玉座に棲まうモノ
待ち構えていた部隊を壊滅させた王子率いる部隊は、あれだけの規模の激突であったのに比べれば損害は少なかった。
……あくまでも、少なかった、だけであって。
幾人もの戦死者は、出ていた。
本来ならば手厚く葬るべきではあるのだが、今は時間が惜しい。
せめてもと、壁に寄せて横たわらせ、目を閉じさせて。
簡単に手を合わせると、すぐに立ち上がる。
「すまない、必ず戻って、きちんと葬るからね……」
王子は申し訳なさそうにそう呟くと、先へと進む。
第三騎士団の騎士達は若干言葉が少なくなってはいるものの、感情を表に出すことはしていない。
全く様子が変わっていないのは、レティくらいのものだろう。
そこから先は、ほとんど抵抗らしい抵抗は、無かった。
やはり、先程待ち構えていた部隊が主力だったのだろう。
しばらく走れば……いよいよ、玉座の間だ。
中には、人の気配が、二つだけ。
「……イグレット、魔力の供給がどうなっているかはわかるかい?」
「ちょっと待って……『魔力探査』……?
……何、これ……?」
残念ながら、魔力供給は止まってはいない。
が、その供給のされ方が、何かおかしい。
しばらく監視していると、その違和感の正体がわかった。
供給される魔力の量が、酷く不安定なのだ。
「……ということは、エリーの方が作業を始めているということかな」
「そういうことだと、思う。……それでも、何か違和感があるのだけれど……」
そう二人が話している間に、徐々に徐々に……魔力の供給量が減り始めた。
それをイグレットが告げると、王子は一つ頷く。
「よし、では、手はず通り……ここから先は、私とイグレット、後は10名で中に突入する。
残りのメンバーはここで待機、外部からの増援が来ないよう維持してくれ」
先程のイグレットの暴れっぷりを見ていたからか、それに反対する者はいなかった。
急ぎ隊を再編し、整列しなおして…突入準備が整うと。
「……行こう、いよいよ、だ」
これから、玉座の間へと突入する。
一応説得は試みるが……おそらくは、無駄だろう。
そうなれば、その後は。
ぎゅ、と拳を握って、深呼吸を一つ。
前を見据えると。
ばん、と扉を開けた。
その扉の向こう側に待ち受けていたのは、玉座に座り冷めた表情で見下ろす女王と、その横で薄ら笑みを浮かべた宰相だった。
「騒がしいと思うておったら、そなたかえ、リオハルト。
なんじゃその汚らわしい有様は」
「母上。 リオハルト、一言献上しに参りました。
今すぐに退位し、玉座と『宝珠』を私にお譲りください」
ことさらに抑えた声音でそう告げるが、女王は軽く鼻で笑って受け流した。
「何を馬鹿なことを言うておるのじゃ。
妾が何故そのようなことをせねばならぬ」
「母上、ご自分が何をなさっているか、おわかりですか。
無理に国を広げようとするがために民を苦しめ、兵を浪費し、他国との軋轢を生み。
一体この国をどこに向かわせようとお思いですか!」
鋭い言葉を発するリオハルト王子のことを、女王は不思議そうに…心の底から不思議そうに、見ている。
「どこヘ、じゃと?そんなものは決まっておろう、国であれば広げ、支配するが当然。
民? 兵? まして他国など、何を気にすることがあるか。
それよりもじゃ、りオハルト、何か気づかぬかえ?」
……何か、違和感を感じる。
眉を潜めた王子へと、女王はまるで何かを見せようとするかのように左右の頬を交互に見せる。
「……わかりません。私には全く、あなたが何を言いたいのかがわからない!」
「なんと不届きな息子じャ!!
見よ、この乙女のように若返った肌を!!」
「………は?」
怒り叫ぶ女王を目の当たりにして、なんとも間抜けな声が出てしまった、と心のどこかで思ってしまった。
それほどに、女王の言い分はあまりにも……幼稚だった。
「……母上? 何を、おっしゃっておられるのです?」
「じゃから、この肌を見よと!
この若々しい肌、これが手に入るのならば安いものよ……」
最後、うっとりしたため息をこぼして、自分の手指を見つめる。
ようやっと理解が追い付いたリオハルトは、わなわなと怒りで体を震わせていた。
この人は。
この人は。
「あなたはっ!! 何を考えているのか?! 何をおっしゃっているのか、わかっているのか?!
そんなことのために、民を、兵を犠牲にしていたと?!」
「そんなこととは何じャ!!
そなたには、この価値がわからぬと申すか!!」
「わかりません、私には全くわからない!!!
そんなことのために、一体どれだけの人命が犠牲になったとお思いか!!」
「所詮そなたも男カ、わからぬか!!
……どうじゃ、そこな女。そなたには、わかるであろう?この、肌の価値が……」
王子以上に現状についていけていなかったレティは、いきなり水を向けられてびくっと反応する。
じぃ、と女王の肌を見て…こくり、小首を傾げて。
「申し訳ないのだけど……私にも、よくわからない……」
「はっ、これだから所詮若いだけの小娘は!!
もはやどうでもいい、妾にはこれさえあれば良いのジャ……」
手にした『宝珠』をうっとりと眺める、女王。
なんだ、この違和感は何なのだ?
「宰相、貴様、何かしたな?」
この場で碌に発言もせずに、ただニヤニヤと傍観している宰相へと疑いの目を向ける。
ただの直感だったのだが、そう外れてもいなかったようだ。
「いえいえ、私は何も。
ただ、女王陛下の御心のままにしていただいただけのこと……。
私は、その背中を押させていただいたに過ぎません」
嫌らしい笑みを見せる宰相に、こいつが元凶だという確信めいたものを感じる。
恐らく、簡単に口は割るまい。そう思い、剣に手をかけた時だった。
「……私からも、聞きたいのだけど……。
……あなた、何者? ……人間じゃ、ない、よね?」
「ほう、これはこれは!!
なるほど、なるほど。殿下が滞りなくここまで来られたのは、あなたも要因の一つでしたか!!」
図星だったのだろう、実に愉快そうに、宰相、らしき存在が笑う。
それを見て、王子は悟り、顔を歪めた。
「何だと? ……宰相は確かに人間だったはず……。では、貴様」
「ふふふ、そうですともそぉ~おですとも!!
私は人間なぞではありませんとも!
知られたからにはこれ以上の問答は無用。
あなた方にはここで死んでいただきましょう!!
……う?」
人の姿から異形へと変貌しようとしていたところだった。
いつの間にか懐へと飛び込んできたレティの小剣が、さくり、と宰相の左わき腹へと刺さった。
ぐり、と押し込むと、何か軋むような音がして。
「なぜ、いつのまに、なぜ、そこを!! わた、私、の魔核を!!」
「……話、長いんだもの……」
そう、宰相と王子がやり取りをしている間に、そのやり取りから魔族だろうと見当をつけていたレティは『魔力探知』で宰相の魔核……魔族の心臓とも言える魔力の源を探り当てていたのだ。
普通の人間相手ならばあまり攻撃をしないであろう左わき腹を狙ったのは、そのためだった。
ビキン!!と、何かが割れるような音がして。
「む、無念……後一歩、後一歩のところで……しかし、ただでは……」
「……さようなら」
さらに、もう一押し。
魔核が完全に割り砕かれ、彼の魔力が弾かれたように広がり……消えた。
それを感じ取れたのは、この場ではレティと、王子とあと一人。
どさり、倒れる音に、女王が顔を上げる。
「……宰相? ……宰相??
……りオハルト、宰相はどこニ行ったのかエ?」
「……母上、何をおっしゃっておられます。そこに、倒れているではありませんか。
この上は、母上もお覚悟なされよ」
今までの騒動が見えていなかったのだろうか、『宝珠』から目を離した女王が、辺りを不思議そうに見渡すと。
何か哀れなものを見るような表情で王子が答えた。
途端。
「ああああああああ!!!!
宰相!!宰相!!!!」
異様な形相で取り乱し、頭をかきむしり、髪を振り乱す女王。
その様子に、王子達はぎょっとして後ずさる。
と。
カキン
と響く金属質な音。
「……まだ、結界が残ってたか……」
空気を読まずに一撃を入れようとしたレティの小剣が弾かれた。
やむを得ず、一度距離を取る、と。
「アアア!!!! 宰ショウ!!
ヨウモサイショウヲヲヲヲヲヲヲ!!!!」
響き渡る、ノイズを無理矢理に纏めて音声にしたような耳障りな声。
レティですら思わず身を竦めたその音声に、誰もが動けずにいると…女王が手にした『宝珠』が、突如脈動するような光を放ち、不気味な音を立て始める。
薄汚れた、光。
そうとしか表現できない、なんともくすんでいるのに確かに光と認識できる…魔力の奔流。
それが、女王へと絡みつき、食いつき、取り込んでいくのを、見ていることしかできない。
「チカラ!!!チカラ!!!!チカラヲ!!!!!
モットワラワニチカラヲ!!!!
スベテノマリョク!!
スベテノチカラヲココニ!!!!!!」
意味を持つ雑音。
咆哮のような、ノイズ。
意味を理解できるのに、拒絶したくなる声音。
魔力の光と、その咆哮が消えたその後には。
「AAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!」
人の形をしているのに、人ではない。
異形。
そうとしか言えないモノが、出現していた。
血は流れ、身体はとうに枯れ果てた。
それでも、仲間が倒れぬうちに己が倒れるわけには。
互いの意地が互いを支えあう。だが、それも限界は近く。
次回:大河は血に染まりて
流せるものがまだある限りは。




