諾してくれた。
そして30分後、磨き上げた魔術の全てを防ぎきられ、がっくりと膝をつく彼の姿が目撃された……。
そこに至ると決意して、覚悟して。
昇りつめてしまった、その場所。
それでも、捨てがたいものはあって。
次回:王となっても
変わるものも、変わらないものも。




