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暗殺少女は魔力人形の夢を見るか  作者: 鰯づくし
2章:暗殺少女は旅に出る
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為されるべき、大掃除

「二人とも、無事、とは言えないけど……生きてて良かった。

 本当に、今回の件は君たちのおかげだ、心から感謝している」


 王都を揺るがしたクーデターの翌日。

 その後のごたごたを、とりあえず最低限なんとかした、程度には落ち着いた王城。

 その玉座の間、王の座る場所に収まったリオハルトが二人へとそう声をかけた。


 二人は、一応謁見のために膝をつく姿勢をしていた。

 表情は、恭しいとはとても言えない、いつもの表情だったのだが。


 あの後。

 発見された二人は、急ぎ王城へと回収され、侍医の元へと運ばれた。

 強烈な魔力にさらされて、魔力酔い、を通り越して魔力中毒となっていた二人へと、懸命の治療が施され。

 なんとか、歩く、座る、くらいはできるようになっていた。


「……いいえ、とんでもございません、恐れ多いことです」


 恭しい姿勢、恭しい言葉で、レティがそう返す。

 彼女に従うエリーは、左斜め後ろに位置したまま、無言で頭を下げていた。


「……うん、とても白々しいね、やめようか」


 苦笑しながら、リオハルトが手を振った。

 その合図に従い、最低限の人員だけ残して、人々が解散する。


「とは言え、二人に感謝しているのは本当だ。

 最初はとんでもなかったけど……君たちに出会えたことは、本当に幸運だったと思っている」


 エリーがいなければ、知らずに無謀な戦いを挑んでいただろう。

 レティがいなければ、とっくに自分たちは切り刻まれていただろう。


 そう思えば、二人に対しての感謝は、どれほどしても、足りないほどで。


「だが、すまない。

 君たちの功績を、公式に称えることはできない……今回の件は、内密の部分がどうしても多くなってしまうから。

 特にイグレット、君は、ね」


 あくまでも、女王を倒したのは王子。

 その形式を維持するためには、二人の活躍はどうしても割愛せざるを得ない。

 まして、一騎打ちで女王を討ち果たしたのは、レティなどと。


 そしてもう一つ。

 彼女が、『跳躍者リーパー』などと、知れ渡るわけにはいかない。


「うん、それはもちろん、構わない。

 ……というか、私たちもあまり目立っても困るし……」


 あっさり頷く彼女達だから、一層申し訳なさが募ってくる。

 せめてもう少し、彼女たちが欲深いのなら、お互い様で済むのだが。


「今回の君たちの功績は、本当に多大だった。

 だから、公式に褒章できない分、報酬には色をつけさせてもらうよ。

 それから、私たちでできることがあれば、なんでも言って欲しい」


 部下に持ってこさせた革袋の中には、ミスリル銀貨200枚。

 それでもまだ足りない、と思って言った言葉に、レティがうん、と頷いてみせた。


「じゃあ、お願いしたいことがあるのだけど……」

「ああ、何でも言ってくれ。

 ……さすがに、どうしようもないことは無理だけども」


 正直なところ、彼女が何かを要求してくるとは思っていなかった。

 それくらい、無欲なように見えたから。

 だが、その予想を裏切られて、むしろ嬉しく思ってしまう。

 少しでもイーブンな関係に持っていきたい。まだまだ全然足りないが。


 そのお願いとは。

 とても意外でもあり、納得もするものであり。

 なるほど、彼女らしい。


 そんなことを思いながら、リオハルトはレティのことを目を細めて眺めていた。






 数日後、アザール伯爵領。


 その領主であるアザール伯爵は、上機嫌で遠乗りに出かけていた。

 この数か月彼を悩ませていた、隣国の第一騎士団からの圧力がなくなった。

 何があったのかは知らないが、もちろんそれは、望ましいことだった。

 きっと、これも自分の日ごろの行いのおかげだろう。


 領民が聞いたら、棍棒片手に全員が殴りかかってきそうなことを心の中で呟いていた。


 天気は快晴、適度に日光を遮られた森の中で感じる夏の空気はとても清々しく。

 ああ、我が人生は順風満帆!!


 そんな芝居じみたことを考えていた。



 ふわり、風が舞う。

 背後に感じる、巻くような、風。

 音も無く、何かが背後に降り立った。


 おや?と思った時には。

 口を塞ぐように回された白い手。

 力は強くないのに、逆らえない何かがあって。

 直後、いや、ほとんど同時に。


 するり。


 何の抵抗もなく、自身の後頭部に侵入してくる、冷たい何か。


 びくん!! と体が跳ねたかと思えば、途端に力が入らなくなる。


 ぐい、と引き寄せられ、振り回されて。

 重力を感じなくなる一瞬。

 身を投げ出されてしまった、と理解する暇もない。

 混乱する意識、三半規管。


 落ちていく。


 それだけは、確かだった。


 何が、何が、何が。


 混乱のまま。

 地面に落ちていた、少し尖った大振りな石へとその後頭部が叩きつけられて。


 ぐしゃり。


 そんな音を聞いたかと思った直後に、彼の意識は永久に闇へと閉ざされた。






----ジュラスティン王国・タンデラム公爵領


「旦那様、『老人』より手紙を預かってまいりました」

「ご苦労、どれどれ」


 数度のノックの後に入ってきた、茶色の髪を切りそろえたメイドが持ってきた手紙を、タンデラム公爵は無雑作に受け取る。

 封を切り、その中身を読んで……幾度かうんうん、と頷いて。

 折りたたみ直すと、それを灰皿に置く。

 指をかざすことしばし。

 手紙がゆっくりと燃え始めた。


「相変わらず、あの『老人』は耳が早いな。

 君たちの『組織』は解散したと聞いたが…それでもこれだ。

 どれだけの人脈を持っているんだろうな」

「さあ……あたしには、とんとわかりかねます。

 じいさん……もとい『老人』はあたしが知り合う前から情報通でしたから」


 苦笑しながら公爵へと返すのは、すっかりメイド姿が板についたリタだった。

 公爵に雇われた彼女は、公爵令嬢のお付きに抜擢されて振り回される傍ら、時折ボブじいさんの元を訪れ、公爵のための情報を仕入れては持ち帰っていた。

 今日持ってきた情報も、そんな情報の一つだったのだが。


「それにしても、早すぎるな。

 この情報を送ってきたのは『孫娘』らしいんだが、何か知ってるかね?」


 孫娘。

 その言葉に、目をぱちくりさせ、ついで、思わず吹き出す。


「孫娘、孫娘ですか!

 ああ、あの子が持ってきた情報なら、間違いはないです。

 多分、この世で一番、裏切りだなんだとは無縁の子ですから」

「ほう? 君にまでそう言わせるとは、興味深いな。

 一体どんな子なんだね?」


 とりとめない雑談のように、見えて。

 あわよくば。

 人材を取り込むことに余念のない公爵の眼は、底知れない光を湛えていた。


「そうですねぇ……律儀な子です。

 そんでもって、容赦なく、慈悲もなく、油断もぬかりもありゃしない。

 なのに、何だか可愛い奴なんですよ」


 多分、じいさんが言ってる『孫娘』とは彼女のことだろう。

 別れてからまだ一月も経っていないのに、随分と懐かしい気もする。


 ……ならば、自分は『娘』なのか、同じく『孫娘』なのか。

 今度じいさんに聞いてみよう。


 楽しそうな笑顔を浮かべるリタを、公爵は興味深げに眺めていた。





 その数日後。

 緊急招集された会議の場で、アザール伯爵が落馬の事故にあい、運悪く石で後頭部を打ち死亡したと公表され。

 幼い息子に継承はさせつつ、その後見人が必要だと議題に上がった。

 が、すでに根回しを済ませていたタンデラム公爵の推薦により、後見人が決定。

 異例の早さで配属となった。


 送られたのは、ユーリス宮廷伯。

 かつての辺境伯の弟であり、領地を持たない宮廷貴族だったのだが、人格も能力も評判の人物だ。

 その彼を送り込む、その差配は見事に的中した。


 兄の名誉を取り戻そうと。

 何よりもアザール領の住民と、かつてのユーリス辺境伯領の安寧のために。

 尽力する彼の功績は、後々まで語り継がれることになる。


 特に、バランディア王国との交渉を一手に引き受け、上手く停戦協定、条約締結まで持ち込めたことは、大きな評判となった。

 騒乱のあったバランディアから、停戦交渉の申し出があったのは本当に幸運だった。


 ……その幸運が、一人の少女の活躍と願いによってもたらされたことなど、知る由もなく。



日常。非日常の世界にいればこそ、その価値もわかるというもの。

落ち着いて、見渡して、初めて見えるものもある。


次回:その手のひらが、掴んだものは


そして、これから掴むものは。

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